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カエラの嫉妬とパイクスープ

 ――レンスを離れ、シャオの魔法を使い普通の航路では考えられない早さでミーテルへと戻って来た数日後。

 瑞希一行は、今日も今日とて厨房に立っていた。


 瑞希はくつくつと煮込まれる鶏ガラスープの灰汁を取りつつ、隣の竈でパイクの実(コーン)を茹でている。


「よしよし。シャオ、このパイクの実をザルに上げるから、ボウルに移して風魔法で磨り潰してくれないか?」


「そのまま食べるのではないのじゃ? 船の上ではそのまま炒めたり、サラダの上に乗せておったのじゃ」


「こっちに戻って来たからもう少し手間を掛けようと思ってな。今回はスープにするつもりだ」


 少し考えこむシャオは、ハッと表情を輝かせて答える。


「わかったのじゃ! ぽたーじゅの様に乳製品と合わせるのじゃろう!?」


「おぉっ! 良い所に気が付いたな! 確かにそうやって作ったスープも美味いけど、今日はレンスの街で仕入れた食材が使いたいから少し味付けを変えるんだ。コーンスープも美味いからキーリスに戻ったら作ろうな」


「くふふふ」


 瑞希はポンポンとシャオの頭を軽く触る。

 シャオは御満悦の様だ。


「……ミズキ。エクマ(エビ)の皮剥けたで」


「こっちのお肉も切り分けられたんな」


 いつもの様にミズキの手伝いをする少女達が、各々に分担された食材の仕込みを終えると、瑞希に次の工程を確認する。


「よしよし。じゃあその食材は下味を付けていこうか。先ずはチサの担当してるエクマからだな」


 瑞希がエクマの下処理が出来ているか確認をしながら丁寧に水気を取っていると、チサが少し不安そうに瑞希の表情を見つめる。

 それに気付いた瑞希が親指を突き立て問題無い事を告げると、チサはほっと胸を撫でおろす。


「エクマには塩、胡椒を揉みこんで、その後に良く混ぜた卵白と片栗粉を加えて、水気が無くなったら風味付けにバク油を加えて混ぜる」


「こっちのオーク肉はどうするんな?」


「角切りに切ったオーク肉には、塩、胡椒の他にペムイ酒(日本酒)ジャル(醤油)、摩り下ろしたケルの根(ショウガ)オオグの実(にんにく)を加えてしっかり目に下味を付けるんだ」


 キアラは瑞希に言われた通りに下味を付けてオーク肉を揉みこんでいく。


「オーク肉には少し味を染み込ませたいから、先にこっちのエクマから調理していこうか」


 瑞希はそう言って衣を纏ったエクマを油で揚げていく。


「……にへへ。カエラ様はエクマ好きやから喜ぶやろな」


「既に美味そうなのじゃ」


 揚げ終えたエクマに手を伸ばそうとするシャオに、瑞希が待ったをかける。


「あほ。これはそっちのオーク肉と違って単純な下味しか付けてないから味見はまだまだ。ちゃんと料理してからの方が美味いんだぞ?」


 唸るシャオを尻目に、チサも涎を垂らしそうにしつつ声を漏らす。


「……早く食べてみたい」


「チサならペムイにぶっかけて食べても好きだろうな。辛い物好きなキアラなら尚更かもな」


 その言葉を聞いた二人は満面の笑みを浮かべるが、シャオだけは唸りっぱなしだ。


「うぬぬ! わしは辛い物は嫌なのじゃ!」


 瑞希はシャオの頭にポンと手を乗せる。


「わははは! わかってるよ。辛くないのも作るし、シャオが好きそうな甘い料理も作るから楽しみにしとけって」


 瑞希はそう言って料理を仕上げて行くのであった――。


◇◇◇


 ――瑞希達が作る料理を食卓の場で今か今かと待ち続けているのは、ウィミル家当主のカエラ・ウィミルと、ドマル、そして友人として場に連れてこられたトットとティーネである。


「それにしてもドマルがこんなに別嬪の領主様とお知り合いたぁな! そりゃテスラを振り切ってでもこっちに戻って――「ちょ、ちょぉっと黙ろうかトット!」」


「何を慌ててんねやなドマルはん? それよりグラスが空いてるで? まだまだ飲めるやんなぁ? ん?」


 くすくすと微笑みを見せるカエラに、ドマルは今までにない程の緊張感に襲われる。


「えっと……、ミズキの料理が来てからの方が嬉しいかなぁ~なんて……」


 そのため、ドマルはグラスを持たずに少し強張った笑顔を作ってしまった。


「なんやの? うちのお酒飲んでくれへんの……? それにテスラはん? の話は聞いてへんかったし聞かせてぇな」


 カエラが悪戯顔でペムイ酒の入った入れ物を持ち上げると、ドマルのグラスを催促する様に近づける。


「トットの言い方が悪いね。テスラってのはドマルの幼馴染の綺麗な女性ね。一つ屋根の下で一緒に屋台街の作業をしてたってキアラに聞いたねー」


「へぇ~……」


 カエラがジト目でドマルに視線を移すと、ドマル慌てながら否定する。


「いやいやいや! テスと僕だけじゃなくてちゃんと皆で作業してましたよ!? トットだって一緒にいたでしょ!?」


「あだ名で呼ぶぐらいに仲良いんやね? うちにはま~た敬語でしゃべる癖になぁ~」


 カエラはいじいじとグラスの淵を指先で這わせる。


「いや、だって、さすがに人前だと不敬にもなりますし……」


「うちがドマルはんを不敬扱いすると思ってんの?」


「そ、そんな風には思ってませんけど……」


 二人のやり取りを見て笑いを堪えているのは長年カエラの側で成長を見守ってきている爺やと呼ばれる使用人だ。

 爺やが助け舟を出そうとした所で、部屋の扉が開かれた。


「お待たせしましたー! レンスで仕入れた食材で色々作ってみたのでどうぞ御賞味下さい」


「さあさあ、お嬢様。ドマル様との御歓談はまた後程に。ミズキ様の御料理が冷めてしまいますぞ?」


「わかってるて。トットはんもティーネはんもうちを気にせんと仲間内の宴会や思うて、気楽に食べてや」


「ほんと話の分かる領主様で!」


「ミズキの料理は何を食べても美味しいから楽しみねっ!」


 ドマルの隣の席に着く瑞希は、胸を撫でおろした様子のドマルに声を掛ける。


「間が悪かったか?」


 ドマルは首を振り、こそこそと打ち明ける。


「いや、めちゃくちゃ助かったよ」


「わはは! 後で聞かせてくれよ? さて、今日の料理はレンスの調味料や食材と、ミーテルで取れた魚介を調理しました! まずはパイクの中華風スープからどうぞ」


 瑞希の説明を受けた各々の視線は、使用人が運んでくるとろみのあるスープへと集まる。


「寒い時期ですから少しとろみを付けたスープにしました」


 気楽に食事をしても良いと言った張本人のカエラの表情は、まだドマルへの小さな嫉妬が治まっていないのか、硬い表情を浮かべたままにスープを口にする。

 覚えのある鶏がらスープの味わいに、パイクの実の豊かな甘みが加わり、柔らかでコクの味に仕上がっている。

 カエラは何も言わずにすぐさま二口目を口にする。


「こ~りゃ美味ぇや! どこにパイクの実が使われてんのかと思ったけど、確かにたっぷり使われてらぁな!」


「パイクの実をすり潰して糊状にしたのをスープで溶いたんだよ。仕上げに溶き卵を流してふわふわの具材にするのと、バク油が風味の決め手だな。こういう甘味のあるスープもなかなか美味いだろ?」


 瑞希が美味しそうに啜るシャオに確認するが、シャオは言わずもがな笑顔でスープを啜っている。


「……にへへ。カエラ様も気に入ったみたい」


「もう、ミズキはんの御料理はずるいわ。うち、こんなスープ初めて飲んだわ。今日の御料理はこのスープでいう、ちゅうか風? 言う御料理なん?」


 強張った表情をくしゃりと崩したカエラが瑞希に尋ねる。


「はい。中華料理は全体的にこってりしてるかもしれませんが、その分お酒とは良く合います。ペムイ酒でも冷えたエールでも構いませんし、少し癖のあるお酒でも大丈夫です」


「嫌やわ~、そんな事言われたら何飲むか迷うやないの!」


「わははは! 俺も久々に作るんで羽目を外さない程度に飲ませて頂きます」


「飲みすぎはいかんのじゃぞ?」


「……程々がええんやで」


「ミズキは船の上でもしこたま飲んでたんな~」


「そういえば御機嫌でこの寒い海で泳ごうとしてたね。あれも面白いから後で歌にするね!」


「なんやのその話! 船でミズキはんが何してたんか聞かせてや」


 瑞希は苦笑しながら誤魔化す様に、次の大皿料理に手を加える。

 使用人から受け取ったポットの液体を大皿料理に垂らしかけると、バチバチと音を立てて蒸気がふわりと上がり、自分の話題から料理へと注目が移るのであった――。

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