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レンスとの別れ

 ――レンスの港。


「――くっつくな気色悪いっ!」


「だってだってだってー! 次にミーちゃんと会えるのがいつかわからないのよ!?」


「知るかっ! 好い加減にしないと――「こりん奴なのじゃ」」


 氷塊に押しつぶされるフィロを蔑みながらシャオは瑞希の左手を握る。

 その姿を見た瑞希は、少し同情の念を抱かされたのか、しゃがみ込みフィロに話しかけた。


「ララスさんに仕えてんだからキーリスに来る事もあるだろ? 普通の友人としてならまた会った時にでも美味い物作るから大人しくしてろって」


 瑞希の言葉にフィロがピクリと反応を見せ、たどたどしく声を出した。


「う……ふ、ふ、ミーちゃんが、デレ始め――「やっぱ寝とけ」」


 瑞希の突き放す様な言葉に、フィロががくりと伏した。

 瑞希はフィロに興味が失せたのか、地元民や両親に囲まれるドマルに視線を移す。


「母さん、これからはちょくちょく顔を出すからもう泣かないでよ」


 困り顔のドマルは別れを惜しむ母を優しく抱き留めつつ、父から小さ目の木箱を渡される。


「ボアグリカの男がこれを渡す時は……、いや、これは貴族様への只の献上品だったな」


 ドマルの父親であるロックはそう言葉を止め、ふっと息を漏らす。


「うん。でも想いは込めて渡すよ」


 ドマルに抱き着いていた母親のシエリーはその言葉を聞き、ドマルから少し距離を取る。


「貴方が選んだ人なら私達も安心できるわ。もう一端の商人ですものね」


 優しく微笑むシエリーに対しドマルは、以前とは違い自分をちゃんと信じてくれているという言葉に思わず涙腺が緩んでしまう。


「今から泣いててどうすんだよ泣き虫ドマル」


 そう声を掛けるのはテスラだ。


「だ、だってさ」


「だってじゃねぇよ。お前は凄い商人だって私達はもう認めてんだ。胸を張って貴族様を嫁に貰って来い!」


 テスラはそう言ってドマルの背中を力強く叩いた。

 その顔は晴れ晴れとした表情を浮かべているが、ドマルにはそれが作り笑顔だとわかってしまう。

 テスラの気持ちを汲み取ったドマルは、ぐっと涙を堪え、テスラに握手を求めた。


「わかった。テスも元気でね」


「振られたら叫び酒に付き合ってやるから、その時はちゃんと帰って来いよ」


「あはは、そうならない様に頑張るよ」


「テスラの方がドマルとの別れの寂しさでこの後叫び酒をしに行ったりしてな」


 二人の間にあった出来事を知らないトットは、旧友を茶化す様な冗談を悪気なく発しただけなのだが、テスラの怒りを買うには十分の発言だった様だ。

 トットの大柄な体躯がくの字に曲がるぐらいに力が込められたテスラのパンチが、トットを地面に沈めると、テスラは痛めた手首を誤魔化す様にプラプラと手を振った。


「余計なお世話なんだよ。本当にこいつを連れてくのか? 人に迷惑しかかけないぞ絶対!」


「う、歌姫が行く先に俺っちは行くんだ……」


 トットは痛みを堪えながらそう言ってドマルの足を掴む。


「まぁトットはこれでも色々な仕事をしてきてるし、商会の生まれだから計算なんかは得意だからね、ミミカ様の仕事に欲しい人材だと思うんだよ」


「歌姫がついていくのも同じ理由か?」


 先に船に乗り込んでいるティーネとキアラは、陽気にカレーの歌を歌っている。


「ティーネさんは今回の公演でギルカール楽団を次世代に引き継いだでしょ? もうすぐ声の寿命が来るらしいんだけど、それまでにミズキの活躍を歌いたいんだって。ミズキ本人は嫌がってるんだけどね」


 ドマルはそう言って苦笑するが、瑞希よりもシャオが乗り気なのを知っていた。


「自分の歌が歌われるのなんて誰でも嫌がるだろ?」


「くふふふ! オーガ討伐の活躍も歌ってほしいのじゃ。あの時もわしを守ろうと恰好良かったのじゃ」


 いつの間にかドマルに近づいていた瑞希は、テスラの手首と、地面に倒れているトットに回復魔法をかけた。


「ほら起きろ。荷物は積みこまれたみたいだから後は俺たちだけだぞ」


「いちちち……、テスラは商人よりも冒険者の方が向いてたんじゃねぇか?」


「あんだとっ!?」


 拳を振りかざすテスラに対し、トットは素早く瑞希の陰に隠れる。


「……情けな」


「あふっ」


 トットの姿を見ていたチサがそう言葉を漏らすと、イナホも同調して鳴いた。


「男には勝てねぇ女ってのがいるんだよ!」


「……そうなん?」


 瑞希の左手を握るチサは見上げながら瑞希に問いかける。


「ん~……、単純な腕力の事じゃなくて頭が上がらない存在って事ならそうかもな。人は誰でも女性から生まれて来るんだし、本能的に女性を傷つけるのは良くないって思うからな」


「けど女は男を傷つけても問題はねぇんだよ」


 ポキポキと指を鳴らしながらテスラがトットに近づこうとするが、ドマルがそれを止める。


「はい、もう終わり! 今回のお別れは暴力なしでいこうよ」


「既に俺っちは殴られたぞ!?」


「こんな体がでかくなった奴なら女の私が一発や二発殴った所で大丈夫だろ?」


「……女の力じゃねえだろ」


 瑞希の陰に隠れたトットがぼそりと呟くと、怒り心頭のテスラがトットに食い掛る。


「何か言ったか!? あぁ!?」


「もう止めなって! テスは本当に父さんみたいに怒りっぽいなぁ」


「ボアグリカ生まれはこんなもんだよ! ドマルが温厚すぎんの! そんなんでちゃんと誓いを守れるのかよ!?」


「守るよ」


 目を細めるテスラの視線をしっかりと見据えたドマルが、端的に答えた。


「本当だな!? 泣かしたりするなよ!?」


「うん。僕に出来る限りの誠意は尽くすつもりだよ」


 テスラはとんっと、ドマルの胸に拳を当てると、少し声を震わせながら言葉を続けた。


「絶対、また顔見せろよ……? 悪どい商売はすんじゃねぇぞ……」


「うん」


 ドマルの短い返事を聞いたテスラは、くるりと振り返り、ドマル達を見送りに来ていた商人達に声を掛ける。


「皆ー! ドマルの門出だぁ! こいつが次に帰ってくるまでにこの街をもっと盛り上げるぞぉ!」


 そう言って古参商会の商人達に発破をかけるテスラの表情はドマルからは見えないが、ドマルの表情もまたテスラからは見えていない。


 瑞希は手を握る少女二人の手を引き、船の乗り口へと先に歩んでいく。


「……にへへ。ドマルも人気者やな」


「わはは! あいつは良い商人だからな」


「うぬぬ。商品を考えたのも、あほ共を捕らえたのもミズキなのじゃ!」


「俺は良いの。あんまり目立ちたくないしな。それに売る場所や売り方、魅せ方を考えたのはドマルもだろ? 俺達は職人で、あいつは商人。仕事として成功したならそれで良いだろ? それに俺は色んな食材や調味料を仕入れられて満足だしな」


 瑞希はニヤニヤと笑みを浮かべる。


「……はよ戻って無くなったペムイ補充せな!」


「それよりもどーなつなのじゃ! モーム乳とばたーを補充して甘い物を作ってほしいのじゃ! 勿論はんばーぐもじゃぞ!?」


「えぇ~? 俺は戻ったらこっちの食材で色々作りたいんだけどな~。ペムイをがっつける奴とか」


「……賛成っ!」


「あふっ! あふっ!」


 空いてる手をピンと上げて同調するチサに、フードに入ったイナホが嬉しそうに鳴く。


「うぬぬぬ! はんばーぐなのじゃっ!」


 船の乗り口で待っていたララスはくすくすと笑い、バージは苦笑しながら三人を迎える。


「お前等はいつでも仲が良いな?」


「うふふ。さすがは子連れの英雄様ですね?」


「こいつ等が我儘ばっかり言ってるだけですよ……っと?」


 ララスは手紙を、バージは重そうな革袋を瑞希に渡す。


「キーリスに居られるミミカ様や、ボングへ手紙をお渡し頂けないでしょうか? 勿論お礼はこちらに足しておきました」


「それは勿論構いませんが……、お礼なんて良いのに……」


「お前がいつまでも受け取らないからわざわざ持ってきたんだぞ。観念して持って帰れ。家が出来たら俺達も招待しろよ?」


「まだ買うなんて決めてないぞ? どこに住むかも決めてないのに」


「……うちの村にしよ!?」


「あの村はモームもおらんのじゃ。却下なのじゃ!」


「こうやって揉めるから決められないんだよ。暫くは貯金だ貯金」


「「え~!」」


 二人からの野次に瑞希は心の中で耳を塞ぐ。


「王都に来るなら良い家を探してやるから気軽に言えよ」


「ん~とりあえず保留で。一先ずはミーテルでドマルの為に料理を作ってやりたいしな」


「カエラ嬢が相手だと尻に敷かれるだろうな」


「ドマルなら大丈夫だよ。あいつはあぁ見えてしっかりしてるからな」


「違いない。ミズキも早く嫁さん貰わねぇとすぐにおっさんだぞ?」


「お袋みたいな事言うなよ。こいつらが自立出来る様になってから考えるよ」


 瑞希はふと視線を二人の少女に向ける。


「ミズキは過保護だからその内また新しい弟子が増えてそうだよな? 現地妻みたいに――「バージ様?」」


 冷たい視線を感じ取ったバージはそれ以上は何も言えなかった。

 ララスはこほんと一つ咳払いをする。


「ミズキ様の知識は民を幸せにしております。どうかこれからもそのまま邁進なさって下さい。私達も民に呆れられる事のない様に努めてまいりますので」


「御二人ならきっと皆に呆れられる事なんてないですよ。また会える時を楽しみにしておきます」


「はい。私もです」


 ララスと瑞希が握手を交わし、バージは瑞希の首に手を回し笑う。

 別れを済ませたドマルと共に瑞希達は船へと乗り込んでいくのであった――。

いつもブクマ、評価をして頂きありがとうございます。

本当に作者が更新する励みになっています。


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