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疲れた時の大学芋

 ――翌朝。


 瑞希達が宿で朝食を取っているのだが、キアラとチサの目の下には隈ができており、興奮気味にかつ饒舌に喋り続けるキアラとは対照的に、チサはパンを持ち上げたままこっくりこっくりと船を漕いでいた。


「――ちゃんと寝てないだろ?」


「色々試したかったんな! 家だと皆がいるから怒られるんな。でもついさっき完成したんな!」


 キアラがそう言って箱を取り出した所で、奇声と共に瑞希に飛びつかんばかりにフィロが走ってきた。


「ミーちゃあん! おはようー!」


「朝からうるせー……って、そっちの二人はどうしたんだ?」


 リルドに支えられるララスと、フィロに放り出されたであろうバージが床に突っ伏している。

 瑞希は倒れるバージを揺さぶり起こした。


「おい、おい、大丈夫か?」


「――んあ? ミズキ? どこだここ?」


「俺達の宿泊してる宿だよ。ひどい顔だな」


 瑞希は深く隈作ったバージの顔を見てそう感想を漏らした。


「貴族同士の都合でダグート家当主を捕まえたんだ、こっちの領民に迷惑をかける訳にはいかないからな」


 そう言って立ち上がろうとするバージにトットとドマルが肩を貸す。


「それにしても休まなさすぎだろ? おめぇが頑張りすぎるから嫁ちゃんも付き合わされるんだろ?」


「こいつの言う通りだ。お前が休まないとララスも気を遣う。少しは寝かせてやれ」


 ララスを抱えたリルドはそう呟きながら、ララスを椅子に腰かけさせた。


「で、ですよね!? いやぁリルドさんとは気が合うなぁ!」


「気のせいだ」


 リルドがトットの言葉を一蹴すると、トットはとぼとぼと肩を落としながらドマルと共にバージを椅子に座らせた。

 瑞希に頼まれたドマルが、柔らかそうな布を取り出すと瑞希はシャオと手を繋ぎ、熱い湯を布に染み込ませ、軽く熱を逃がす。


「リルド、フィロ、二人の顔を上に向けてこの熱い布を顔にかけてくれ。そのまま顔を軽く揉んでやると少しは休まるから」


 二人は瑞希の指示通りに布をかける。

 眠りかけのチサは、既に幼子の様に上を向き本格的に寝始めようとしており、瑞希はチサの顔に優しく布をかけ、手で優しく圧力をかける。


「……ふわぁ~」


 布越しに声を漏らすチサの姿を見たシャオがちらちらと視線を送る。


「気持ちよさそうじゃな?」


「気持ち良いぞ? でもシャオは隈も出来てないし、ちゃんと寝たんだろ?」


「わ、わしも寝てないのじゃ! こやつ等とは鍛え方が違うだけなのじゃ!」


 シャオは瑞希の服の袖を掴み自分もやってほしそうに揺らす。


「キアラの後でな」


「私は疲れてないんな!」


「はいはい。眠気が一周するとそうなるんだよな。丁度リルドも来てくれたし出来た物を渡したらちょっとは寝ろよ」


 瑞希はキアラの顔に布を被せムニムニと顔を揉んでいく。


「んなぁ~……」


「キアラはカレー作りが好きだから夢中になると疲れてない様に感じても、体はしっかり疲れてるんだよ。そんな状態で仕事や試作をしても失敗に気づかないかもしれないだろ」


「そうよぉ! みーちゃんの言う通りよ」


「いででででっ!」


 フィロの指先に込められる力の強さにバージが呻き声を漏らす。


「簡単な甘い物でも作ってくるから少し待ってろ。シャオ、手伝ってくれるか?」


「わしの番がまだ来てないのじゃ!」


「後でやってやるって。その代わりシャオに一番先に甘い物を食べさせるからさ」


「それならば手を打ったのじゃ!」


 そう言って二人は宿の厨房へと歩いていく。


◇◇◇


 パチパチと爆ぜる油の音に耳を傾けながら、鉄鍋に砂糖をどっさりと入れ、蟻蜜とジャルを加え熱していく。


「マグムを一度塩水にさらすしたのは何故じゃ?」


「表面のでんぷんが洗い流されてサクッと上がるんだよ。軽く塩味がつくしな」


「そっちの砂糖にもジャルが入っておるのじゃ。しょっぱくならんのか?」


「風味付けにもなるし、少し塩味があった方がただ砂糖を使うよりもすっきりした甘さになるからな。後は揚げたマグムをこの蜜に絡めてバクを振ったら完成っと。ほら熱いから気をつけろよ」


 楊枝に刺したマグムからはトロトロと蜜が垂れそうになっており、シャオは顔を輝かせながらパクついた。

 相当熱かったのか、すぐさま水を口に含み、ぽかぽかと無言で瑞希の背中を叩く。


「だから言っただろ? 蜜の粘度があるからなかなか冷めないんだよ」


 瑞希はもう一つ楊枝に刺し、何度か息を吹きかけて冷ましてからシャオの口を開けさせる。


「くふふ! 甘くてホクホクなのじゃ!」


「旨いだろ? ドーナツとかケーキみたいに手は込んでないけど、昔からあるおやつなんだ。こっちの芋けんぴは冷ましてから旅のおやつにしよう」


「切り方が違うだけなのじゃ?」


「芋けんぴは単純に砂糖と水だけで作ったから、もう少し素朴な味だな。こういう味は食べ続けられるし、冷えて糖が固まったら袋に入れて運べるから旅のおやつに丁度良いだろ?」


「甘い物はどれだけあっても幸せなのじゃ! くふふふ!」


 調理を終えた瑞希とシャオは後片付けをすますと、皆が待つ食堂へと向かう。


◇◇◇


「――お待たせ。マグムを使った簡単なおやつだけど……皆は何を驚いた顔で見てるんだ?」


 瑞希はそう言って質問をしながら料理を乗せた皿を机に置く。

 

「ミズキ様のおかし……!」


 疲れた表情を一変させたララスが目を輝かせる。


「面倒かけてすまないな」


「簡単なおやつだし気にすんな。芋はビタミンも豊富だし疲労回復にも効果がある。甘い物は頭を覚醒させるにも良いしな」


 瑞希が席に座るとシャオが膝に座る。

 シャオは我先にと料理に手を伸ばし、瑞希は茶を啜る。


「元々甘いマグムにトロトロの蜜が……」


「……ジャルの味がする!」


 表情を蕩けさせるララスと、風味付けに使われたジャルに興奮するチサとは裏腹に、トットは少し顔を引きつらせていた。


「マグムをわざわざ高価な砂糖を使ってさらに甘く料理すんのか……。いや、美味ぇな」


「これは何という御料理なのですか?」


「大学芋って言って昔からある簡単なおやつです。うちのお袋が良く作ってくれたんです」


「だいがくいも……?」


「芋ってのはグムグムとかマグムみたいな食材の事を故郷でそう呼んでました。名前の由来は諸説あるのですが、大学生と呼ばれる人達が好んで食べてたらしいです。腹持ちも良いし、疲れた時は甘さも嬉しいでしょ? 子供が好きな味だし、キアラやバージみたいに寝る間を惜しんで仕事や勉強をする人達の夜食なんかにも作られたかもしれないですね」


 瑞希はそう説明し、膝に座るシャオの頭を撫でる。


「うふふ。確かにこのお味だと目も覚めて元気が出ますね」


 ララスは顔を綻ばせながら大学芋を口に運んだ。


「ところでさっきは何を皆で見てたんだ?」


「キアラちゃんが作ったかれー箱だよ」


「カレー箱?」


 ドマルに手渡された箱の中には、瑞希にすれば見慣れた茶色い塊が詰められている。


「ふっふっふ! 香辛料とカパ粉、ミズキに教えてもらったもみじ入りの鶏がらスープを使って作ったんな! これなら料理が苦手なリルドでもお湯に溶かせば簡単にかれーが作れるんな!」


「お湯だけで作れる料理とか凄すぎんだろ? この街に入る商人なら誰でも欲しがるぜ」


「おぉー! いや、凄いな!」


 素直に感心する瑞希に、商人のドマルが興奮気味に反応する。


「でしょ!? キアラちゃん、これってもっとたくさん作れるの!?」


「手持ちの香辛料とばたーがなくなったから同じのは作れないんな。家に戻れば作れるんな」


 キアラはそう言いながら瑞希の料理を口に運び、美味しそうな表情を浮かべる。


「これ絶対売れるよ! 冒険者は勿論だけど、キアラちゃんのかれーがどこでも食べられるなら誰でも買いたいからね!」


「おい、それは俺んだぞ。キアラがわざわざ作ってくれたんだ」


 リルドは瑞希の料理を頬張りながら、ドマルを睨みつける。


「と、取らないよ!」


 ドマルは慌ててリルドに手渡すと、リルドは嬉しそうに微笑んだ。


「カレールーまで作ったか~、キアラはもうカレーの王女様だな」


「るーって言うんな?」


「香辛料を磨り潰しただけならカレー粉だけど、これはカパ粉を入れてバターの油分やもみじのゼラチンで固めてるだろ? カレー粉にカパ粉やバターを入れてあるのをルーって言うんだよ。これは固まってるから固形ルーだな」


「ミズキは何でも知ってるんなー!」


 開発したはずのキアラは瑞希が知ってる事に悔しさや驚きよりも、嬉しさが勝ったようだ。


「俺の故郷じゃ誰もがカレーを好きって話は前にしただろ? それはこのカレールーがすぐに買えるからなんだよ。具材を煮込んでこれを入れればすぐにカレーが食べられるし、簡単に美味いからな」


「……確かにうちの村にあったらかれーペムイを昔から食べてるやろな」


「じゃがキアラが作ったかれーの方が美味いのじゃ」


「……それはそう」


「んなぁ~」


 キアラは二人の誉め言葉を聞き、照れ臭そうに声を漏らす。


「こういうのは手軽さが売りだからな。これを使ったカレーを食べた人がカレーに興味を持って、作った商会や人に興味を持つだろ? するとキアラの店にまたお客さんが集まって来るんだよ」


「かれーが流行るのは良い事なんな!」


「流行りってのは怖いもので、必ず商品を真似た粗悪品が出てくる。するとそれを食べた人はカレーに対する印象が悪くなるから、カレールーを売るなら信用できる商人だけにしといた方が良いぞ」


「肝に銘じとくんな! まずはドマルだけに売って貰うんな!」


「良いの!?」


「ドマルなら良いに決まってるんな! でも最初は一般の人に売ってほしいんな! 皆にカレーの味を知って欲しいんな」


「ウェンナー商会の香辛料を使って、ばたーも使ってるとなると結構高額になるから一般の人には手が出にくい金額になりそうだよ?」


「ふっふっふ。それは親父と相談するんな! ミズキの故郷みたいにかれーが皆の身近にある料理になって欲しいんな」


「それなら最初は売るにしても少量ずつにしようか。僕が作って味見をさせても構わないかな?」


「勿論なんな! 色んな所で売ってほしいんな!」


「そうと決まれば一度ウォルカに戻って仕入れさせて貰おうかな!」


「儲かったらちゃんとミズキにも分けるから楽しみにしてて欲しいんな」


 満面の笑みでそう告げるキアラに、ミズキはきょとんとした表情を浮かべた。


「いや、それを作ったのはキアラだろ? 俺は関係ないからいらないよ」


「関係ない事ないんな! かれーはミズキが教えてくれた料理なんな!」


「それでも工夫をして作ったのはキアラで、商売をするのはドマルだ。俺が利益を貰う権利はないさ」


「なら権利がある金なら貰ってくれるんだな?」


「ん?」


 話を聞いていたバージがここぞとばかりに切り出した。


「この街のギルドマスターとミズキの報酬をどうするかって話があったんだ。街に溢れだした大量の魔物素材は勿論、ララスを始め俺達を助けてくれた報奨金に――「屋台の売上もあるよね」」


 ドマルが便乗して話に加わる。


「ちょっと待て! 魔物素材は剝ぎ取った人達の物だろ?」


「それはお前の料理を無償で食べる為だろ? それにちゃんと手伝った冒険者には普通の買取よりは安いけど報酬も渡してる」


「屋台の売上だって屋台街の復興に必要だろ?」


「ミズキならそう言うと思ったけど、それはバージ様が補填してくれるって言うんだ」


「ダグート家の差し押さえた資産があるからな」


 バージはグッと親指を立てる。


「それに王家の者が命を救って貰ったのに御礼をしないとなれば他の貴族に示しがつきません。グラフリー家を助けると思ってお受け取り下さい」


 ララスはにっこりと微笑み、瑞希が断る理由を先回りして潰した。


「……貰っとけばええやん?」


「ミズキが仕事をした結果なんな?」


 大学芋を咀嚼しつつ二人の少女が疑問を浮かべる。


「じゃあドマルの言う売上はキアラとチサにも分けるとして――「あぁ、ついでにミズキの冒険者の等級あげといたからな」」


 瑞希が視線をバージに向ける。


「……うちのは!?」


「チサはまだ幼いからもうちょっと後だな。チサの歳だと鋼鉄級でも十分仕事はあるし、等級が上がれば危険も増すからな」


「……そうなんやぁ」


「だからといって俺の等級を勝手に上げるなよ!?」


「ミズキの場合は名前が王都でも名前が広がってるし、キーリスやレンスの件もある。変に等級が低い方が目立つんだから諦めろ」


 バージの言葉を聞いた瑞希は、何かを飲み込む様に大きく溜息を吐いた。


「わかった」


「押し付けたみたいで悪いな。じゃあ諸々の金はこれぐらいになるけど受け取ってくれるよな?」


 バージが紙に書いた金額に、瑞希は驚愕した。


「どんだけ渡す気だよ!?」


「それでも安いぐらいだぞ? なんたって俺の嫁を助けてくれてるんだからな。いっそミズキが貴族になってくれりゃ俺も楽できるんだけどな」


「絶対に嫌だっ! 俺は旅をしたり店で料理を作る方が好きなのっ!」


「そこを何とかっ!」


「それ以上言うなら友達辞めるからな?」


 瑞希は冷ややかな視線をバージに向ける。


「ぬぐっ! 悪のりが過ぎちまったな。でもとりあえずはその金額ぐらいは受け取ってくれ」


「そうは言っても、こんな金額なら家でも買えるだろ……」


 瑞希の呟きに二人の少女が視線を合わせ、小さく頷く。


「……うちの分はミズキにあげる」


「私の分もかれーの勉強分と護衛分っていう事でミズキに渡すんな。好きに使って欲しいんな」


 笑顔でそう告げる二人に瑞希は疑問符を浮かべつつ返答した。


「あほ。二人にも手伝って貰っただろ? 仕事した分ぐらいは分けるって」


 だが二人は断固として拒否した。


「……別にいらん」


「そうなんな! お金じゃなくて部屋が欲しいんな!」


「部屋? なんの?」


 キアラとチサは声を揃えて放った。


「「ミズキとシャオが住む家の部屋っ!」」


「おぬし等が毎日一緒におるとうるさくて仕方ないのじゃ」


 そう呟くシャオの顔はどこか嬉しそうなのであった――。

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