答え合わせ
――レンスからの移動を明日に控えた瑞希達一行は、日々の疲れを癒す為に今日も温泉に浸かっていた。
「――この温泉も今日で最後か」
「あはは、ミズキならどこでも露天風呂を作れるでしょ?」
「いやいや、魔法で作るお湯も悪くないんだけど、やっぱり源泉から湧き出るのは一味違うって」
「おいおい、レンスの温泉って入っても問題ねぇのか? キウリィ達が色々やってたんだろ?」
湯舟でくつろぐ瑞希達とは対称にトットは挙動不審の様子で湯舟のお湯を確かめていた。
「街の混乱を避けるために、バージ達が秘密裏にダグート家の抱える魔法使い達を捕まえたらしいぞ? 色々やろうにももう出来ないだろうな」
瑞希はそう言って湯舟のお湯をパシャリと顔にかけ、高く作られた天井に昇る湯気を何の気なしに目で追う。
ぼぅっと天井を眺めるミズキにトットが声を掛ける。
「貴族のごたごたは俺っち達が踏み込む事でもねぇし、ミズキが気にする事でもねぇだろ?」
「まぁそうなんだけど、嫌な役目ばっかりをバージに押しつけてる様な気がしてな」
「そりゃバージの仕事だから仕方ねぇっちゅう話だ。俺っち達は偶々巻き込まれた。ミズキの発見でテンが気付け薬になるって分かったのが幸いだが、見つかってなけりゃ今でも街中疑心暗鬼だったろうよ」
トットはニカッと笑顔を見せ、太い腕を瑞希に回しぐりぐりと瑞希の頭を撫でまわす。
「だぁっ! わかったから止めろって!」
「おめぇが陰気に黄昏てっからだろ!」
ばちゃばちゃと二人が湯舟で暴れていると、パンという音と共にトットの巨体が湯舟に倒れ、浴槽から湯が溢れ零れた。
「わしのミズキを占領するとは良い度胸なのじゃ」
銀髪の長い髪の毛を下ろし、湯浴み着を着たシャオが二人の少女を引きずりながら現れた。
「……スープが皮の中に在ったのが意味わからん」
「脂じゃなくスープだったんな」
二人の少女はぶつぶつと瑞希からの宿題を考え込んでいるようだ。
「ミズキっ! こやつらにさっさと答えを教えるのじゃ! こやつらがいつまでも部屋を出んせいでわしの洗髪の時間が減ったのじゃ!」
「わははは、駄目な方向に煮詰まってるなぁ」
瑞希はそう言って湯船から上がり、三人を椅子に座らせ、頭から湯を掛ける。
急な出来事に二人の少女が驚くが、自身の濡れた髪と隣で気持ち良さそうに髪を洗われているシャオの姿を見て状況を理解した様だ。
「くふふ。そこそこ、そこなのじゃ」
「……あ、ええなぁ。ミズキ、次うちも」
「お、お湯を掛けたまま放置するのは良くないんな~」
雪もちらつく季節、湯の温かさがない事に、チサとキアラは体を縮めて小さく震える。
瑞希はくすっと微笑み、気持ち良さそうに洗髪されているシャオに当てている水魔法と同様の温水の水球を二人の背中近くに生み出し、二人の背中から温水シャワーを掛ける。
「……温かぁい」
「寒さで固まった体が温かさで溶けるみたいなん――「あぁー!」」
二人の少女は自身の状態を照らし合わせた所で瑞希からの宿題の答えが分かった様だ。
シャオの洗髪を終えた瑞希はシャオの髪の毛を束ね軽く絞り、二人の少女の頭に再度温水を掛ける。
「今二人が思い付いたやり方で正解ってわけだ」
瑞希は洗髪用の液体を手に広げチサの頭に手を乗せわしゃわしゃと泡立てる。
「……あいすくりーむとかぜりーも冷やすもんな」
「鶏の脂も冷えたら固まるんな!」
チサは瑞希の洗髪を気持ち良さそうに目を細め、キアラは宿題の答えに興奮気味だ。
「鶏の足、即ちもみじって食材はゼラチン質が豊富だからスライムみたいに冷やすと固まる成分が多いんだよ。でもスライムと違って脂と一緒に旨味も出るから小籠包みたいな食事に使うならスライムよりも好都合だったんだ。スープ自体も美味しかっただろ?」
瑞希は二人の返答よりも先にチサの頭を洗い流し、キアラの洗髪に取り掛かる。
「……むぅ。ミズキと料理してたうち等やったらすぐ思いつく事やったのに」
チサはぷるぷると首を振り、髪の毛の水気を飛ばしながら悔やむ。
「折角作ったスープをわざわざ冷やすなんて考えなかったんな~」
キアラは目をぎゅっと閉じつつも、チサがいる方向に顔を向けつつ共感を求める。
「どんな事でも時には時間をかけて遠回りした方が上手くいく事もあるんだよ」
「くふふふ。じゃが魔法使いでなければスープが固まる程冷やす事も出来んのじゃ」
瑞希が魔法を使うために瑞希の背中にへばりつき、二人の頭上から見下ろすシャオは得意気にそう告げる。
「確かにチサには出来ても、私には難しい方法なんな~」
「今みたいに寒い時期なら外に出したり、雪で冷やせば可能だけどな。魔法はそう言った意味では近道が出来る。けど、近道しか知らない人は遠回りする歩き方を知らないかもしれないだろ? シャオは魔法で簡単に火を起こして肉を焼けるけど、炭火で焼いた肉の旨さを知らなかったら一生気付けなかったかもしれないしな」
瑞希の言葉に三人の少女が頷く。
瑞希はふと二人の姿を思い出し、少し微笑む。
「……どしたん?」
「いや、バージとララスさんだってこの国を良くするために時間がかかるかもしれないけど、魔法至上主義者の貴族と話し合いをしようと頑張ってるんだなって思ってさ」
「あの二人が王様になるならきっと良い国になるんな!」
髪の毛を洗い流されたキアラは、にぱっと笑顔を振りまきそう答える。
「……うちもそう思う。あの人等と御飯食べててもおもろいもん」
「リルドとフィロも面白いんな。あっ! リルドにかれー粉を作ってあげる約束してたんな! ミズキの宿題ですっかり忘れてたんな!」
「……ほなお風呂から上がったら手伝うで」
「ありがとなんな! ちょっと試したい事もあったから手伝って欲しかったんな!」
「……香辛料をすり潰すだけやろ?」
「ふっふっふ。ミズキの宿題をかれーにも使ってみるんな! 上手く行けば簡単にかれーが食べられる様になるかもしれないんな!」
「……ほんまに? せやったらリルドは料理できなさそうやし喜ぶやろな」
チサとキアラがくすくすとリルドの喜ぶ顔を思い浮かべ笑う。
二人のやり取りを聞いていた瑞希は、感心しながら二人の頭を撫でた。
「どうしたんな?」
「そうやって人を喜ばせるのを楽しめるのがお前達の良い所だと思ってな」
「……にへへ。うちの師匠達がそうやもん」
「あっは! 確かにそうなんな!」
「わしは別に人を喜ばせて楽しんだりはせんのじゃ」
ぷいっとそっぽを向くシャオに二人は視線を合わせてから頷くと、シャオに抱き着く。
「もちろんシャオにも手伝って貰うんな! 試食役が必要なんな~」
「……うち、火魔法苦手やからちゃんと教えてな」
「うぬぬぬ! わしは手伝わんのじゃ! 二人で作れば良いのじゃ!」
「以前私にくっきーを作ってくれたのはめちゃくちゃ嬉しかったんな。それに私の考えてる物が作れたらミズキも絶対喜んでくれるんな!」
「……本当なのじゃ?」
シャオはちらりと瑞希の表情を伺う。
「そうだな~、何を作るか知らないけど教え子達の成長を見るのは楽しみだし、シャオが手伝うならもっと美味しくなるだろうな」
「くふ。くふふ。ミズキがそう言うならば仕方ないのじゃ! わしも手伝ってやらん事はないのじゃ!」
「そうと決まればまずは部屋で香辛料を組み合わせ、せ……くしゅん!」
職人気質のキアラが風呂場を駆けだそうとするが、シャオとチサがキアラを止める。
「「ちゃんと風呂に浸かってからじゃ!」」
キアラは二人に照れ笑いを返し、四人はドマル達がいる湯舟へと向かうのであった――。
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