ドマルの決意
――商人街レンスの外れにある原っぱでテスラは大の字になって寝転んでいた。
久方振りにあった旧友は、昔の可愛らしい面影を残しているのだが男としての芯が通っていた。
それは旧友の実父に対してもそうだ。
昔ならいざこざを嫌い、逃げ出していたかもしれないのに、戻ってきたドマルは逃げ出さずに己の意見を貫いた。
それは魔法至上主義者が犯した事件の影響だったが、荒くれ者であった昔のロックを知る者からすれば離れたままでいてもおかしくなかった。
テスラは考える。
ドマルが強くなったのは親友と呼ぶ瑞希の影響もあるのだろうが、思い返せばドマルの幼い頃は自分が好きな物事を否定されると怒りもしたし、行商人になって出て行くという時に見せた表情は、わくわくとした感情を抑えきれない子供の様な姿と、自分の信念に即座に動ける強さがあった。
それがテスラには酷く寂しくなり、止める理由にすら成れていない街や自分に腹が立ち、感情の高ぶりをドマルに叩きつけてしまった。
ボアグリカ地方の人間は喜怒哀楽がハッキリしている。
そんな中で生きてきたテスラもまた、その場の感情で行動してしまい、ドマルと離れてからはふとした時にドマルを思い出しては後悔をする。
テスラはそんな自分と決別したかったのか、見た目から変わろうとした。
ドマルが似合うと言ってくれた花に似合う女性になっていれば、ドマルが戻ってきた時に驚いてくれるかもしれないと。
だが時は刻々と過ぎていき、ドマルが戻って来ぬままにドマルの実父であるロックを始め、違和感がレンスの街を包んでいた。
レンスの街にある古参商会の代替わりがぽつぽつと行われ始めた矢先に、ロイグ商会の勢いが増し始めてきた。
ヴィラ商会の跡取りであるテスラも他の商会に舐められぬ様に過ごしていく中、常に不安が付きまとっていた。
他の古参商会の跡取り達の大部分はロイグ商会と争う気概も見せず、自分の領域だけを守ろうと日々を過ごしている。
そんな矢先、頼りにしていたウェンナー商会のロック・ウェンナーの様子がおかしくなった。
自身から他者を遠ざけ、愛する妻にさえ手をあげた。
幼い頃からロックを知るテスラは愕然とし、その怒りと悲しみを始めとした気持ちを分かち合ってくれる人が欲しかった。
絡まりすぎた感情を爆発させようと叫び酒を煽り、マナー違反でもある特定の人物名を叫んでしまったのだが、それが功を成した。
「――やっぱりここに居た」
「何で追っかけて来るんだよ」
「何でって……、テスラとまた喧嘩別れをするのは嫌だったからかな」
ドマルの言葉を聞いたテスラは、勢い良く体を起こす。
「――腕輪を送る意味」
「え?」
「腕輪を送る意味はちゃんとわかってるんだろうね!? 他所の地方で仕事をして、ボアグリカ地方の古い習わしを忘れたって訳じゃないんだろ!?」
テスラは切れ長の目を細め、威嚇する様に問いかける。
「……うん。贈る相手の元へ帰るって誓い。危険を伴う鉱山夫が帰りを待つ人へ送る物だよね。それがいつしか男性から女性に渡す様になって、最近では少し忘れられてる風習だよね」
ドマルは言い辛そうに答えた。
「ひょろっちぃドマルに誓いを守れるのかよ……」
悪態を吐くテスラは、そう言いつつもまた後悔する。
「確かに僕は弱いからね。単純な腕力は勿論だし、おまけに家柄も釣り合ってない」
「家柄? 相手は貴族か? それとも他地方にある大商会……もしかしてキアラに送るのか!?」
テスラの的外れな質問、ドマルはくすりと微笑んだ。
「あはは、違うよ。キアラちゃんは別の人が好きでしょ? 僕が送りたい相手はカエラ様。マリジット地方を治めるウィミル家の当主のカエラ・ウィミル様だよ」
テスラからは乾いた笑いと共に、呆れ声が漏れる。
「な、なんだそりゃ。大貴族様が一介の行商人を相手する訳ないだろ!? 分不相応にも程がある! 大体ドマルだって自分の仕事があるだろうが! 貴族入りでもするつもりなのかよ!?」
「あははは、確かにそうかもしれないね。僕も行商人って仕事が好きだし辞めるつもりはないよ。だからこそボアグリカの、父さんと母さんの作った腕輪をカエラ様に渡したかったんだ。ちゃんと戻って来れる様にさ」
ドマルはそう言って頬を指で掻きながら照れ臭そうにはにかむ。
「そんなに……好きなのか?」
言葉を詰まらせながらも、テスラは自分の聞きたくない答えを聞こうと言葉にする。
「うん。普段の賢そうな振る舞いも、時折見せる子供っぽい仕草も、人の話を聞こうとする視線も……、言葉にすれば美辞麗句みたいになるけど、僕はカエラが時折休める様な枝になってあげたいなって思ったんだ。街から街を旅する行商人が何言ってんだって話だけどね」
ドマルの言葉からは、手の届かない貴族に憧れる様な戯言ではなく、本音を吐き出している雰囲気が、テスラにはひしひしと伝わる。
「相手にされる訳ないだろ……」
「その時はその時かな。でも好きな事に嘘は吐きたくないんだ」
ドマルの表情を見たテスラは、昔から知るドマルの好奇心が見え隠れする笑顔を思いだす。
「あーもうっ! やっぱあん時に無理やりにでも止めとくんだった!」
その表情を見たテスラは、止められない事を悟ると大きく声を上げた。
「ドマルっ! 一回しか言わないからちゃんと聞けよっ!」
「はいっ!?」
ドマルもまた幼い頃のテスラを知る者として、ガキ大将っぽさが出たテスラの言葉にびくりと反応を示す。
「お前の事が昔から好きだった! 私を女扱いしてくれたのはドマルが初めてだったし、私の事を一番わかってくれてるのもドマルだったから! 再会してからまた好きになった! 私達古参商会全員で団結出来る売り方を示してくれた時も、自分の好きな事に没頭するそんな性格も! 全部、ぜーんぶ好きだっ!」
そうテスラに告白されたドマルは、なんと返して良いものかと言葉を詰まらせる。
「今も好き……」
長く伸びた髪を掻き上げ、テスラは恥ずかしそうに悪戯顔を見せる。
「うん……。ありがとう」
ドマルは優しく微笑み、言葉を続けようとするが、テスラが遮る。
「はぁー! すっきりした! 叫び酒も入れてないのに叫ぶもんじゃないわ。というかいつまでここに居るのさ? 早く家に戻って腕輪の微調整でもしてきなよ」
テスラはしっしっとドマルを追いやる様に手を払う。
「……わかった」
ドマルはテスラの気持ちを汲み、その場を少し離れてから大きく息を吸った。
「テスー! こんな僕を好きって言ってくれてありがとうー! それと再会した時にすぐにテスって気付けなくてごめん! 本当に吃驚するぐらい綺麗になってたから分からなかったんだー!」
「うるせぇー! さっさと帰れー!」
テスラの言葉を聞きドマルは踵を返して歩いていく。
ドマルの謝罪を聞き、自分の容姿を誉められた事を少し喜ぶも、ドマルに振られた事を実感したテスラはその場でボロボロと涙を零した。
だが、以前の別れの時の様な後悔は微塵も感じず、本音を吐けた達成感を胸に秘めるのであった――。
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