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小籠包と青椒肉絲

 ――ウェンナー家が商いをする建物、即ち自宅兼、店舗兼、工房となっている建物なのだが、そこはそれなりに大きな商会も買い付けに来る為、応対をするドマルの両親も来客には慣れていた筈だった。


 しかし、ドマルから連れてきた友人連中の素性を聞いた夫婦は、度肝を抜かす結果となったのだ。


「――あの、わ、私まで来ても良かったのでしょうか?」


 あわあわと慌てるのはララス・グラフリーなのだが、食卓に置かれる料理をちらちらと気にしている。


「も、もちろんでございますです、ねぇ貴方!?」


「お、おうよ!」


「ねぇミーちゃん! あの可愛いブレスレットを私に買って! お願い!」


「何で俺がお前に買うんだよ。良いから早くこっちの料理も運べ」


「久々に会ったんだからちょっとぐらい私にデレてくれても良いじゃない! ほら! 髪型だってミーちゃんが好きそうな髪型にしてきたのよ!?」


 そう言ってフィロがポニーテールに束ねられた髪の毛を振る。


「俺はお前の髪型なんかに興味はない」


 きっぱりと言い切る瑞希の両手には、大きめの蒸籠を抱えてられており、それをフィロに押し付ける。


「熱ぅい! はっ!? これがミーちゃんの熱々の気持ちってわけね!」


「お前に対する気持ちは冷え冷えだ。リルドはつまみ食いしようとすんな! ドマル、リルドを見張っといてくれ」


 瑞希がドマルに頼むと、ドマルは蒸籠に手を伸ばそうとしていたリルドの肩に手を乗せる。


「ミズキもあぁ言ってるからもう少しだけ我慢しようね」


「お前も熱々の肉まんがどれだけ美味いのかを知っているだろ?」


 きちんとした身なりをしているリルドは王家の従者にしか見えず、それを制止するドマルの姿を見た両親からは、さらに血の気が引く音がする。


「そうだぞリルド。ゆっくりミズキの料理を食べれるのなんかまた暫くないんだから落ち着いてだな――」


 そう言ってドマルの制止を手伝おうと、バージがリルドの体の前に腕を伸ばすと、前のめりになっていたリルドの強調された体の一部にぽよんと触れる。


「どさくさ紛れにどこ触ってんだっ!」


 リルドに殴られたバージは椅子ごと後ろに倒れた。

 その出来事にまたドマルの両親が慌てるが、ドマルは痛がるバージの顔を覗き込み語りかけた。


「大丈夫?」


「大丈夫そうに見えるか?」


「あはは、ララス様に治して貰おうか?」


「いや、今ララスの方を見たら俺はもう一発食らうかもしれん」


 ドマルがちらりとララスに視線を向けると、ララスはリルドに説教をしている。

 リルドもララスに言い返すと、フィロが二人の頭にチョップをし、その場を収めている。


 天井を見上げるバージの視覚に、メモを取りながら覗き込む小柄な姿が入る。


「ふむふむ。次代の王は好色家ね……」


「ちっがーう! 俺はもうララス一筋だっ!」


 勢い良く体を起こしたバージは、大声でそう叫ぶ。


「違わないだろ? ララスの従者になってからお前の噂は嫌という程聞いてるぞ。街の住民とも遊んでたってあいつも言ってたしな」


 興味なさ気にトットを指差すリルドは、涎を垂らしそうになりながら目の前に置かれた料理を凝視する。


「トット! こいつ等に変な事を吹き込むなよ!」


「すまん! 俺っちのためを思って許してくれっ!」


 少しでもリルドの印象を良くしようと、リルドに友人の情報を売るトットだが、リルドからは同類と思われているのだからあまり意味がない様だ。

 しゅんとわずかに表情を曇らせるララスに対し、バージは素早く機嫌を取り始めた。

 

 一同のやり取りを見ていたドマルの母親であるシエリーは、あの奥手だった息子にこんなにも沢山の友人が居る事に嬉しくなりくすりと笑ってしまう。


 微笑んだシエリーの心情を汲み取ったドマルの父親であるロックは、シエリーの肩にそっと手を回す。


「おーい、食事の用意が出来たぞー?」


 瑞希の掛け声を聞いたバージが反応する。


「ほ、ほら、一先ず食事にしよう!」


「もうっ! そうやって焦る姿を見せるから私も不安になるんです! バージ様がおモテだったのは知っていますし、昔の事をとやかく言うつもりはありません。でも……リルドのを触るなら……その……」


 恥ずかしそうに言葉尻を窄めるララスの愛くるしさにバージの心臓はどくんと跳ねる。

 ごくりと唾を飲み込むバージの頭を瑞希がお盆でスコンと叩く。


「そういうのは家に帰ってやれ。料理が冷めるだろ」


「お前なぁ! 一応俺はこれでも偉いんだぞ」


「あほか。友人の実家の食事時に、違う意味で喉を鳴らしてる友達がいたら誰だろうが止めるだろ普通」


「こんなに可愛い女性が居たら誰でもときめくだろうがよ!」


「わかったわかった。惚気るなら酒を飲みながらでも聞くから早く席に座れ。一番のお偉いさん達が食べ始めないと親父さん達も料理に手を付けられないだろ」


 瑞希はそう言ってララスとバージの背中を押して食卓に誘導する。


 食卓にはスープやサラダの他に、蒸籠、肉を使った炒め物等が並べてあり、瑞希が蒸籠の蓋を開けると、ミズキを慕う少女達は元気よく手を合わせる。

 蒸籠の中からはほわっと湯気が立ち昇り、すっかりと肉まんを気に入ったリルドが我先にと手を伸ばそうとするが、寸前で手を止めた。


「なんかこの肉まんおかしくないか? それに小さい……」


 大きな肉まんを想像していたリルドは、少し悲しそうに呟いた。


「わはは! 危なかったなリルド。そのまま掴んでたら大火傷する所だったぞ」


「……あれ? なんでこんな形になってんの?」


「蒸す前までは小さ目の肉まんだったんな」


「くふふふ。肉まんであって肉まんではないのじゃ」


「そうそう、これは小籠包って言ってな、偶にはチサとキアラの想像力を試そうと思ってシャオに頼んでこっそりと餡に仕掛けをしといて貰ったんだ」


 瑞希はそう言って皆に食べ方を説明する。


「こうやって出来立ての場合は一口で口に入れると火傷をするから、スプーンに乗せて端っこに穴を空けたら先にスープだけを啜って下さい。熱々のスープが無くなったらクルの根(しょうが)の千切りと一緒にタレを付けて食べて下さい。もう少し冷めたらスープごと一口でパクっと食べても大丈夫ですよ」


 瑞希は説明を終えると家主であるドマル両親に料理を取り分ける。

 王族よりも先に料理を給仕される訳にはいかないと、二人は手を振るが、ララスとバージはどうぞどうぞと料理を受け取らせた。


 大き目のスプーンに乗せられた料理に、シエリーが恐る恐る小さめの穴を開けると、瑞希の言う様に中からスープがあふれ湧き出てきた。

 シエリーはスープを溢さぬ様に、スプーンに口を付け、息を吹きかけつつ啜るとその味に驚く。

 スプーン上のスープが無くなった事を見計らった瑞希は、タレを染み込ませた薬味を菜箸で乗せてあげる。

 瑞希に促されるまま、シエリーはパクリと口に料理を放り込み、ハフハフと口内の熱気を逃がしながら咀嚼し、その熱さに少し涙目になりつつもごくりと料理を飲み込んだ。


「とっても美味しいわっ! スープを包むだなんてミズキさんは本当に器用なのね? 貴方、そちらの御料理はどうなの?」


 シエリーに質問されたロックは既にがつがつと肉の炒め物を口に詰め込んでいる。


「ミーちゃん、こっちの食材を細切りにした御料理はなんて名前なの?」


「そっちは青椒肉絲って言って、モロン(ピーマン)と筍代わりにハクス(レンコン)、それと肉を細切りにした中華料理なんだ。必要な調味料が欠けてるから手持ちのソースで代用したけど、キアラがこっちに来てバク(ごま)油を始め、美味い食材を見つけてくれてな。レンスの料理も結構塩味が効いてるのも多いし、味が濃くて結構旨いだろ?」


「そんな……、ミーちゃんが作ってくれたのなら何でも美味しいに決まってるじゃない」


 目をハートにしてるかの様に蕩けさせるフィロの後頭部をリルドが叩く。


「飯が不味くなるから止めろ。王都で自重するって言ってただろ」


「でもでも、邪魔者がいない今がミーちゃんを落とす好機なのよ!?」


「誰がお前に落ちるかあほ」


 気付けば誰しもが瑞希の料理に手を伸ばし、小籠包で火傷をする者が出たりすると笑いが起こる。

 だが、二人の少女は問題の料理を前にうんうんと唸っていた。

 まず確かめたのはその味。

 中に入れた餡はオーク肉と野菜を使用しており、多少の違いはあれど肉まんの時と殆ど同じであるのだが、スープの旨味は濃厚な鶏の旨味なのだ。


「……スープは鶏ガラスープやんな?」


「いつもより濃厚な気がするけど、鶏のスープで間違いないんな」


「……スープはシャオが作ってたやんな?」


「そうなんな。でもそれはこっちのスープにも、炒め物にも使ってるんな。それに包んでる所を見た時にスープは入れてなかったんな」


 悩む二人を尻目に、ドマルはテスラに話しかけた。


「テス? 口に合わなかったの?」


 料理を口にして項垂れるテスラは、ドマルの言葉を聞き激昂する。


「んなわけあるかぁ! 肉まんも美味かったけど、やっぱりこいつの作る料理はおかしい! 男の癖に料理をするのもわけわからんし、そのくせ何でこんなに美味しいのさ!」


「本当ミズキは不思議な人ね。私が演じた英雄も偏食だったらしいって爺ちゃんから聞いたけど、ミズキの料理も相当変わってるね。勿論良い意味でね」


「そうだったのですか!? もしかしてティーネ様のおじい様は……いや、でもそれだと年齢が……」


 ティーネの話に食いついたのは英雄伝が好きなララスだ。


「伝え話ね。昔うちの村に立ち寄った英雄が、村の皆に不味いって止められてるのにバロメッツの肉を食べたりしてたらしいんね。それも笑いながら他の人に勧めるから最初は変な人って思われてたらしいね」


「なるほど! ティーネ様の魅せる英雄像が何故か人間臭い理由が少しわかった気がします」


「私が演じる英雄は、皆が知る本やお話の英雄を演じる時もあるけど、今回演じたのは私が一族の皆から聞いた英雄なんね。皆が知る様な英雄よりもどこか抜けてるし、どこか偉そうだけど、なぜか人に好かれる人間味ある英雄ね」


「……食べるのが好きな人なんやな」


「どうしてそう思うね?」


 会話に加わるチサに、ティーネが疑問を浮かべた。


「誰も食べたがらない物を食べるのは本当に不味いのか試したかったんな。私もそうなんな」


「……うちもそう。やけどそれはミズキが変な物を美味しそうに食べるから、うちもシャオもキアラも、ちょっと試したくなるねん」


「おいおい。俺は自分が食べて不味かったら人に勧めないって」


「そうなのじゃ。ミズキが変な物を食べようとしても、それは絶対に美味い物に変わるのじゃ! 鶏の足を料理に使っても皆が美味い美味いと食べてるのがその証拠なのじゃ」


「「鶏の足?」」


 シャオの言葉に反応したのはチサとキアラだ。


「本当に鶏の足なんかを料理に使ったんね?」


「おう、ちゃんとスープに使ったぞ。今回のスープは濃厚な旨味にしたかったのと、この小籠包っていう料理を作るのに丁度良かったんだよ」


「肉屋の主人が気色悪そうな顔で分けてくれたのじゃが、くふふふ、やはり結果は美味なのじゃ」


 美味しそうに小籠包を頬張るシャオとは裏腹に、瑞希の料理を食べなれない面々は不思議そうな表情を浮かべる。


「じゃあその食材を使う理由が、チサちゃんとキアラちゃんに出してる問題の答えなの?」


「まぁ概ねそうかな。けど何で使う必要があるのかってのが答えに必要だ」


「さっきからイナホが変な物を食べてるとは思ったけど、あれがそうか?」


「あふっ! あふっ!」


 イナホはスープを取り終えた骨や、件の食材であるもみじをバキバキと齧りながら美味しそうに食べている。


「そうそう。爪の部分はさすがに捨てたけど、今回はスープを取るのが目的だったからな。イナホは見た目が子犬なのに嚙む力が強いから食べれるかと思ったんだけど、お気に召したみたいだな」


「あふっ!」


 笑顔を向けられたイナホは、瑞希に返事をするとすぐに続きを齧り始めた。


「……食材変えたかて、スープはスープやん。液体には変わらんし……」


「やっぱり液体を包むなんて無理なんな。どうやって作ったんな?」


「答えを教えても良いんだけど……、まぁこれは宿題にしとこう。自分で考えて見つけた方が忘れずに身につくし、今まで俺の作った料理にもヒントはあるしな。ミーテルやキーリスに戻った時にでも皆に作って答え合わせをしてくれ」


 チサとキアラはそう言われると、再び悩み始める。

 

「ドマル、もうすぐあっちの地方へ戻るのか?」


 もぐもぐと咀嚼しながらドマルに話しかけたのはトットだ。


「うん。腕輪が出来るまではもう少し滞在するつもりだけど――「あっらぁー! ドマルちゃんってば誰に渡すつもりなのよぉ!? もしかしてカエラ様かしら?」」


 ドマルの言葉を遮り、嬉しそうな表情を浮かべるフィロに、ドマルは苦笑しながら答えた。


「あ、あははは、うん、まぁ……」


「そんな煮え切らない答えじゃ駄目じゃないっ! こっちの男性が腕輪を贈るのってそういう事でしょ?」


 駄目だしをするフィロを他所に、瑞希がチサ達に問いかける。


「そういや聞きそびれてたな。どういう事なんだ?」


「……うちもしらん」


「私も知らないんな。テスラは知ってるんな?」


「み、店番があるのを忘れてたっ! 私はもう戻るよっ!」


 ダンっ、と勢い良く机を叩き立ち上がったテスラは、そう言ってその場を後にするのであった――。

いつもブクマ、評価をして頂きありがとうございます。

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