一人だけの妹
「――待ってろよ。今会いに行ってやるからさ」
ティーネの歌声に乗せられた台詞は、怒りではなく慈愛に満ちた言葉だ。
それは決死の覚悟を決め、先立った妹へ向ける言葉に聞こえるが、その言葉を聞いた瑞希の目元からはポロリと涙が落ちた。
膝の上に座るシャオの頭に落ちると、シャオは何かを誤魔化す様にぶんぶんと頭を振る。
そして物語が進み、竜が討伐されると戦いを制した英雄冒険者が咆哮を上げると同時に歓声が轟き渡った。
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「――……面白かった!」
「ティーネは剣を振るのも上手いんな!」
「素晴らしい……素晴らしい……」
各々が興奮冷めやらぬ中、トットは不動の姿勢でボロボロと涙を流しながら拍手をし続けている。
「……どうしたん二人共?」
ティーネが歌い踊ってた場所を見つめたまま放心している瑞希と、下を向いて表情が伺えないシャオにチサが声を掛ける。
「いや……、英雄が会いに行ったのって竜にだよな?」
瑞希の言葉に誰にも気付かれずわずかに反応したのはシャオだ。
「当たり前なんな? 竜に妹を殺された英雄が敵討ちしに行くのがこの物語なんな」
「……そう。でもティーネの歌は復讐って感じやなくて、再会を楽しんでるみたいやった」
「でもそれなら最後に雄叫びを上げるのはおかしくないんな? 竜を討伐したのは間違いないんな」
物語を知る二人の少女に加わるのは、次期女王となる予定のララス・グラフリーだ。
「うふふ。私が聞いた話だと竜を討伐した英雄は泣いていたらしいんです」
「……嬉しくて泣いたん?」
「さぁどうでしょうか? 物語は色々な人を通り過ぎて行くので、様々な解釈があります。ティーネ様の歌を聴いた時に私は英雄が泣いたという話を思い出しました。、目標が達成された喪失感なのか、それとも妹を尊ぶが故の涙なのか、ティーネ様の歌からは物語の様な神格化された英雄というよりかは人間臭い英雄の、いえ、一人の人間としての表現が素晴らしかったです」
「そうっ! そうなんだよっ! さすが俺っちの親友の嫁さんはわかってらっしゃるっ! 歌姫の歌い伝える人物像ってのはどこか親近感が湧くんだよ! 自分でもやれるんじゃないかって思える様に聞こえるんだけど、やってる事は偉業なんだよな」
トットが楽しそうに会話に混ざると、トットの言葉を聞いたキアラがハッと思いついた事を口にする。
「それってミズキとシャオみたいなんなっ!」
「……確かに。二人共いっつも簡単そうに難しい事をするもんな」
「確かにミズキ様の偉業は英雄と呼ばれるにふさわしいですね」
「……もう子連れの英雄って呼ばれとるけど」
「いつもシャオとチサを連れてると仕方ないんな」
「……キアラも混じっとると尚更やん!」
「私が一番お姉さんなんな~! チサが末っ子なんな」
「……最近はうちの方がシャオよりおっきいもん」
「ミズキは誰が長女だと思う――「ミズキの妹はわしだけなのじゃっ!」」
話を振ったキアラの言葉を遮る様にシャオが一喝する。
しかし、それはいつもの様な三人のじゃれ付き合いの延長の様な言い方ではなく、何故か焦りにも似た怒りが込められていた。
「……どしたんシャオ?」
「あっ! わかったんな! ティーネの歌に感化されて、二人が離れ離れになる想像でもしたんな!」
「……心配しすぎ。ミズキがシャオを置いて離れる訳ないやん」
「勿論私達もシャオから離れるつもりなんてないんなー!」
「……うちも! イナホかってそうやんな?」
「あふっ!」
二人に抱き着かれもみくちゃにされるシャオの顔をイナホがペロペロと舐める。
煩わしくなったシャオはぷんぷんと怒りながら言い返した。
「うるさいのじゃっ! お主等が居るといつもこうなのじゃ!」
「……嬉しい癖に」
「あっは! いつものシャオなんな」
「あふっ! あふっ!」
ミズキは楽しそうにじゃれつく三人と一匹から離れ、英雄譚に詳しいであろう二人に質問をする。
「なぁトット、英雄のもう一人の妹って結局誰なんだ?」
「何言ってんだミズキ? 英雄の妹は一人だけだぞ? さっきの劇でもちゃんと冒険者を慕う後輩に言ってたろ? 兄と呼んでいいのはあいつだけだって」
「へ? あいつ等って言ってたじゃないか?」
「ははぁん、そりゃお前の願望だろ? 普段からあんなに可愛い女の子達に囲まれてっから妹がいっぱいいるって思い込んだんじゃねぇか?」
「うふふふ。ミズキ様、英雄の妹は一人だけですよ。劇中でも二人の掛け合いしか出てこなかったでしょう?」
「そう言われれば……んん?」
英雄譚を知る二人の言葉が腑に落ちない瑞希は、腕を組みながら首を傾げる。
するとその背中にシャオが飛びつき、いつもの様に二人を威嚇する。
首に回された細い腕の感触と、耳の近くで喚くシャオの声にふと懐かしさを感じつつも、あぁ、いつもの事かと笑いをこぼす。
「だぁーもう喧嘩すんなお前等! 俺の妹はシャオだけだ! はい終わり終わり!」
「そうなのじゃ! 悔しかったら来世で妹に生まれてくるのじゃ」
「……むぅ! シャオが妹ならうちも妹になってもええやん!」
「そうなんな! ミズキは皆の兄なんな!」
「違うのじゃ~、わしだけなのじゃ~!」
収拾が付かない三人娘のやり取りに何かを思い付いたトットがこそこそとチサとキアラに耳打ちをする。
するとチサとキアラは何度も頷き、瑞希の背中にへばりつくシャオの背中を優しく撫でる。
「……まぁ、わがままは末っ子の特権やしな」
「そうなんな~。妹は甘えても仕方がないんな~」
「お主等の妹ではないのじゃ馬鹿たれっ!」
「「今は……」」
余裕を見せる二人の少女の姿を後ろで眺めるトットは笑いを堪えている。
その様子をジト目で見やる瑞希は、トットが何を吹き込んだのか分かったのか、トットの頭に風球を落とした。
「いってぇな! 何すんだっ!」
「変な事を吹き込んだお前が悪い」
「俺っちはただ二人に世間話をしただけだろうが!」
「へぇ~どんな話だ?」
トットはコホンと一つ咳払いをしてから答える。
「長兄であるはずのバージが最近になって兄貴が出来た。世の中には不思議な事があるもんだな~ってよ!」
笑いながら説明するトットの額に水球が弾ける。
それは鞭の様にしなやかにトットの額を弾き、表面の皮膚がバチンという音を立てる。
「いっでぇぇぇっ!」
毛を逆立てて威嚇する動物の如く威嚇するシャオの仕業だと分かった瑞希が、トットの頭に触れ回復魔法をかける。
「うちの妹を揶揄うからだあほ」
「こんな奴を治す必要なんかないのじゃ!」
「こんな奴でも俺達の友人だからな。これに懲りたらあんまりうちの子達を揶揄うなよ」
「へいへい」
痛みがなくなった筈の額を抑えるトットは、兄馬鹿な瑞希を尻目に腹を鳴らす。
「……にへへ。うちの子やって」
「確かに聞いたんな。やっぱり私達はミズキの家族なんな~」
こそこそと嬉しそうに内緒話をする二人の少女は、瑞希とシャオが歩む方向へとついていく。
当の瑞希は先ほどまで考えていた違和感も、ドタバタとしたやり取りでどこかへと飛んでいき、シャオに食べさせるための献立を考えている。
「――ミズキの妹はわしじゃよな?」
いつものシャオにはない少し弱気な発言に、瑞希は何も考えずに返答する。
「あほ。何を今更な事を言ってんだよ。俺以外にシャオの兄貴はいるのか?」
「くふ。くふふふ。おらんのじゃ!」
「それに夢の中でおふくろにも頼まれてるからな~。シャオにいっぱい美味しいもの食べさせてやれってさ」
「ミズキの母がか? くふふふ。お主に似ておるのか?」
「自分じゃ何とも言えないけど、そうだな口煩い所とかはシャオに似てるかもな」
「口煩いとはなんじゃ!? わしはミズキの為を思って言うておるのじゃ!」
「わははは! 知ってるよ。お袋もそうだったろうし、言われなくなると寂しくもあるしな」
「そうじゃそうじゃ。先人の言う事は聞くものなのじゃ。わかったのじゃったらはんばーぐかどーなつを食べさせるのじゃ」
シャオはふふんと得意げな表情をする。
「あほ。そりゃ先人の教えじゃなくてただのわがままだろうが。ちゃんとキーリスに戻ったら作ってやるから……、あ、そうだ、面白い肉まんみたいなのだったら明日にでも作ってやるよ」
「どういう料理なのじゃ!? 明日など嫌なのじゃ! 今日食べたいのじゃ!」
瑞希の肩を掴み揺さぶるシャオの姿は、どこから見ても兄に甘える妹の姿にしか見えないのであった――。
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