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商人としての敗北

「――あっちにもあるぞー! おらおら、冒険者なら俺っちより体力がある所を見せてくれよな」


 トットはそう言って冒険者組の背中を叩きながら笑う。

 当のトットも推し活をするための小銭稼ぎに精を出していた。


 冒険者に紛れてトット達がレンスの街で捜索しているのは、街中に現れた鉱山内で見られる魔物の死骸の回収である。

 基本的に魔物や依頼の横取りは、冒険者同士の御法度であり、偶々街中に降り注いだ氷柱が、偶々魔物を絶命させていたとしても、少しでも冒険者としての気概を持つ者は、死骸漁りをしようとは思わない。

 しかし、依頼となれば別の話である。


 瑞希がバージを連れてキウリィを冒険者ギルドに突き出しに行くと、街中の混乱を治めるべく慌ただしく動いていた冒険者達に一瞬の静寂が訪れる。

 その空気を一変させたのが、瑞希に頼み事をしていたレンスのギルドマスターであり、瑞希の事を知りもしない他の冒険者達に瑞希の話を信じさせたのは、同行したバージの存在である。


 バージが王家の紋章を見せると、ギルドマスターは床に頭を擦り付けそうになるが、瑞希の手によって阻止される。


 瑞希がギルドマスターに頼んだ事は二点である。


 一つ目、街に溢れる魔物の死骸は冒険者ギルドでどうにかして欲しい。

 二つ目、テンという植物を急いで採取して欲しい。


 混乱に陥っていた街で、上空から氷柱が飛来してくる光景を見ていたギルドマスターは、瑞希の仕業と知った事で、ごくりと唾を飲み込むが、瑞希は自身の口先に指先を当て苦笑し、こっそりと口止めをした。

 ギルドマスターはコクコクと何度も頷き、素早く依頼書を発行すると、受付から冒険者達に向け大声を上げて依頼を張り出した。


 もちろん依頼料はギルド持ちなのだが、瑞希はそこに軽い冗談交じりで報酬の上乗せをした。

 街中にはアウルベアの死骸もあるので、その肉を自分に譲ってくれるなら、依頼に携わった人間には屋台街で出していたアウルベアを使った饅頭を明日だけ食べ放題にするという事を。


 それに目を輝かせたのは、既に瑞希の屋台で饅頭を食べた事のある者達だ。

 冒険者達が何度も何個食べて良いのかと確認すれば、瑞希はアウルベアの肉が尽きるまでは作ると約束をする。

 その言葉を聞いた冒険者達の喜び様に、まだ饅頭を食べていない冒険者達は困惑の表情を浮かべるが、バージが一つ咳払いをしてから瑞希が貴族のお抱えの料理人である事を補足すると、場はさらに騒然とした。


 その場を収拾させるために、ギルドマスターが大きく手を叩き、瑞希に発破をかける一言を求めた。

 瑞希は少し考えてから声を上げる。


「じゃあ……俺の料理をたっぷり食べたい人はよろしくお願いします!」


 合わさった冒険者の声が上がると、冒険者達は我先にと冒険者ギルドを後にする。

 瑞希の言葉を聞いていたシャオがぽかんとした顔で、瑞希に視線を向けるが、瑞希は何か変な事を言ったのかと苦笑してシャオの頭を撫でる。

 どこかで似た様な場面が在った様な気がしたシャオだが、気持ち良く撫でられる瑞希の手の感触に、そんなあやふやな記憶はどうでも良いと思い、顔を綻ばした――。


◇◇◇


「――とは言ったけどさぁ……どんだけあるんだよこの肉っ!」


「冒険者ギルドだとアウルベアの肉より、爪とか皮を欲しがるからね。それにミズキ達の饅頭の美味しさがレンスの皆にも知れ渡ってるし、おまけに死骸の駆除をすれば食べ放題ってのが拍車を掛けたよね」


 苦笑交じりで行列を眺めるドマルと、シャオと共に魔法を使いながらに肉餡を仕込む瑞希。

 キアラもアウルベアの肉という事で香辛料を次々と擦り合わせ、カレー粉を作り上げていく。

 屋台街の建物は崩壊し、青空が広がる広場と化している事で、カレーの香りと、近くで楽しそうにカレーの歌を歌うティーネの声が響き渡る。


「ティーネさんの歌もあるし、人が集まらない理由がないよね」


「まぁキアラにしたら良い宣伝になるな。それよりチーズまで使っても良かったのか?」


「あぁ、うん。ロイグ商会、ルイスが抱えてたちーずがあんまり売れてなかったんだ。ルイスは塊のまま売りに出してたから、そのまま食べたレンスの人達にはあんまりうけてなかったんだよ。折角ちーずで商いをさせてもらってるのに不名誉を着せられたままだと、バラン様にも申し訳ないしね」


 苦笑するドマルに、瑞希がニッと笑顔を見せる。


「チーズはカレー饅との相性が抜群に良いから任せとけ! なんならロイグ商会が抱えてるチーズを全部買い付けといたらどうだ?」


「あははは、僕もそうしようかと思ったんだけど、テンを食べて正気を取り戻したルイスからちーずを託されたんだよ――」


 ドマルはそう言って昨晩の事を説明し始めた――。


◇◇◇


「――僕には商売の才能がないんだろうね」


 鉄格子ごしに呟く、ルイスの言葉をドマルとテスラが黙って聞いていた。


「僕も一代で大商会を築き上げたお父さんの様に、自分が目を付けた物を売ろうとしたけど、レンスの住民には見向きもされなかったよ」


 自嘲気味に吐露するルイスが言葉を続ける。


「ドマル君が行商人になって、失敗した時の事を覚えてるかい? 売れもしない商品を押し付けられて、困り果てた君を見た時、安心感を得たんだ。あぁ、こうやって商売が下手な奴がいるから僕みたいに優秀な商人が儲かるんだろうなってさ」


 ドマルを馬鹿にする言葉に対し、テスラが牢屋に近づこうとするがドマルが制止する。


「そう思ってないと不安だったんだよ。ロイグ商会からの紹介状がなければ碌に仕入れも出来ないのに、それが自分の才能だと思った……いや、思い込んでいたのさ。ドマル君とウォルカで会った時、紹介状を持つ自分よりもドマル君が優先されただろ? その時は君に対する怒りで何も見えていなかったけど、今回の勝負で君が言ってた事を痛感したよ。僕は……僕は商人として、誰とも、何とも紡げていなかった……。ただ都合の良い場所に自分が居ただけなんだよ」


「――ルイス、ミズキの作った肉まんは食べたよね?」


 ぽつりとドマルが声をかける。


「食べさせられたよ。じゃないと自分のした事に後悔なんてしないさ」


「あの肉まんの作り方をルイスしか知らなかったとしたら、ルイスはどうする?」


「秘匿にして、自分の所で売りに出す。商人なら当たり前だろ?」


「そう。当たり前なんだよ。僕だってミズキと出会った当初は似た様な事を言ったんだ。でもね、ルイスが食べた肉まんはテスが作った物だし、ミズキはテンが気付け薬になるって話は冒険者ギルドに無償で教えたんだ」


「君の友人は商売の事を何もわかってないんだな」


「だと思うだろ? ミズキはそうじゃないんだ。テスが肉まんの作り方を教えて貰って、今後も屋台街では売られるし、これからも人気商品になる」


「……自慢かい?」


「違うって。ミズキが考えた事は妹のシャオちゃん達が楽しんで作れて、お客さんが喜ぶ事を考えたんだ。お金の事はその後なんだよ」


「……あぁ」


「ルイスはさ、お客さんの顔を想像して仕入れたりしたかい? 誰かが不幸になっても自分が笑えれば良いって考えてなかった?」


「……嫌な奴だな君って奴は。でも、君の言う通りさ」


「ミズキを見てて思うんだ。ミズキの周りに人が惹かれて集まるのは、損得勘定で集まってるんじゃなくて、ただ楽しいんだよ」


 くすくすと笑うドマルもまた、楽しそうに話しを続ける。


「相手の事を考えて、喜ぶ事をする。その対価にお金を貰えるならそれが真っ当な商売なんだと思う。ミズキはきっとその本質を分かってるから誰かが困っている事なら、自分が多少損しても譲っちゃうんだよ。けど、そうやって出来た恩を僕達は快くきちんと返そうと思うんだ。僕はそんなミズキの事を少しだけ真似させて貰っただけだよ。商売の才能なんかじゃないさ」


「ドマル君達なら僕が仕入れた物でも人を喜ばす事が出来るのかい?」


「あははは、どうだろうね。食材ならミズキがどうにかしそうだけど」


「食材だよ。キーリスで流行っていた食材を買い付けたけど、僕には魅力を理解出来なかった」


「キーリスで流行った食材……あぁ、それなら任せてよ」


「じゃあ僕が買い付けた物を使ってくれ。レンスの皆に迷惑をかけたせめてもの罪滅ぼしだ」


「殊勝な心掛けじゃないか?」


 話を聞いていたテスラが声を上げる。


「どの道屋台街の勝負は僕の負けさ。ドマル君の様に客を喜ばすより目先の売上を上げるために件の魔石や鉱石を販売したからね。今頃返品の嵐さ。だけどさ……せめて僕が買い付けた商品の真価を見せて欲しいんだ」


「そう思うならさっさとここから出て自分の目で見に来な。ミズキが集めさせたテンで正気に戻った人は多い。あんたもおかしくなってただけってんなら、腐ってもロイグ商会の跡取りだ、金を積んだら出られるんだろ?」


「君に酷い事をした僕を許してくれるのかい?」


 テスラは腕を組み仁王立ちをしながら答える。


「いいや許さないよ! でもあんたが心を入れ替えて商売をするってんなら、ドマルのやり方を見て勉強しな。あんたも私もこの街の商人なんだからね、ロイグ商会が衰退して余所者がまた同じ様な事をするぐらいなら、心を入れ替えたあんたがロイグ商会を立て直した方が私達にとっても助かる事になるってもんだ」


「才能のない僕が商会を引き継げる訳ないよ」


「グダグダ五月蠅いねぇ! 他人任せに自分の立場を選んで貰うんじゃなくて、自分がその場に立つって気概を見せなっ! それが街の皆に対する罪滅ぼしってもんだろ!」


 今にも鉄格子越しに掴み掛かりそうなテスラをドマルが止める。


「ル、ルイス、テスラはね、レンスの街をもっと良くしたいんだ! ヴィア商会を引き継いだのも最近だし、無茶ばっかりしそうだから、出来れば同世代の人間が助けてあげて欲しいんだ」


「ははっ、それなら僕なんかよりドマル君がテスラさんを助けてあげればいいじゃないか? この街に残ってさ」


 ルイスの言葉に、テスラがドマルの返答を聞き逃さぬ様に動きを止める。


「僕はこっちに残らないよ」


 テスラがピクリと眉を顰める。


「僕もまだまだ勉強中だし、世界にはまだまだ面白い商材があるって事をミズキに教えてもらってるしね。それに――」


 ドマルが続けた言葉を聞き、テスラはチクリと痛みが走った様に感じるのであった――。

いつもブクマ、評価をして頂きありがとうございます。

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