公演 三日目 化けるモノ
――パクパクと口を動かすシャオの姿に、瑞希は夢見の鉱山での出来事を思い出す。
瑞希が辺りを見回すと、先程までおぶっていた筈のバージとトットが吹き飛ばされており、近くに居たのが原因なのか、二人共耳から血を流している。
二人は自身の怪我を気にする事なく、ララスとティーネの下に近付こうとしているが、異変を感じたフィロとリルドが二人を制止していた。
瑞希がちらりとシャオに視線をやると、シャオはチサとキアラに瑞希の視線を誘導する。
瑞希が二人の少女を守るべく二人の元へと走り始めた瞬間、ララスからは炎と風が噴き出し始め、瑞希達には聞こえていないが、街中から喧騒と怒号が上がり始める。
シャオが軽く舌打ちをするが、その理由は今の状況やララスではなく、歌姫の存在だ。
高度な魔力の操作技術を使用し、風魔法で仲間達の音を遮断をしているせいで、ララスの暴走に割く魔法を作り出すのが、わずかに遅れてしまうのを悟ったからだ。
「(守る人数が多すぎて面倒なのじゃ!)」
シャオがそう考えた瞬間に、人間嫌いだった筈の自分の変化に内心苦笑してしまう。
そんなシャオの胸中を知ってか知らずか、チサが素早く杖に魔力を込めると、ショウレイから水が広がり、ララスとティーネの周りを覆いつくした。
無詠唱に近い速度で放出された水魔法は、ただただララスの周りを覆いつくすだけの水の膜であり、詠唱を簡略化した結果、チサの魔力をごっそりと放出してしまうのだが、シャオにすればそのわずかな時間を稼いだ弟子を心から賞賛した。
「(くふふふ! さすがはわしの弟子なのじゃ!)」
倒れそうになるチサを支える瑞希と、チサが稼いだ時間で、猫の姿に変化するシャオ。
「(にゃあー!)」
四つ足を地面に着け、猫が威嚇する様な格好で力強く鳴いたシャオは、チサが造り上げた水牢を無駄にせぬ様に瞬時に凍らせた。
シャオが瑞希の肩に降り立つと、シャオと瑞希は、建物の屋根に意識を向ける。
「お前がキウリィか? ミタスといい、お前といい、魔法至上主義者ってのは人を洗脳する事でしか支持を集められないのか?」
「にゃあ」
分厚い氷牢で閉じ込めた事でティーネの声が遮断され、シャオは耳栓代わりの風魔法を解いた。
「よもやこんな所で同志ミタス様の邪魔をした冒険者に出会えるとは思いませんでしたが、貴方が子連れの英雄と名高いミズキ・キリハラですか」
「名高くもないし、英雄って柄でもねぇよ。けど、お前等魔法至上主義者のせいで俺の周りに被害が出てるんだから、止めさせて貰うけどさ」
「同志の為にも貴方を直接嬲り殺したい気持ちもありますが、生憎私は臆病者なんですよ」
キウリィはそう言って魔石に魔力を込める。
先程も鳴っていた不快な甲高い音が辺りに広がるが、瑞希にとって不快なだけで、何の影響も感じない。
「にゃあー!」
五月蠅いとばかりにシャオが小型の竜巻をキウリィに放つ。
それと同時に氷牢から火柱が立ち上り、竜巻がかき消された。
「いやはや、お二人を密室に閉じ込めて貰えたおかげで、優秀な狂戦士……いえ、狂聖女が出来上がりました」
ニンマリと微笑むキウリィの笑顔は、瑞希の記憶にあるミタスの笑顔を彷彿とさせる。
「素晴らしいでしょう? 同志ミタス様が魔物の魔力に着目した様に、私は魔物の特性を利用させて頂きました。セイレーンの固有能力である幻惑魔法の様に、こちらに都合の良い夢を見せる事が出来れば、聖女と云えど御覧の様に私の味方です」
「ふ~ん。まぁミタスならそんなまどろっこしい事しなくても、直接他人に魔力をぶち込んで操ってたけどな」
「それだと只の手駒ではありませんか。私のやり方は違う。今の聖女様からすれば貴方達は親の仇の様に憎い存在に映る筈。それが彼女の意思なんですよ」
キウリィに言われずともララスから向けられる殺気を感じ取っていた瑞希は、大きく溜息を吐いた。
そして同時にララスから放出される火球を水球で相殺しながら話を続けた。
「ララスさんやバージは、お前等みたいな思想がぶっとんだ魔法至上主義者とも対話しようとしてたんだぞ?」
「そう言って魔法使いを恐れたゴミ共が、我々魔法使いを根絶やしにしようとした過去があるのを御存知ではないですか?」
キウリィの言葉尻には少し怒りが込められていた。
「だからと言って魔法が使えないってだけでないがしろにすんなって話だろうが」
「魔法が使えない劣等種をないがしろにして何が悪いんですか? 貴方達冒険者も魔法を扱える魔物を上位種として扱い、値を上げて売買しているではないですか?」
「人と魔物を一緒にするなよ」
瑞希はそうぼやきながら動き出した剣士の様なティーネの攻撃を躱しつつ、ドマルの側へと近づいていく。
「それは貴方の肩に止まっている魔物の事を言ってるんですか? 人を真似る魔物は居ますが、人に化ける魔物は初めて見ました。中々に面白い化け物を飼っていますね」
その言葉にピクリと反応を示す瑞希に、瑞希を充分に理解出来ている仲間達はビクリと体を震わせた。
瑞希は一つ深呼吸をしてから、ドマルの腕の中で横たわっていたテスラに回復魔法をかけると、ドマルに耳打ちをし、ドマルは焦った様子でテスラを背負い走り出す。
「キアラちゃん! チサちゃんを抱えて離れて! リルドとフィロも早くっ! ララス様達の事はミズキに任せて大丈夫だからっ!」
「わ、わかったんなっ!」
「ちょ、ちょっとどういう事!? ララちゃんと歌姫はどうするのよ!?」
「良いから引くぞ。ミズキ達が戦いやすい様にするためだろ」
リルドは耳が聞こえぬバージの首根っこを掴み、男顔負けの膂力で引きずる様にその場を離れる。
フィロも愛する瑞希を信じ、歌姫の行動に狼狽えるトットの頬を叩き、ドマルが逃げた方向へと走らせた。
「おや? お仲間は貴方達を置いて逃げるみたいですね。どこに逃げようと私の部下、が――」
キウリィが言葉を詰まらせたのは、瑞希から放出される桁違いの魔力に気付いたからだ。
「人の可愛い妹を手前ぇの尺度で化け物呼ばわりしてんじゃねぇよ!」
「にゃあー!」
瑞希とシャオ中心に噴出した暴風が、当たりに散らばっていた瓦礫を搔き集めつつキウリィへと襲い掛かる。
キウリィがビゲラの様に土魔法で鎧を作り上げ瓦礫交じりの暴風を防ぎつつ、焦った様子で魔石に魔力を込める。
「は、早く歌えっ! あいつをどうにかしろっ!」
甲高い音と共に歌うティーネの声に幻惑するララスとルイスが瑞希へと飛び掛かる。
「――テスラを奪うなぁっ!」
「――おにぃをいじめんなぁっ!」
「誰も奪ってないし、貴方の兄はもっとまともでしょ? ――シャオ、二人は傷付けない様にな」
「にゃあー」
面倒臭そうに鳴くシャオは、二人の顔を肉球で踏みつける。
すると二人はその場で崩れ落ち、脂汗を搔きながら浅い呼吸を繰り返していた。
「急に満腹感が……、もしかして二人の魔力を俺に押し付けたのか?」
「にゃふふ」
その通りと言ってそうな顔をして瑞希の肩に戻り、瑞希に押し付けた魔力を引きずり出して魔力を練り始める。
「にゃあー!」
キンっという音と共に辺りの気温が下がり始め、上空に現れた暗雲から様々な太さの氷柱がキウリィにではなく、街の至る所に落ちていく。
「なんだ、何なんだその化け物はぁ!?」
「俺の妹だボケェ!」
上空から落ちる氷柱の雨に気を取られたキウリィに、風の速さで距離を詰めた瑞希が青く光る拳をキウリィの腹部にめり込ませた。
土魔法の鎧が紙くずの様に崩れ、キウリィが口から血反吐を吐く。
キウリィが仰向けに倒れ、切れかかる意識を手放す前に見たものは、魔法を使い暗雲を散らす瑞希とシャオの姿であった――。
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