三姉妹の饅頭
――今日もレンスにある会場にはティーネの練習による声が聞こえる。
その声は美しく、そよ風に乗って聞こえた者はうっとりと酔いしれそうになる。
ギルカール楽団の公演日が差し迫ったレンスの街では、日を追う毎に人が増えて行く。
ドマルとの打ち合わせを終えた後に、すぐに料理を用意した瑞希は、公演日の前日である本日、プレオープンと称して屋台店を開けた。
店頭には同じ様なお団子頭をした、三人の美少女が立っていた。
屋台に書かれた値札を見て驚き、購入を戸惑う客もいれば、美少女の愛らしい姿についつい購入してしまう者もいる。
そして商売を得意とするキアラが、屋台街を歩く人達が聞こえる様に大声をあげる。
「モノクーン北部で大人気のかれーとカパ粉を使った料理なんなー! 一度食べたら止められないんなー!」
――かれー? パンとは違うんか?
興味を持った男が、キアラに尋ねる。
「全然違うんな! このふわふわの生地の中に、ウォルカで有名なモンド商会の香辛料をたっぷり使った具が入ってるんな!」
客の質問に対し、自慢気に語るキアラの言葉に、行商人と思わしき者達にどよめきが走る。
――おいおいおい。嘘を吐くにしてももう少しまともな嘘を……。
「嘘じゃないんな! モンド商会の娘である私が作る料理に香辛料を使わない訳ないんな! 一口食べてみれば違いがわかるんな」
キアラはそう言って楊枝にさした試食用のカレーまんを客の前に突き出した。
男は鼻で笑う様にしながら、カレーまんを口に入れる。
ふわふわと柔らかい生地と、鼻腔をくすぐる香辛料の香りに包まれた力強い肉の味に、男の動きが止まる。
――い、いやいやいや! これがモンド商会の香辛料だって言われても俺には違いが……そりゃこれが美味いってのは分かるんだけどな!
「うちの香辛料は香りが強い分余韻も長いんな。こっちで売られてる香りが柔らかな香辛料も美味しいけど、うちの香辛料じゃないとアウルベアの肉をここまで美味しく食べれないんな~」
――アウルベア!? 今の肉が!?
「ふっふっふ! うちの香辛料にかかれば、不味い筈のアウルベアの肉の真価を発揮できるんな!」
「……むぅ! こっちの餡まんも負けてないもん! 食べてみて!」
そう言ってふくれっ面を見せるチサが突き出すのは、餡子を包んだ餡まんである。
いつの間にか客の代表になっていた男は、聞き覚えのない食材に疑問を浮かべながら餡まんを口に入れる。
その味は豆のどっしりとしたコクと共に、がつんと甘さを感じる確かな出来だ。
――さ、砂糖を豆なんかに使ったのか!?
「……そう。塩も使うけど、パトーチャをじっくり煮込んで砂糖で甘くした。生地に合ってて美味しいやろ?」
――いや、そりゃ美味いだろ……。モンド商会の香辛料に、砂糖って……。そりゃこの値段にもなるわな。
にっこりと微笑みながら説明するチサに対し、呆気にとられた男は、そう言って屋台に貼られた値札を眺める。
男が違和感に感じるのはどれも一律の金額とはいえ、街の飲食店で食べれる品よりも高く設定されているからだ。
――じゃあこっちの肉まんってのも何か特別の食材を使ってるのか?
男の質問に答えるのは銀髪の美少女シャオである。
「特別な物は使っておらんのじゃ。この街で買ったオーク肉を始めとした食材と調味料を使っておるのじゃ」
――おいおい、それじゃあぼったくりじゃねぇか?
「くふふふ。食わぬ前にぼったくりとは片腹痛いのじゃ。まぁ良い、一口食えばわかるのじゃ」
シャオは男の前に楊枝に刺した肉まんを差し出す。
男は肉まんの前に食べた二つの饅頭に比べ、情報的に見劣りのする肉まんを、しぶしぶながら口に入れる。
ぷりぷり、こりこりと云った食感と共に、咀嚼する事で餡自体の肉や、具材の味が染み込んだ生地からも、旨味が口の中に溢れだす。
「くふふふ! エクマやハクス等の様々な具材と共に食うオーク肉の味は格別じゃろ?」
男は黙ったまま何度も頷く。
「カレーまんも負けてないんな!」
「……餡まんは唯一の甘味やもん!」
「ふふん! わしの肉まんが一番美味いのじゃ!」
言い争う少女達を尻目に、試食した男の様子に惹かれた人々が、ポツポツと屋台に集まり始める。
すると屋台の裏から現れた男が少女達の頭に軽く拳骨を落とした。
「馬鹿な事言ってないでさっさとお客さんから注文を聞け!」
「「「だってー!」」」
「だってじゃねぇよ。各々が好きな饅頭を推したくなるのは分かるけど、どれもそれぞれに違いがあって全部美味いんだろ? それとも自分の以外は美味しくないって思ってるのか?」
「「「全部美味しいに決まってるっ!」」」
「ならその自慢の饅頭を皆に買って貰えって。お待たせしてすみません。直ぐに販売を始めますので!」
瑞希がそう告げると、少女達はテキパキと働き始める。
先程の試食用の小さな欠片ではなく、湯気が立つ蒸かし立ての饅頭は掌ほどの大きさをしている。
先程迄試食をしていた男が我に返り、目の前に現れた出来立ての饅頭を前に、高額と分かっているのにも関わらず、一つずつ購入する。
「毎度あり! 今食べるなら肉まんに少しこれをつけてみますか?」
瑞希が取り出したのは、和辛子代わりのテンである。
「ツンとした辛みが特徴の薬味なんですけど、お渡しする事が出来ないので、ここで食べる方にはおすすめしてるんですよ。勿論この子達が作った物は何もつけなくても美味いですけどね」
優しく微笑む瑞希の言葉に、男は手に持った肉まんを取り出し、瑞希の近くに差し出した。
「これはあんまり塗ると辛いですからね。味に変化を付けたい時に塗った所を齧って下さい」
瑞希が説明を終えると、男は軽く手を振りながら屋台から離れていく。
「……テンって肉まんにも合うん?」
「これが意外にありなんだよ。テンを混ぜ込んだ肉まんってのもあるしな。本来はテンと似たようなツンと来る辛さの薬味を使うのが普通なんだけど、辛子を切らしてた時に、わさびで食べてみたら意外に美味かったんだ。まぁぶっちゃけて言うと、肉まんってどんな調味料を付けても美味いんだ」
「……ジャルでも?」
「勿論! ジャルとか辛子は当たり前で、酢、胡椒、ウスターソースなんかも人気があるな」
「カレーまんには何かないんな?」
「カレーまんには……おっと、お客さんが待ってるから無駄話はここまでにしようか」
瑞希は聞きたがるキアラの両肩を掴んで反転させる。
そこには饅頭に興味を持った人達が注文をしたそうに待っていた。
「あっは! お客さんがいっぱいなんなー!」
「こりゃ今日はすぐに売れきれちまうかもな。どれぐらい売れるか検討を付けるために予行演習しといて良かった」
ほっと胸を撫で下ろす瑞希の視線の先に、ギリギリと歯を食いしばりながら屋台の様子を覗く男の姿があった。
何か事が起きる前に対処するかと、瑞希が少し意識を男の方に向けるが、男はすぐにその場から立ち去っていく。
「(どこかで見た事あるんだよなぁ~)」
瑞希がそんな事を考えていると、シャオがクスクスと笑う。
「くふふふ。心配せずとも何もさせんのじゃ。料理人であるミズキは気にせず楽しんで料理をすれば良いのじゃ」
「まぁそうだな! いらっしゃいませぇー!」
瑞希の元気な言葉とは裏腹に、遠くに漂うティーネの声は、何故か切なさを纏う声なのであった――。
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