優秀な生徒達
――仕込んでいた食材に三人の少女が指を伸ばす。
しかし、その指は瑞希の手によって阻止された。
「もう何度も味見はしただろ? これ以上は変更しないから味見は禁止」
「うぬぬぬ! ぜんざいよりも甘くて後を引くのじゃ!」
「……和菓子最高」
「私はそのぜんざいを食べてないんな!」
少女達が味見と称して強請るのは、瑞希が仕込んだ餡子だ。
先日の打ち合わせで料理内容を決めた瑞希は、市場でパトーチャを始めとした食材を買い込み、モンド商会よりも手狭だが、四人で調理するには十分な空間のあるウェンナー商会で調理をしていた。
そして今、時間のかかる餡子を先に作り上げたのだ。
「何度も茹でたり、砂糖を分けて入れたり、不思議な調理だったんな」
「作ってる時にも説明したけど、一回目の茹で汁のままじゃ渋みが出るし、パトーチャ自体に味を染み込ませるのには砂糖を分けて入れなきゃ駄目なんだ」
「……おもちに乗せて食べたい!」
「そうなのじゃ! 団子でも良いのじゃ!」
「餡子餅も餡団子も確かに美味いけど、今はこっちで仕入れられる食材じゃないと量が作れないからな。使うのはカパ粉だ」
「なんに乗せるんな? でもばたーがこっちでは買えないんな」
「確かにバターと餡子って組合せもめっちゃくちゃ美味いんだよなぁ……。自前のバターはあるから、団子や餅を我慢できる子には、おやつに小倉トーストを作ってやろうか?」
瑞希はそう言いながら悪戯顔で微笑む。
「私はそのおやつが食べたいんな!」
「……おもちがないんはしゃあない」
「うぬぬぬ! 全部食べたいのじゃ!」
「聞かん坊のシャオのおやつはお預けか……」
瑞希はそう言って少し寂しそうな声を演出する。
するとシャオは、慌てて前言を撤回した。
「べ、別に我慢せんとは言っておらんのじゃっ!」
「わははは! ちゃんと作るから待ってろって! 先に皆で生地作りをするぞ~」
瑞希がカパ粉や天然酵母等の材料を用意すると、少女達は首を傾げた。
その材料はパンを作る時や、ナンを作る時と似ているからだ。
少し違うのは、パン作りでは見覚えのないバク油が用意されている事だ。
「じゃあまずはボウルの中に用意した材料を入れてくぞ。粉の量に対してお湯の量は半分より少し多いぐらいだな。お湯以外の材料をまずカパ粉に加えて、お湯は何回かに分けながら混ぜていくんだ」
瑞希が口で説明しながら混ぜ方の手本を少女達に見せる。
シャオの魔法で生み出されたぬるま湯を生地に加えながら捏ねまわしていいく。
その動きは、パン作りの時と共通する様な手付きなので、少女達は直ぐに真似をして捏ね始めた。
「皆は本当に優秀な生徒だな」
「これぐらい何でもないのじゃ! 次はどうするのじゃ?」
「しっかりと粉っぽさがなくなって、バク油が馴染んで滑らかになったらボウルから調理台に移してこうやって捏ねて行くんだ」
瑞希はまとまった生地を手の付け根で体重を掛けながら押し伸ばしては纏め、押し伸ばしては纏めと、繰り返していく。
生地全体がきめ細かくなったと感じた瑞希は、ボウルに生地を戻し、固く絞った布を掛けた。
「これで小一時間発酵させるから、皆の生地がここまで出来たらおやつにしようか?」
「……急いで作らな!」
「早くおやつを食べたいのじゃ!」
「お客さんに食べて貰う物なんな! 急いでかつ、丁寧に作るんな!」
シャオとチサはおやつと聞いてやる気を出し、年長者のキアラが注意する。
瑞希はそんな光景を見ながらくすくすと笑う。
少女達が一生懸命生地を捏ねる間、瑞希はパンを切り分けて行く。
「出来たのじゃ!」
「……うちも!」
「私もなんな!」
「どれどれ……。おぉー! 三人共良く出来ました! じゃあシャオと手を繋いで、パンを炙ってっと……」
香ばしく焼き上げたパンに、瑞希がバターを塗り広げる。
そこに先程作り上げた出来立ての餡子をたっぷりと乗せると、皿に乗せて少女達の前に差し出した。
「「「頂きまぁす!」」」
「どうぞ召し上がれ~」
瑞希は調理台を布巾で拭きながら、笑顔に溢れる少女達の顔を眺める。
サクサクと小気味良い音に耳を傾けつつ、小倉トーストの美味さに舌鼓を打つ少女達の顔は幸せそうな笑顔で溢れていた。
沸かした湯で茶を淹れていると、ドマルの父親であるロックが元に戻った事で、戻って来ていたウェンナー商会の従業員達が喉を鳴らしながら厨房を覗き込んでいた。
「皆さんの分も勿論用意してありますから、皆でおやつに食べて下さい」
瑞希はそう言ってポットに入れた茶と、小倉トーストを乗せたお盆を従業員に手渡す。
「甘い物は大丈夫ですよね? 砂糖を結構使ってる料理なので、苦手でしたらすみません」
従業員達が満面の笑み見せつつ、苦手ではないと伝えていると、少女達が声を上げた。
「残すぐらいならわしが食べるのじゃ!」
「……うちも食べる!」
「私も食べるんなっ!」
「あほ。お前等はこの後屋台料理の試食もあるんだから、その分の腹は空けとけって。残して貰っても構いませんので、この子達の事は気にしないで下さいね」
ひらひらと手を振る瑞希に、従業員達が何度も頭を下げる。
瑞希がシャオの元に戻ると、頬っぺたに付いた餡子を指で拭う。
「がっつき過ぎなんだよ」
「こんな美味い物を隠しておった瑞希が悪いのじゃ!」
「バターと餡子って合うだろ?」
「……めっちゃ美味しかった」
「どうやったら豆からこんな甘い物を思いつくんな」
「俺の故郷じゃ餡子が嫌いな人も多いんだけどな」
「「「何でっ!?」」」
少女達は身を乗り出して瑞希に詰め寄る。
「出来立ての餡子を食べる機会が少なくなったからかな? 質の悪い餡子って確かにあんまり美味くないし、他の甘味もいっぱいあるからな。餡子やぜんざいを豆から作れるって人も、もう少ないんじゃないかな?」
「ミズキの故郷は贅沢な奴が多いのじゃっ!」
「でもな? 一過性の甘味は急激に人気が出ては廃れていくんだけど、餡子は現代でも日常で売ってるんだ。そう考えたら餡子は愛されてる甘味に違いないさ」
「……こんな美味しいんやし、売れるに決まってるやん」
「味はわたあめよりも数段美味しいんなっ! 絶対こっちの料理の方が売れるんな!」
「それはわからないぞ? わたあめは人目を惹く見た目をしてるし、作り方も面白いからな! その点で言えば今から作る料理より面白さがあるからな」
瑞希がそう言うと、少女達はハッと生地に目を向ける。
「そういえばこの生地で何を作るのじゃ? くりーむぱんの様に餡子を包むのじゃ?」
「おっ! ほぼ正解だ!」
「ちょっと待って欲しいんな! 餡子からかれーを作るのは無理なんな!」
「……屋台料理は和菓子!」
「うぬぬぬ! はんばーぐじゃないのじゃ!?」
「わははは! じゃあ今からシャオにはオーク肉を使って、キアラにはアウルベア肉を使って餡を作って貰おうか。チサは餡子作りをもう一度最初からおさらいな」
「餡ならもう作ってあるのじゃ?」
シャオが餡子を広げたバットを指差す。
「今から作るのは饅頭。つまり、中に入れる具を餡って言うんだ。シャオにはオーク肉を使った肉餡を。キアラにはアウルベア肉を使ったカレー餡を作って貰う」
「……それが何で皆の案を取り入れてるん?」
「シャオが食べたがる挽き肉を使う肉まん。チサの食べたがる餡子を使った餡まん、キアラの作りたがるカレーまん。ちゃんと全部の要素が入ってるだろ?」
「あっ! 三種類の料理って言ってたのはそういう事なんな!?」
「そう! 中の具を変えて、生地で包んで蒸せばふわふわで熱々の料理が出来上がるから楽しみにしとけよ」
少女達はワクワクと逸る気持ちのまま、瑞希の手ほどきを受けながら調理を進めるのであった――。
いつもブクマ、評価をして頂きありがとうございます。
本当に作者が更新する励みになっています。
宜しければ感想、レビューもお待ちしております!