雲の様なわたあめ
「――これはそっちの区画にお願いします!」
慌ただしく古参商会の屋台街を取り仕切るのはドマル・ウェンナーである。
「ドマル、本当にこの食材を料理するのか? さっき食べてみたけど、普通にホロホロ鶏とかオーク肉を使った方が美味い物作れるぞ?」
瑞希はそう言って、アウルベアの肉を差しながらドマルに尋ねた。
「あははは、実は今回の演目をティーネさんに聞いてたんだよ。ティーネさんがギルカール楽団を引き継いだ時に初めてやった演目なんだって」
「それとこの肉を扱うのと何の繋がりがあるんだ?」
「その演目って僕等が子供の頃に聞いた事のある様な有名な御伽噺で、竜を討伐した英雄の話なんだよ。その中で喜劇になる様な場面があって、凄く不味い料理が出て来るんだ」
「もしやお主、ミズキに不味い料理を作らせる気なのじゃ?」
剣呑な眼つきでドマルを睨むシャオに、ドマルは慌てて首を振りながら否定する。
「そんな事しないよ! そうじゃなくてアウルベアの肉って、この辺の人達からしたら臭い肉っていう共通認識なんだよね。そこを逆手に取って皆の興味を引けないかと思ってるんだ」
「不味いと分かってるのに食べたい人が居るか?」
「公演を見に来る人は地元の人ばかりじゃないし、ミズキには物語に出てくるような食材を使って料理を作って欲しいんだよ。それがアウルベアの肉って訳だね。以前ミズキが臭みは癖になるって言ってたからアウルベアの肉もそうならないかなって思ったんだ。ミズキが美味しく作ってくれたらレンスの街の名産品になるかもしれないでしょ?」
ドマルはそう言ってにこやかに微笑む。
「確かに街で買い食いしてるとアウルベアの肉はよく見かけたんな。それに滅茶苦茶安かったんな」
「鉱山ならどこにでもいるからね。ミズキだから臭い肉の調理方法を知ってるかと思ったんだけど……どうかな?」
瑞希は腕を組みながら自身の記憶にあるレシピを思い返す。
「羊肉を使ったジンギスカンって料理があるんだけど、屋台にはあんまり向いてないんだよな~」
「ミズキの故郷でもわざわざ臭い肉を食べるんな? アウルベアの肉は香辛料で煮込んでも臭みがあったんな」
料理人として瑞希の調理法に興味津々なキアラが尋ねる。
「まぁそうだな。さっき例を出したジンギスカンって料理に使う羊肉には、アウルベアの肉みたいに癖があるんだ」
「……それを何でわざわざ食べるん? オーク肉とかモーム肉もあるんやろ?」
「羊肉の名誉のために説明するけど、羊の成体の肉、マトンの肉が臭くて、幼体であるラム肉は臭みもなくてあっさりした味わいで美味いんだ。けど、幼体を捌くから成体であるマトンに比べて量が取れない。逆にマトンは量が取れるけど臭い。羊肉は劣化が早いから、マトンでも新鮮な肉で脂をしっかりと抜いて調理すれば美味いんだけどな」
「……ヴォグみたいに大きくなる前に、イナホみたいな小さい時に食べてまうんや……」
「あ、あふ……?」
イナホを見ながら何かを考えるチサの姿に、イナホは少し怯える。
「あっは! イナホは皆の家族だから食べるつもりはないんな」
キアラが笑いながらイナホの頭を撫でると、イナホは安心感からか尻尾を振りながら喜びを表現する。
「……むぅ。イナホを食べる訳ないやろ? 例えや例え」
喜ぶイナホにチサがふくれっ面をしていると、瑞希が話を続ける。
「アウルベアの肉は俺の知ってるマトン程臭くないけど、串焼きみたいに肉を単純な味付けで食べるのには向いてないな。キアラが言ってた様に香辛料みたいな他の匂いで上書きする方が簡単だ」
「そんな物をわざわざ使わんでもオーク肉を使えば良いのじゃ」
「臭みは癖になるってのも間違ってないし、マトンを使ったカレーってのもあるしなぁ……」
瑞希がそう呟きながら料理法を考えていると、三人の少女が各々の意見を出し始めた。
「……どうせ作るなら食べ歩き出来る甘い物がええなぁ」
「うぬぬぬ! わしは挽き肉を使ったはんばーがーが良いのじゃ!」
「私はやっぱりかれーが作りたいんな!」
屋台で出す物を少女達が言い合っていると、それを聞いていた瑞希がポンと手を叩く。
「よし! じゃあお前等の意見を全部採用しよう!」
瑞希の言葉にその場に居る者達が怪訝な表情を浮かべる。
「お主は何を言うておるのじゃ……?」
「……うち甘い物って言ったんやけど」
「私はかれーって言ったんな」
「アウルベアの肉を挽き肉にして甘いかれーにするって事……?」
想像するに不味そうだと感じたドマルは、恐る恐る瑞希に尋ねた。
「わははは! そんな訳ないだろ? 丁度俺には三人も可愛い教え子が居るから三種類の料理を出して貰おうかと思ってな! 価格はどれぐらいの設定にするんだ? 一つは少し高くなりそうなんだけど」
「ギルカール楽団の解散公演で集まるのは裕福な人達が多いから、価格は多少高くなっても構わないよ。けど、僕達が料理を出せる屋台は二つだけだし、片方は別の用途で作って欲しい物があるんだ。三種類の料理を考えて貰っても出せる場所がないんだけど……」
「大丈夫大丈夫! 三種類って言っても仕上げの調理工程は同じだからさ! それよりもう一つの作って欲しい物ってのはどんなのだ?」
「そっちは値段を気にせず、見た事もない料理にして欲しいんだ。今回ギルカール楽団でやる演目の英雄は最後に天に上るんだけど、それを表すような料理ってできないかな?」
「天にも昇る様な美味しい料理じゃったらはんばーぐなのじゃ!」
「それこそかれーが良いんな! かれーの香りは天にも昇る気持ちなんな!」
「……ペムイを使った料理! 天にも昇るなら大地を踏みしめるのも大事!」
「でもそれだと価格は高く出来ないぞ? それにペムイは入手経路がこっちにはないからな」
「……むぅ!」
「そうだね。これなら高くなるのは仕方がない、ってお客さんが思える食材の方が良いかな」
「それでいてここらでも買える様な食材となると砂糖しかないんだが……」
「「「甘い物っ!」」」
瑞希の言葉に三人の少女はぱっと表情を輝かせる。
「天を表す……空……屋台……あ、わたあめとかどうだ!? 俺の故郷じゃ祭り屋台の定番だし、砂糖しか使わないから簡単に作れるけど、シャオの魔法が絶対必要だから、調理工程を見ても高くなるのは納得出来るだろ!」
「わたあめ……? 綿の様な飴なのじゃ?」
「そうそう! 雲みたいな見た目で、口の中でさらっと消える菓子なんて珍しくないか?」
「そんなお菓子って本当に作れるの!?」
ドマルは驚いた様子で瑞希に確認をする。
「おうっ! 砂糖とシャオの魔法にかかれば単純なお菓子だ! 試しに今作ってみようか?」
瑞希はそう言って荷物から砂糖と菜箸を取り出し、シャオと手を繋ぎ魔法のイメージを固める。
大き目のボウルの中に、砂糖が溶ける様な熱風を小さな規模で発生させつつ、その熱風を回転させ、溶けた砂糖が弾き出される様に魔法を使う。
側で見ていたシャオが感心する中、瑞希はその魔法から弾き出される細い糸状になった砂糖を菜箸にくるくると絡ませていく。
「こうやって出て来た砂糖の糸をどんどん絡ませていくと……、これでわたあめの完成! 原理は単純で簡単だけど、見た目は雲みたいだろ?」
瑞希はそう言って菜箸を立てて、ふわふわと今にも飛んでいきそうな見た目のわたあめを皆に見せる。
「……すっご」
「わしもやってみるのじゃ!」
シャオはすぐさま瑞希の魔法を再現し、二つ目のわたあめを作り出した。
「出来たのじゃ!」
「シャオのもちゃんと雲みたいにふわふわしてるんな!」
「ふふん! わしにかかればこんな魔法の使い方なぞ造作もないのじゃ!」
「……一口頂戴」
「あ、私も食べたいんな!」
「こうやって抓んで引っ張ればすぐに千切れるから味見してみてくれ。手はべたべたになるけどな」
瑞希は笑いながらわたあめの一部を引っ張り、口に入れる。
瑞希以外の面々も一口大に千切り、口の中に入れる。
ふわっとした感触が、口の中でしゅわっと溶ける感覚は、本当に上空に見える雲を食べたとさえ錯覚してしまう様だ。
「面白いねこれっ! うんっ! 一つはこれで行こう!」
「……味はまぁ砂糖やんな」
「食感は面白いけど、本当に売れるんなこれ?」
「どーなつの方が数倍美味いのじゃ」
瑞希の甘味に良い意味で毒されている少女達には、砂糖だけの味というのは単調に感じる様だ。
「大丈夫! 僕等古参商会の区画では演目で出て来る様な服や装飾品、それに加えて食事をお客さんに体験してもらうつもりだからね! それならレンスの人でも、他所の人でも等しく楽しんで貰えるでしょ? 僕等商人が売りたい物を買って貰うんじゃなくて、お客さんが買いたくなった物を買って貰うんだ! テスやトットには良い案だって言って貰えたよ」
ドマルはそう言いながら、客の楽しそうにする顔を思い浮かべるのであった――。
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