しがらみの演目
――ドマルは昔から有体に言えば良い子だと言えた。
親の言う事は聞き、商会の子息としての勉学も治め、レンスに昔からある古参商会の人間からも素直な子供として認知されていた。
父親であるロック・ウェンナーは良くも悪くもボアグリカ地方の男を地のまま年を取らせた性格であり、仕事をこなしては、酒を飲み、酒を飲みに行っては喧嘩をする。
そんな若い頃を送っていた。
母親であるシエリーと出会った事で守る物が増えたロックは、ますます仕事に精を出すが、喧嘩の原因になりがちな酒は少しずつ控える様にしていた。
そしてロックとシエリーの子として生まれたドマルは、ボアグリカ地方の男に生まれるも、歳の近いヴィア商会の娘であるテスラと性別を間違えたんじゃないかと大人達の笑い話の種になっていたが、本人達は気にしていなかった。
商会の子供として生まれた二人は幼い頃から商会ギルドの集まりや、会議とは名ばかりの飲み会にも付き合わされるが、子供にとっては楽しくもない集まりに、必然と年の近い子供同士で遊ぶ事も多かった。
ドマルがおやつに良く食べていたポムの実は、子供達からはあまり人気がなく、ポムの実を馬鹿にする発言に、物静かなドマルが地団太を踏みながら好物であるポムの実の美味しさを、普段からは考えられない程饒舌に語ったりもした。
そんなドマルの昔話を、友人であるミズキ達に話すドマルの両親に、我慢できなくなったドマルが話を遮った。
「――もういいでしょ!? 僕ですら覚えてない事だよそんな話!」
「だってドマルが初めて怒ったのってあの時じゃない? 怒り慣れてないもんだからその後に熱をだして――「あったなそんな事! んでテスラが心配して看病しにくんだよな!」」
「わははは! 今のドマルはカエラさんにも結構言い返すのにな」
瑞希がドマルの昔話を聞き、カエラという名前を出すと、その言葉に両親が食いつく。
「おっ! 誰だよそいつぁ? もしかして俺達に黙って、お前結婚までしたんか?」
「あらぁ~! そうなのドマル!?」
揶揄う様に迫る両親の姿に、一瞬否定しそうになったドマルは、口から出かかった言葉をごくりと飲み込み、新たな言葉を吐き出した。
「してないから……」
「あら残念。母さん、この子達みたいな可愛い孫に会えると思ったのに」
シャオ達を見ながら残念そうに息を吐いたシエリーに、ドマルは言葉を続ける。
「でも、二人に作って欲しい物があるんだ」
「まさか……! 今さら弟が欲しいとか言わねぇだろうな……?」
「言う訳ないだろっ! 腕輪だよ! 父さんが掘って来た鉱石とか魔石で、母さんが仕上げた腕輪っ! 今母さんが付けてるみたいな奴!」
ドマルの激昂に、両親が視線を合わせる。
「それって勿論女性物よね? 魔力付与とか私には出来ないわよ?」
「うん。それはミズキにお願いしようかなって」
「俺に? 魔力を付与させるって言ってもやり方なんて知らないぞ?」
「ミズキがしてくれるならどんな魔力でも思い出になるだろうし、仮に何の効果がなくてもミズキが魔力を込めてくれたってだけで僕は嬉しいからさ」
ドマルはそう言ってはにかみながら頬を掻く。
「それなら構わないけど、腕輪を付けてていきなり爆発とかしないよな……?」
あらぬ想像をして怖くなる瑞希は、食事を終え腹をさするシャオに目配せをする。
「くふふふ。心配せずともわしがきちんと手伝ってやるのじゃ」
「……カエラ様に渡すん?」
「あふっ?」
膝の上に座るイナホを撫でながらチサが尋ねると、ドマルは焦った様子で返事をする。
「い、いつもお世話になってるからねっ! それにほらっ! うちの商品が見てみたいってカエラ様も言ってたしさっ!」
「カエラ……様? もしかしてその方は貴族様か何かなの?」
「う、うん! 僕がお世話になってるマリジット地方の領主様でカエラ・ウィミル様だよ。商売でもお世話になってるから、行商の時に色々御土産を買ってるんだよ!」
「ちっ! なんだ。じゃあ只の献上品か。俺達ぁ息子が一端の男にでも――「という訳だからなるべく良いのを作ってね! お金ならきちんと払うからさっ!」」
そう言って話を遮るドマルの姿に、瑞希達は首を傾げる。
「ドマルは何で慌ててるんな?」
「うふふ。ボアグリカ地方ではね――「あぁ! そうだ父さん! 僕達レンスの屋台街で商売がしたいんだけど大丈夫かなぁ!?」」
ドマルはキアラに説明するシエリーを遮り無理やり話題を変える。
「何だよ藪から棒に? 場所なら大丈夫だろうが、いつ出すんだ?」
「ギルカール楽団が公演をする間だけで良いんだけど、ちょっと面倒な事になってて……」
そう言って屋台街での勝負の事を話し始めた――。
◇◇◇
「――ちょっと待つね! 今回の公演ではそんな場面はないね!」
「ですが折角の英雄譚でしょう? 皆が知る史実では確実と言って良いほどに描かれてますからね」
「私達一族に伝わる歌ではそんな話はなかったね!」
「そうは言っても民衆はその場面を天界の歌姫がどう表現するのかを期待していますし、今回資金提供を頂いてるダグート家も楽しみにしてるんですよ?」
ティーネはキウリィの言葉に、口を紡ぐ。
「ギルカール楽団とはいえ、出資者の意向を無視する事は出来ないでしょう? 貴方が歌えなくなるとは言っても、ギルカール楽団という名前は続いて行きますし……」
「皆とは楽しくさよならしたいね……」
「それは貴方のわがままでしょう? もう会場の場所も設営も出来上がりますし、中止となれば契約書に従い、莫大な金額を要求する事になりますが大丈夫ですか?」
元々中止する事等ないと考えていたティーネは、契約書の内容を思い返し黙り込む。
「いくら天界の歌姫とはいえ、今後稼げるめどもなく、後人に借金を背負わせる訳にもいかないでしょう? 全ての演目を変えろという訳ではなく、一部だけを出資者が望む歌を歌って欲しいというだけです。貴方なら公演までの時間に名曲を生み出す事も可能でしょう?」
「……可能ね」
「だったら話しは早いじゃないですか。今まで何度もやって来た演目の趣向を少し変えるのも、貴方の声の虜になった者達からすれば嬉しい物ですよ」
キウリィはそう言ってにっこりと微笑む。
「まぁ幸いまだ時間は少しありますので、楽団の皆さんと相談して快い返事をお待ちしております」
キウリィはそう言って部屋を後にする。
「英雄は復讐するために人々を巻き込んだわけじゃないね――」
部屋に一人残されたティーネは、誰に言うでもなくポツリとそう呟いた――。
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