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手巻き寿司と父親の心情

 ウェンナー商会の食卓に、クロツ(まぐろ)を始めとした色とりどりの具材と、酢飯、掌サイズに切られたシハロが並ぶ。

 勿論具材の中にはテンを擦り下ろした物もあり、瑞希は皆に手本を見せるためにも、シハロ(のり)を手に取り、酢飯を薄く乗せ、擦り下ろしたテンをたっぷりと乗せると、くるりと巻く。


「こうやって好きな具材を巻くんだ。組合せは自由だし、テンを入れるも、ジャルを付けるも、マヨネーズを使うも良し。自分だけの寿司を作ってくれ。ドマルの親父さんにはまずテンだけの寿司を食べて貰うけどな」


 瑞希は苦笑しながらドマルに綺麗に巻いた小さ目の手巻き寿司を手渡す。

 テンの味を知るチサだけが何とも言えぬ表情を浮かべていた。

 ドマルは椅子に座らせたまま、まだ覚醒していない父親の口を開け、手巻き寿司を放り込み、そのまま口を押さえた。


「むがっ! むごごっ!」


「父さん我慢しなよ! 頑張って飲み込んでっ!」


 辛味で覚醒した父親は、目から大粒の涙を流し暴れようとするが、縄で椅子に括りつけられているため、抵抗できずにいる。

 辛味から解放されたいという願いからか、父親は口の中の劇物とも思える物を飲み込んだ。


「ドマル、水も飲ませてあげた方が良いんな」


「ありがとうキアラちゃん。ほら、父さん飲める?」


 ドマルに近付けられたコップに口を付けた父親は、慌てて水を飲みほした。


「えっと……、これで本当に治るんだよね……?」


「……うちの時はテンの衝撃が過ぎたら頭がはっきりしてきたけど」


「――おい。この縄を解け。もう大丈夫だ」


 椅子に座り俯いた姿の父親は、ゆっくりと声を上げる。


「ミズキ、何かあったらまたお願い」


「わかった」


 ミズキとの短いやり取りの後、ドマルは父親を縛る縄を解いていく。

 自由になった父親がまずした事は、ドマルへの拳骨を落とす事だった。


「久々に顔を見せたと思ったら何てもんを食わせてやがんだ馬鹿たれぇっ!」


 拳骨の痛みに頭を押さえるドマルの姿を見た瑞希は、シャオの手を握り身構えるが、父親はすぐさまドマルを力強く抱きしめた。


「迷惑をかけたな」


「そう思うなら叩かないでよ父さん」


「あんな毒みてぇな物を寝てる奴に食わせる奴は殴るだろうが普通」


「口より手を出すの好い加減にやめなって。ていうか苦しいから離して。それより母さんにも声を掛けて上げてよ」


「あなた……?」


 ゆっくりと二人の元に近付く母親は、恐る恐る父親の元へと歩み寄る。


「あ~……なんだ、その……済まなかった」


「あなたっ……!」


 体躯の良い父親は、ドマルごと母親の事も抱きしめる。

 間に挟まれるドマルはうんざりとした表情を浮かべつつも、自ら離れようとはしなかった。


「じゃあ親父さんも元に戻った事だし、俺達も食事にしようか。皆やり方はわかったよな? テンはツンと辛味があるけど、少し入れるぐらいなら美味いからクロツとかクラーケンを食べる時に入れてみな」


「じゃあわしはクロツにするのじゃ!」


「……うちは卵」


「私はこっちのクロツのミンチにするんな!」


 三者三様に具材を巻き終えると、ジャルを付けてから口に入れる。

 しっかりと乾燥させ、表面を炙ったシハロがパリッと噛み切れると、三人共口を動かしながら次の具材に当たりを付けている様だ。


「別に一種類ずつじゃなくても良いんだぞ? 例えばこうやってキャムの葉を乗せて、リッカとクロツで作ったツナマヨを乗せてサラダ巻にしても良いし、卵とリッカとか、クロツとパルマンを巻いても美味いぞ」


「何じゃと!? それを早く言うのじゃ!」


「……クラーケンはどうするん?」


「クラーケンはシャクルの果汁みたいな酸味にも合うから、チーズとポムの実を一緒に巻いても面白いんじゃないか? おぉっ! ドマルが好きそうな寿司が出来たな」


 瑞希は手本を見せるために複数の具材を巻いた手巻き寿司を作り上げると、完成品をドマルに見せる。


「ちょ、ちょっとミズキ! 僕だってポムの実を使ってるからって何でも喜ぶ訳じゃないんだよ?」


「さっきっから視界に入ってたが、こいつらは人ん家で何してるんだ?」


 父親は家族への抱擁を解くと、広がった視界に入っていた瑞希達に疑問を浮かべる。


「父さんの病気を治す薬を皆で美味しく食べてるんだよ」


「さっきの激痛のがか? 叫び酒よりも痛かったぞ?」


「そりゃ父さんにはテンだけのを食べて貰ったから……だよね?」


 不安気に質問するドマルに、瑞希は苦笑しながら手巻き寿司を巻く。


「本当はこんな感じに薬味として使うんです。皆さん折角ですから座って食べませんか?」


 着席を促す瑞希は、手本として巻いた寿司を何本か皿に乗せ、ドマル親子の前に置く。


「こっちのクロツを使ったのと、クラーケンを使った寿司にはテンが混ぜてあります。どれぐらいの量のテンを食べたら良いのかは分からないので、親父さんはなるべく食べる様にして下さい」


「さぁ座ろう二人共。ミズキの料理は美味しいんだよ! こっちのチーズだってミズキがキーリスの領主様に作り方を教えてくれたおかげで僕の商売も上手くいってるんだ!」


 そう言ってドマルは瑞希が作った見本の手巻き寿司に齧り付く。

 中に入っていたチーズにはすぐに気付いたのだが、生のクロツだと思っていた薄い切り身からは旅の道中で食べた事のあるベーコンの様な薫香が漂う。


「何これ!? クロツを燻製にしたの? でも生魚の食感だし……」


「冷薫って言ってな、食材に火を通さない様に冷たい煙だけを食材に当てるんだよ。時間はかかるけど温度管理なんかシャオの魔法で簡単に出来るし、船の上で暇だったから作ってみたんだ。チーズに合うだろ?」


「ミズキの料理は色々食べさせて貰ったけど、まだまだ知らない料理がいっぱいだね」


「食材が見つかれば作れる料理が増えるからな! キアラが見つけてくれたバク油があれば中華料理も作れるから、ドマルの気に入る料理がまた出て来るぞ」


 無邪気に笑う瑞希を他所に、ドマルの父親は手巻き寿司を次々に食していく。


「貴方ったら……、食事も碌にしてなかったのね?」


「何かにつけて苛々してたからな。こんなにも穏やかな気分は久しぶりだ」


「まぁ……。ミズキさん、うちの亭主を治してくれてありがとうございます」


 ドマルの母親は姿勢を正し、瑞希に深々と頭を下げる。


「いえいえ! うちのチサも同じ様な症状を発症してましたし、正直テンが近くに生えていたのも偶々の事なのでお気になさらないで下さい!」


「……おっちゃんは何に苛々してたん?」


 頬にペムイ粒を付けたチサは、自身の心境を思い返しながら質問を投げかけた。


「うちの鉱山が全て休山になっちまったのが始まりだな。人の鉱山ってのは勝手も違うし、取り方も違う。そんな事ぁ分かってたんだが、ロイグ商会の夢見の鉱山に入ってからはそんな些細な事が気になる様になっちまった。家内にもきつく当たってるって分かっちゃぁいたが、激情を止める事も出来なかった。だから店から人を追い出して、誰ともかかわらない様にしてたんだが、そこに家を出た筈の馬鹿息子が顔を出した。そっからは記憶が飛んでやがる」


「抑えておった感情が暴発したのじゃろうな。ドマルと殴り合っとる時は最早息子と認識できておらんかったしの」


 シャオはそう言いながら、次に食べる手巻き寿司を決め、作ろうとした所で瑞希に止められる。


「これは豆板醤を使ってるから少し辛いぞ?」


「ふふん! 少々の辛みぐらい大丈夫なのじゃ! キアラの表情を見てたら食べてみたくなったのじゃ!」


 既にその具材を巻いて食べた辛い物好きのキアラは、次々にクロツで作ったユッケを巻いた寿司を頬張る。


「少しピリッとしてるのがバク油に合って美味しいんな! 同じクロツなのにジャルだけを使ったのとは全然雰囲気が違うんな!」


「……あ、うちも食べてみたい!」


「うぬぬ! わしが先なのじゃ!」


 三人は仲良く喧嘩をしながら具材を取り合う。

 以前の様に険悪な雰囲気ではなく、和やかな喧騒だ。


「あははは、こっちの燻製クロツも美味しいよ?」


 父親は三人の話し合いに混ざるドマルの顔を見ながら、記憶にある息子の背丈を思い返す。


「あのひょろっちかったガキが、俺と殴り合いをするってか……」


「ドマルは結構頑固な所もありますからね。行商人をしてるのだって、自分が儲ける事より、その商品を手に取ったお客さんの事を考えてます。お袋さんの服だってドマルが時間をかけて選んだ服だと思いますよ? あいつは親父さんに自分の仕事をわかって欲しかったんですよ」


 呟く親父に、茶を啜っていた瑞希が静かに答えた。


「確かに似合ってるな……」


 父親が母親の着ている服を見ながら、ドマルのやって来た仕事を見定めるのであった――。

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