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様々な寿司

 ――ウェンナー商会の中ではどたばたと騒音が響くが、厨房にいる瑞希達は、薬であるテンを使う料理を作っていた。


「……魚さん、緩やかな水を」


 チサは恐る恐るショウレイの金魚に魔力を流す。

 金魚はゆっくりと旋回すると、鍋の中に水を吐き出していく。


「……良かった」


「わははは! チサのショウレイもちゃんと分かってくれたんだな」


「……うちを止めてくれてありがとうな?」


 チサは金魚に向けて御礼を述べると、金魚はわかっているのか、いないのか、ふわふわと揺蕩っている。


「あふっ!」


 代わりにイナホがチサの足元に纏わりつく事で、二匹からの愛情がチサに伝わっている様だ。


「今日の料理は刺身なのじゃ? 船で食べたのと切り方が違うのじゃ」


「それに生野菜はどうつかうんな? こっちの油を使おうにも炒めたりはしないんな?」


 チサがいつも通りペムイを炊く隣では、シャオとキアラが瑞希の用意する具材を眺めている。

 そこにはリッカやキャムを始めとする生野菜や、クロツを細長く切ったもの、その過程で出た端肉を細かく叩いた物、クラーケンも用意し、更には甘めに味付けた卵焼きまで用意する。


「……クロツの鉄火丼? ……にしては具材が多いなぁ」


 チサは船の上で食べた丼を引き合いにだすが、その時には味の付いたクロツの薄切りとシハロを細かくした物が乗ってるだけだった事を思い出す。


「これは寿司の一種で、家庭でも作れるようなお手軽な寿司なんだ。折角テンがあるんだから、皆には寿司で食べて貰おうと思ってな」


「いなり寿司の他にも寿司があるのじゃ?」


「寿司は色々あるぞ。握り寿司ってのが所謂寿司なんだけど、いなり寿司や、ちらし寿司、押し寿司、箱寿司なんかもあるしな。他にもあるけど、色んな土地で色んな寿司が作られて来たんだ」


「……じゃあ寿司って料理の、いつも言ってる本質ってどこなん?」


「ふな鮓っていう特殊な鮓もあるからなぁ……ペムイを使ってる事かな? 後は酢を使う事。それさえ外さなきゃどんなペムイを使おうが、どんな酢を使おうが寿司って言えるかな」


「……具は何でもええんや」


「そう。だからチサの家の美味しいペムイと、魚介が豊富に取れるミーテルは寿司の発祥の地になるかもしれないな」


 瑞希はそう言って笑いかけると、チサは自慢気に鼻を鳴らす。


「ふなずしというのは酢を使わんのじゃ?」


「ふな鮓は、ふなって魚を塩漬けしてから、炊いたペムイを使って何年も漬け込んだ慣れ鮓なんだ」


「それって生の魚を漬け込むんな……?」


 キアラが不安視する理由は瑞希も分かるため、苦笑しながら答えた。


「そうなんだよ。塩漬けしてるとはいえ、ペムイと共に何年も漬け込んで発酵させるから滅茶苦茶臭いんだ。でもペムイが発酵して酸っぱくなるから、酢を使ってなくても酸味が生まれる。本質のペムイと酢ってのは外れてないだろ?」


「どうしてミズキの故郷は一々臭い物を作るのじゃ……」


「臭い物を作るってより、その時の状況で試行錯誤して作った物が良い物だから残ってるんだよ。それこそ俺の故郷とは違う国でも色んな発酵食品はあるからな」


「食べる迄何年も時間がかかるすしも、今から食べるすぐ食べれるのも同じすしって料理名なんな?」


 キアラは首を傾げながら瑞希に問いかける。


「おっ! 良い所に気付いたな! 俺の故郷じゃ、すしって文字はこんな風に三種類あるんだ」


 瑞希は適当な紙に、鮓、鮨、寿司、と文字を書く。


「なんじゃこれは? 読み方は全てすしなのじゃ?」


「そうそう。この字の鮓はペムイを使って発酵させた魚を食べる鮓を表すんだ」


「……こっちの鮨は?」


「これは握り寿司とか、今日食べる手巻き寿司みたいに、酢飯と具材を合わせて直ぐ食べる鮨の事を言うな」


「じゃあ最後の寿司はなんな?」


「これは当て字で、鮨の書き方を変えた物なんだ。寿ってのはめでたい事、司ってのは役割みたいな意味が在って、めでたい役割を担う、つまり縁起を担ぐために使われだしたんだ。今じゃこの字の寿司ってのが俺の故郷でも一般的になってるな」


 瑞希の説明に三人は感心しながら頷く。


「だから今日の料理を故郷の字で書くと手巻き寿司って書く。食べる時にどういう意味か分かるから楽しみにしてな。さぁ蘊蓄を垂れてたらペムイも炊き上がりそうだし、酢飯はチサとシャオに任せる。合わせ酢は作っておいたから、それを加えながら混ぜてくれ。やり方は覚えてるよな?」


 二人は鼻息荒く、手を上げる。


「……じゃあうちが混ぜるからシャオは風魔法と合わせ酢をお願いして良い? うち風魔法苦手やし」


「くふふ。任せるのじゃ!」


 二人は仲良く酢飯作りに取り掛かる。

 その姿を見たキアラは嬉しそうに微笑んでいた。


「あっは! 仲良しに戻れて良かったんな~」


「本当だよ全く。キアラはドマルと一緒に買った知らない食材とかがあるって言ってたよな? その確認を一緒にしようか?」


「そう思って用意しといたんな!」


 そう言ってキアラは仕入れた油や穀物、野菜等を取り出した。


「こっちの穀物からこの油が取れるって言ってたから買って来たんな。バクって植物の種なんな」


「へぇ~……」


 瑞希は感心しながら落花生よりも少し小粒なバクの種をポリポリと齧る。

 記憶にある風味に驚くと、すぐに油にも手をつける。


「来たぁー! 胡麻油だぁっ!」


「知ってる食材なんな?」


「わははは! 良くやったキアラ!」


 瑞希は喜びのあまり、キアラを持ち上げる。

 瑞希に持ち上げられたキアラは、眼下に見える嬉しそうな瑞希の表情と、唐突に褒められた事で思わず顔が緩んでしまう。

 ひとしきり喜び終えた瑞希は、キアラを下ろし、次は野菜に手を付ける。


「あっは! そこまで喜んでくれるとは思わなかったんな~」


「胡麻油があれば以前作った回鍋肉ももっと香ばしくなるし、炒め物や中華料理には欠かせないからな! うわっ! しかもニラみたいなのとか茄子みたいなのとか、キーリスの方で見かけなかった野菜もあるじゃないか!」


「こっちはホルの葉、これはミースの実、あとこれはパイクって言ってたんな!」


 上機嫌の瑞希に、キアラも楽しそうに説明する。


「うん。水分も少なそうだし、ホルの葉はニラみたいに使えそうだな。ミースは普通の茄子より少し皮が柔らかいな。パイクは見た目じゃ分からないから割ってみるか」


 瑞希は固そうな表皮をしているパイクを割ると、中からはボロボロと真っ白な木の実の様な物が零れて来る。


「とうもろこしを芯から外したみたいな感じか? うん。味もそれっぽいし……後で茹でてみるか。こっちの内側の果肉は食べれるかな……?」


「あっ! 内側の果肉は食べちゃ駄目って言ってたんなっ!」


 キアラが制止する声も空しく、瑞希は口に含んでしまう。

 その苦みからわずかに顔を顰めるが、この味はこの味で納得いったのか、何度か頷いた。


「ゴーヤだこれ。レンスの街って温かいから夏野菜みたいなのが多いのかな?」


「だ、大丈夫なんな?」


「大丈夫大丈夫! 苦い食材ってのも料理にすればまたおつなもんさ。今日はとりあえずパイクの実だけ茹でてみようか。コーン寿司ってのもない訳じゃないしな」


 次にキアラが取り出したのは香辛料の入った瓶だ。


「ミズキ、こっちの香辛料は知ってるんな? 身と皮を干して、別々に粉にしたらしいんな」


 キアラの差し出した瓶の蓋を開け、瑞希はひくひくと鼻を動かす。


「山椒と花椒! レンスの街って中華料理を作るための街じゃねぇか!」


「かれーにも使えるんな!?」


「勿論使えるけど、この辛みは麻って言って痺れる様な辛さなんだ。キーマカレーなんかに振りかけても良いし、こっちの痺れが柔かい山椒は味噌汁に入れても風味が合って美味いんだ。サランの故郷で流行ってるシームカの蒲焼なんかにも合うから、御土産に持って帰ってやったらきっと喜ぶぞ」


「すぐに試してみたいんな!」


「今日はもう酢飯にしちまったから、また今度作ろうか。その代わりキアラが手に入れてくれたバク油を使ってもう一つ手巻き寿司の具材を増やそうか」


 瑞希はそう言ってクロツの身を取り出し、キアラに教えながら調理を再開するのであった――。

いつもブクマ、評価をして頂きありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] いつも楽しみにしています。 辛味が出てきたということは、その内に異世界に辛味中毒者が誕生してしまうかもしれませんね。
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