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懇願の辛み

 ――瑞希が切り分けた肉塊は綺麗なピンク色をしていた。


 瑞希とシャオが味見をしていると、先程迄ぶつぶつと呟いていたトットの様子はそのままに、視線だけが瑞希を捉えていた。


「こっわ……。トット、今からこの肉を食べて貰うんだけど――」


 トットは戯言を浮かべながらも瑞希の話は聞こえているのか、口の端から涎を溢している。

 瑞希は先程湖で採取した植物を洗い、皮の部分は筋張り硬かったため皮を外し、中の柔らかい部分だけをいつもの甲羅で優しく擦り下ろしている。


「――聞こえてるか? 今からセイレーンの肉も食べさせるけど、本題はこっちの食材だ」


 瑞希は説明しながら自身で、肉と共に擦り下ろした植物を口に入れる。

 その味は瑞希の顔が思わず綻ぶ味の様だ。


「絶対後でいっぱい取っておこう。チサの実家の山で育てられないかな?」


「そんなに美味いのじゃ?」


「これ単体で食ってもそんなに美味くないし、シャオは苦手だと思うけど、俺は大好きだ。じゃあトット、今から口に入れるからな?」


 瑞希はそう言って切り分けた肉に、擦り下ろした食材をたっぷりと乗せ、トットの口へと放り込む。

 トットは咀嚼しながらも目線を瑞希から外さないのだが、徐々にその瞳に涙が溜まり始め、遂には思いっきり咳き込んだ。


「て、手前ぇミズキ! この野郎! お、俺っちに一体全体何を食わしやがったんだ!?」


「わははは! やっぱりこれが正解だったか!」


 咳き込みながら悪態を吐くトットを見て、瑞希は笑いながら確認する。


「トット、気分はどうだ? ちゃんと会話は出来そうか?」


「何を言ってやがんだ! こんな毒みてぇなもん食わせやがって!?」


「毒じゃねぇって。鼻につんと抜ける風味が肉の脂っぽさとか、臭みを消してくれるだろ?」


 瑞希はそう言って、トットに食べさせた様に一切れの肉を食べる。


「美味い! これにジャルを付けるとさらに美味いんだけど、それはチサに食べて貰おうかな」


 瑞希はそう言ってジャルが入った小瓶を取り出し、擦り下ろした物と共にチサの前に突き出した。


「チサ、これはジャルを使った俺の故郷を代表する様な食べ方だ。お前が今俺を信じられなくても、お前の故郷が生み出した調味料を信じられないか?」


 チサは視線をトットに向ける。

 トットはゴホゴホと咳き込んでは、涙を流している。


「……絶対毒やん」


「トットは催眠が深くかかってたから多目に食べさせたからな。用量を正しく使えば美味いんだよ」


「そこまで言われるとわしも食べてみたいのじゃ!」


「試しても良いけど、シャオは絶対苦手だぞ? 子供は苦手な食べ物だからな」


「誰が子供なのじゃ!」


 シャオはポカポカと瑞希を叩きながら戯れる。

 しかし、チサにはそれが疎ましく思った様だ。


「……うちが食べるんやから、シャオは邪魔せんといて」


 チサはそう言って口を開ける。


「ぐぬぬぬ! 後で覚えとくのじゃ……」


 チサはどこか得意気な表情をしながら、瑞希に放り込まれた肉を咀嚼する。

 食べ慣れたジャルの味と、焼き加減も相まってむっちりとした肉質からは良質な脂の旨味が溢れ出し、鼻から息を吐いた時にその衝撃が襲う。


「……痛いっ! 鼻が痛い~!」


「わははは! そりゃわさびはそういう物だからな。チサ、鼻から息を吸ってゆっくりと口から息を吐いてみな」


 チサは瑞希に言われた様に呼吸を繰り返す。

 すると先程迄襲って来ていた痛みは、嘘の様に無くなっていくのだった。

「――これもミズキが作ったのかよ?」


「勿論。今日はシャオとチサの好物で弁当を作ったからな。それにトットは念の為にこっちの肉とテンもたっぷり食べろよ」


 瑞希はそう言ってわさび醤油ならぬ、テンジャルを添えたセイレーンの肉を突き出す。


「まさかテンのおかげで頭の靄が取れるとは思わなかったぜ……。何でミズキはテンを食べようと思ったんだ?」


 トットは質問しながらテンジャルを付け、肉を食す。

 つんと鼻に抜ける風味も、慣れれば美味い事に気付いた様だ。


「食性ってのかな? セイレーンを捌こうとした時に、他の魔物はセイレーンの催眠が残ってたのに、ニードルタートルはセイレーンに攻撃してたんだよ。勿論セイレーンが俺達の攻撃で弱ってからだろうけどな。そのニードルタートル達は、トットが言うテンって植物を食ってたんだ」


「確かにこの鼻に抜ける辛みは気付けに丁度良いな……くぅー美味い! けど涙が出るぜ!」


「わははは!」


「ところでそのハーレムみてぇな状況もテンのせいなのか?」


 トットが指差す状況は、傍から見れば異質な光景だ。

 瑞希が胡坐をかいて座る膝の上にシャオが腰を下ろし、テンを食べる迄ずっと続いていた苛立ちや、幻想で見た光景が記憶に残っていたチサが、横から二人に抱き着いて泣いているからだ。


「チサ、いつまでも泣いておらんでさっさと弁当を食べるのじゃ!」


「……ごめんな……二人の事ほんまに大好きなんやで……」


 嗚咽を漏らしながら後悔しているチサは先程から何度も謝っていた。

 瑞希もシャオもとっくに許しているのだが、チサ本人は自分を許せない様だ。


「分かったからさっさと食べるのじゃ! ミズキがチサの為にペムイを使ったのじゃぞ!」


 シャオは鬱陶しそうに、シハロ(海苔)で巻かれたおにぎりをチサの口に突っ込む。

 チサはめそめそと泣きながらも、両手でおにぎりを持ち、少しずつ口を動かしていく。

 中から現れた具は、クロツ(まぐろ)にジャルと砂糖を使ってを甘辛く炊いた角煮であり、チサの好みの味付けがされている事に気付く。


「……うえぇぇ」


「何をやっても泣くのじゃ……」


「……だって、二人に向かってうちがぁ……」


「お主が暴走した所でわし等に危険はないのじゃ。お主の師匠を誰だと思っておるのじゃ?」


「……そうやけどぉ」


 いつまでも泣き止まぬチサの涙を洗う様に、チサのショウレイである金魚が尾びれを使って器用にチサの顔を洗う。

 金魚と目が合ったような気がした瑞希は、洗われたチサの顔を布で優しく拭う。


「ほら。チサのショウレイも俺達ももう怒ってないから泣き止め。クロツで作ったミートボールも美味いぞ」


 瑞希はそう告げ、楊枝に刺したミートボールをチサの口に放り込む。

 くすんくすんと啜り泣くチサが目にしたのは、楊枝の旗に描かれたシャオとチサの顔だ。


「……クロツも美味しぃ~むえぇぇん」


 クロツの味が美味しい事も、旗の絵が可愛い事も、弁当の献立が自分の為に作られている事も、その全てがチサにとっては嬉しいのだが、その嬉しいという感情が、先程迄の自分の行動を後悔する引き金になるのか、チサは泣きながら咀嚼をしていた。


「駄目だこりゃ」


「それより何でミズキ達は大丈夫だったんだよ?」


 弁当を食べながらトットがそう問いかける。


「魔力の差や、精神状況の差じゃな。チサはこの街に来てから……、温泉に浸かった辺りからわしに対して嫉妬を露わにしておったのじゃ。恐らくあの温泉にはここで取れる魔石を使っておったのか、それともその湖の源泉が繋がっておったんじゃろう。セイレーンの魔力に当てられた魔石の魔力が弱くとも精神異常を引き起こし、焦りや嫉妬、怒りや悲しみ等、誰しもがわずかながらに持つ負の感情の種を育てたのかもしれんの」


「じゃあドマルの親父さんも?」


「かもしれんの。セイレーンの魔力を含んだ魔石に触れたのか……。それにトットの様にセイレーンに近付けば生身の人間など、たやすく操り人形にされるのじゃ」


「あぁ、だからここの魔物は警戒するでもなく俺達を襲って来たのか」


 瑞希は抱き着くチサを慰めつつ納得する。

 

「セイレーンからすればわし等の魔力は脅威じゃろうからな。それでもミズキが気を失った時は少し焦ったのじゃ。何か変な夢でも見たのじゃ?」


 ふくれっ面をするシャオは、瑞希の顔を仰ぐ様に視線を上に向ける。


「夢……だよなぁ?」


「聞かれても知らんのじゃ」


 見上げるシャオの顔はいつもと変わらず愛くるしい。

 瑞希はシャオの頬を両手で挟み、ムニムニといじりながら、夢の中で見た女性を思い浮かべる。


「まぁ、シャオみたいな子に料理を作ってたな」


「何じゃと!? わしの知らぬ所でどんな料理を作ったのじゃ?」


「夢の中でもセイレーンの肉だよ。この料理と同じのを作ったけど、ジャルとテンがある分今回の方が良い出来だな」


 瑞希はそう言って笑いながらその話を打ち切った。


「よっしゃ! じゃあ俺っちは腹ごなしに鉱石と魔石を採掘していくわ!」


 そう言って食事を終えたトットが勢いよく立ち上がるが、瑞希によって止められる。


「待て待て待てっ! ここの鉱石なんか持って行ったら駄目だろ? 何があるか分からんし、後でギルドに報告も入れるから買取られないかもしれないぞ?」


「嘘だろ!? 宝の山だぜ!?」


「さっきのシャオの話だと魔石が怪しいけど、鉱石だって分からないだろ? それにこの場所はセイレーンが住み着いてたし、より濃く魔力の影響を受けてるだろうしな。後で抜け道も埋めるぞ」


「ちょっとぐらい大丈夫だろ!? 折角歌姫の解散公演がレンスで行われるんだからよぉ! 急いで金を集めねぇと入場券が売り切れちまうよ!」


「歌姫? ティーネの事か?」


「そうだよ! ティーネさん率いるギルカール楽団が今レンスに公演しに来てるんだ! 早く並ばなきゃ入場券が買えねぇのに、今回は解散って事でこれがまた高いんだよ! だから止めてくれるなミズキ! 俺っちは危険を冒してでも金を用意しなくちゃなんねぇ!」


「あほ! トットも危険だけど、それを持って帰ったら街の人達が危険だろ。今回は諦めろって」


 トットは周りに存在する煌びやかな鉱石や魔石に視線を向け、欲と良心の葛藤に動きを止める。


「ティーネの歌が聞きたいってだけなら、一緒に連れてってやるからさ。それなら良いだろ?」


「まさかもうミズキは券を持ってんのか!? どうやって手に入れたんだ!?」


「入場券は持ってないけど、ティーネが聞きに来ても良いって言ってたからな。一人ぐらい増えても大丈夫だろ」


「テ、ティーネさんの知り合い!? ミズキが!? で、で、でも、俺っちは見ての通り今は素寒貧で依頼の報酬もミズキに払えねえんだぜ!?」


「あぁ、そっか……。夢見の鉱山に入れたのはトットのおかげだし、テンの実験台にもなって貰ったしな……。うん。依頼料はそれでいいや」


 瑞希はあっけらかんとしてそう言い放つ。

 トットは感激のあまり、素早い動きで瑞希に抱き着こうとするが、シャオの魔法によって阻まれるのであった――。

いつもブクマ、評価をして頂きありがとうございます。

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