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幻想の食事?

「――にぃ……おにいっ!」


 男は呼び起こされる声に、ハッと意識を戻される。

 目の前には長い黒髪を垂らしながら、胸倉を掴む見覚えのある女性の顔が視界を埋めていた。


「みぃぃ?」


 白い小さな動物が男の胸元に乗ると、心配そうに一鳴きする。

 男は胸元に乗る動物を撫でながらゆっくりと起き上がる。


「みいぃ~……」


 撫でられる動物はうっとりとした表情で、されるがままに寛いでいるのだが、女はその光景を疎ましそうに見ていた。


「ちょっとおにい! うちの子をそんな風に撫でないでよっ!」


「へ? ……あ、あぁ悪い……? ここどこだ?」


 男は女にそう言われ、撫でていた手をびくつかせ、周りの風景を見ている。

 そこは、ごつごつとした岩壁と鉱石に囲まれている。


「……みぃ」


 動物は気持ち良かった感触が止まり、不服そうに鳴き声を上げる。


「痛くなかった? おにいはいっつも乱暴に撫でまわすもんねー!」


「みぃぃぃ……」


「えっと……さっきまでセイレーンと戦ってて……」


「何だ覚えてるんじゃない? セイレーンならそこで死んでるよ。脳筋馬鹿のお兄もセイレーンの歌声にはかどわかされるんだねー? 断末魔で気を失うから吃驚したよ」


 女が指差す方向にはセイレーンが横たわっており、その胸には槍が突き刺さっていた。


「……槍?」


「なにボケっとしてんの! 魔物を討伐したらさっさと採取! またお肉を食べるとか言わないでよ!?」


 男はぽりぽりと頭を搔きながら答える。


「……鳥なんだし食えるだろ?」


「だから何でもかんでも食べようとするなっ! 付き合わされるこっちの身にもなってよ! この前だってバロメッツで後悔したんでしょ!」


「みぃっ!」


 そうだそうだと言わんばかりに動物が女性に加勢する。


「バロメッツなんて食べたか?」


 男は首を捻り記憶を探るが、後悔する様な味に覚えがない様だ。


「どうせセイレーンの断末魔を聞いたせいで、普段から馬鹿な頭が余計に悪くなったんでしょ。良いからさっさとセイレーンの採取するよ。早く帰ってお風呂入りたいし」


 女はそう言いながら自身の匂いを嗅ぎ、うっ、と顔を背ける。


「風呂か……今日は一人で入れよ?」


 男がそう言うや否や、女は激昂しながら手あたり次第に、石や魔物の爪、果てにはナイフを男に向けて投げる。


「あっぶ! 危ねぇっ! 止めろって!」


「馬鹿じゃないのっ!? 急に気色悪い事言うなっ! おにいと一緒にお風呂に入ってたのなんか小さい時だけでしょっ!?」


「お前がいつも洗って貰う方が気持ちいいからって言うんだろ!?」


「子供の時の話しだあぁぁーー!」


 女が魔力薬の瓶を思い切り投げると、男の額に命中した。


「何すんだこのあほっ!」


「良いからさっさとセイレーンの剥ぎ取りを済ませろ! この変態!」


「何なんだよあいつ……」


 男はぶつくさと文句を言いながらセイレーンの剥ぎ取りを始める。

 しかしどこが討伐証明になるのかを思い出せず、どうせなら肉も食べてみたいと思ったのか、血抜きをし始めた。


「みぃぃぃ?」


 男が何をしてるのか気になった動物が、男の肩に乗り眺めている。

 男はセイレーンの下半身部位には目もくれず、上半身の鶏の部位を切り分けて行く。


「普通の鶏とは違ってもも肉は取れないけど、胸肉はちゃんと取れたな。しっかり脂も乗ってるし、良い肉だ」


「みぃぃ」


 男は満足気な表情で切り分けた肉を抱え、一息を吐く。

 しかし、他の魔物の剥ぎ取りを終えた女がセイレーンの残骸を見た瞬間、大声を上げた。


「何でこんなに羽を血塗れにしてるのさっ!?」


「何でって、血抜きをしないと肉が臭くなるからだろ」


「はぁっ!? そんな話し聞いた事ないし、そんな事したっておにいの料理が美味しくなった試しがないでしょ!?」


 男はその言葉にカチンと来た様だ。


「そんなに言うなら食ってみるか? 美味いかもしれないだろうが」


「そんな訳あるか! セイレーンの肉を食べるなんて聞いた事ないし、おにいが作った料理なんて尚更不味くなるでしょ!」


「じゃあ美味かったとしてもお前は食わないのか?」


「どうせ不味いに決まってるもん!」


 女はそう言うとその場に座り込み、男に対してふんっと顔を背けた。

 男は胸肉を小さ目の塊に切り分け、肉部位にこびりつく余計な筋や脂を切り落として行く。

 そして、皮目と筋目に切れ目を入れていき、細かくした香草と塩を擦り込んでいく。


「みぃ? みぃぃ?」


「こうやって切れ目を入れると味が染みやすくなるんだ。じゃあ後はこれを焼くだけなんだけど……」


 男は魔法が使えない事を思い出したのか、肉を片手に立ち往生していると、男の目の前には拳大の火球が浮かび上がった。

 男が視線を女に向けると、相変わらずそっぽを向いたままの女が人差し指を伸ばしている姿がそこにはあった。


 男はナイフに肉を突き刺し、その火球に肉を放り込む。

 パチパチと脂の弾ける音と共に、焦げ始める肉に男が慌てて火から肉を離す。


「なぁ、火球をこう、シャボン玉みたいに出来ないか?」


「はぁ!? 焼くだけなんだからそんな面倒臭い事しなくていいでしょ?」


「火に直接肉を当てたら肉が焦げるんだよ。頼むからさ」


「もう~! 面倒臭いなぁ!」


 女はそう言いながら火球を調整するために両手を翳す。


「さっすが! じゃあこの岩の上に肉を置くから、肉を包む様に維持してくれ」


「いつもなら薄く切って焼くだけなのに、なんで今日はこんなに面倒臭い方法なのよ!」


「そんなのこの方が美味いからに決まってるだろ? 変な事を聞く奴だな~」


「今まででおにいが美味しい物を作った事がないから言ってるんだよ!」


「んん? いつも美味い美味いって言ってる癖に。変な奴……」


 男は女に合図を送り火を止めさせた。

 そして焼き上げた肉をムルの葉で包み放置する。


「何してんの? 焼けたなら食べれば良いじゃん?」


「肉を休ませながら、余熱で火を通してるんだ。その方が肉汁も安定して柔らかく仕上がるからな」


「……おにい? 本当にどうしたの? 頭でも打ったの?」


 女は心配そうに男に近寄るが、男は首を傾げながら疑問符を浮かべる。


「馬鹿な事言ってないで、もうすぐ出来上がるから座ってろって」


 男は休ませた肉をナイフで切って行く。

 脂と肉がしっかりと分かれている肉なのだが、切った肉の断面はピンク色をしており、しっとりと肉汁で潤っている。

 ある程度の厚さに切った肉を指で摘まみ、上を向いて口の中に放り込む。

 普通の鶏肉に比べ少し弾力のある肉質だが、鼻から抜ける香草の香りと相まって、中々の仕上がりになっている事に、男は頷いていた。


「お前も食べるか?」


「……みぃ~」


「ちょっとこの子がお腹壊したら可哀想でしょ!?」


「ちゃんと火も通してるのに壊さねぇよ。それに今の所毒の心配もなさそうだしな」


 二人が言い合いをしてる中、動物は切り分けた肉に鼻を近づけ、すんすんと匂いを嗅いでから噛り付いた。


「みぃぃぃぃ!」


「大丈夫!? 不味かったらぺっしなさい! ぺっ!」


 女の心配を他所に、動物はガツガツと肉を平らげ、男におかわりを要求する。

 男は嬉しそうにもう一切れ切り分け、動物に与える。


「わははは! 美味いだろ! お前も食ってみろって」


 男はそう言うと、切り分けた肉をナイフの切っ先に刺し、女の前に突き出した。

 女は横でガツガツ肉を頬張る動物の姿をチラリと見てから肉を受け取り、意を決して口に入れる。


 もぐもぐと咀嚼し、肉を飲み込んだ女はそのまま顔を突っ伏したまま呟く。


「嘘だ……。お兄の料理なのに、私の人生の中で一番美味しいって思っちゃった……」


「わはははは! 鴨肉みたいで美味いよな! わさびとジャルがあればもっと美味いんだけど、シャオはわさびを食べれないだろうから――」


 男は上機嫌に言葉を発した瞬間、何かに気付いた。


「シャオ……だよな?」


「当たり前じゃない。やっぱり頭打ったでしょ? じゃないとおにいがこんなに美味しい物作れる訳――」


 シャオがそう言った瞬間、男の意識が遠のいて行った――。

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