幻想の光景
――トットが見つけた空洞は、奥へ奥へと下っている。
地図に無い場所ならばきっと鉱石も残っていると、喜び勇んでトットは歩を進めて行く。
護衛であるチサも、魔力が枯渇しかかっている筈にも関わらずトットの側を歩いて行く。
瑞希はチサの為にも一度休憩を挟もうとするが、何故か二人からは拒否され、しぶしぶ二人の後ろを付いて行く。
「――おっ、広い場所に繋がってたみたいだな」
瑞希は光球を動かし、少し先を照らす。
光球の灯りを反射しているのか、奥はキラキラと光っていた。
「あれが鉱石か! 良かったなトット。この先にあるみたいだ――「ラァァァーーーー♪」」
そう瑞希が話しかけようとした時に、咆哮とも歌声とも取れる様な音が鳴り響く。
瑞希とシャオは咄嗟に耳を塞ぐが、前方を歩くチサとトットはその音を聞き、足早に通路を歩いて行く。
「おい待て! 二人共!」
「無理じゃ。ミズキ、今からわし等の耳を風魔法で塞ぐ。あ奴等が怪我をする前にこの先に居る魔物の声を止めるのじゃ」
「この先に何が居るんだよ!?」
「セイレーン――」
シャオが魔物の名を告げると同時に、瑞希はシャオの声が聞き取れなくなった。
シャオの口はパクパクと動いているのだが、耳の近くでは風の音が鳴り響いていた――。
◇◇◇
――景色が変わる。
先程迄はもやもやとした気持ちに包まれて、坑道を歩いていたのにも関わらず、ふと顔を上げれば一面のペムイ畑の中に居た。
チサがキョロキョロと辺りを見回すと、近くに見覚えのある夫婦が、仲睦まじく休憩をしていた。
チサは直ぐにその夫婦が誰か分かったのか、多幸感に溢れる気持ちのまま慌ててその夫婦に駆け寄ろうとするが、目の前にイナホが立ちふさがる。
チサは一瞬歩みを止めるが、イナホの抵抗空しく、チサはその夫婦の元へと辿り着いた。
夫婦は優しくチサを出迎えようとするが、その瞬間、イナホが夫婦の男の首元に力強く噛みついた――。
◇◇◇
――景色が変わる。
恋焦がれていた歌姫の舞台だ。
暗い道を歩いて行き、広がった視界の先には観衆に囲まれた歌姫、ティーネ・ロライアが音楽と共にその歌声を披露している。
激しい音楽が繰り出す歌劇は、何かと戦っている場面だろう。
歌声と音楽の盛り上がりと共にトットの興奮は最高潮に達していき、ティーネが歌い切りそうになった瞬間、ティーネの頭に氷柱が突き刺さった――。
◇◇◇
――瑞希が広場に到達した時、湖の中心に翼を広げた魔物を視界に捉えた。
だが、それ以上に驚愕するのは、湖の周りに集まる魔物の数だ。
熊の様なアウルベア、アルマジロの様なアリゲーター、鋭い角を持つアルミラージ、湖の中からも針の様な甲羅が見え隠れしている。
「チサとトットはどこだっ!?」
その声はシャオには届いていないが、シャオの氷魔法はトットの側に居たアリゲーターに突き刺さる。
次いでチサの目の前に居る数体のアウルベアに、イナホが噛みついているのを発見した瑞希は、シャオと手を繋いだまま風魔法で刃を放つ。
アウルベアの首が落ちた瞬間に、チサが膝から崩れ落ち、天を仰いで発狂し始めた。
「……あぁぁぁぁぁーーー!」
その声は瑞希とシャオには届かない。
届かないが故に、瑞希が迂闊にもチサへと近寄ろうとした時、チサから明確なる殺意と共に、瑞希に目掛けて氷球が放たれた。
「落ち着けチサっ! イナホを早く抱き上げろ!」
瑞希は自身の声も聞こえていないが、必死でそう呼びかける。
チサのすぐ側にはイナホがアウルベアに引っかかれたのか、血を流し呼吸を荒くしているからだ。
「……お前がおとんを! おかんをー!」
そう言って次々とチサが魔法を生み出すが、先程迄魔力が枯渇しそうになっているのを瑞希は知っている。
そして、どういう状況かを理解しているシャオであっても、瑞希に危害を加える者に手加減をする事はない。
「この馬鹿弟子がっ! 何が見えておるのか知らぬが、誰に歯向かっておるのか分からせてやるのじゃっ!」
そう言ってシャオは王都で見せた、水球から放たれる圧縮された光線の様な水魔法で、チサの魔法を打ち落としていく。
悔しそうに歯を食いしばるチサは、次いで魔法を生み出そうとショウレイに対し命令をするが、ショウレイはそれを拒否するかの様に、ふわりふわりと空中を遊泳するだけだ。
「……何で!? 言う事聞いてやっ!」
チサは杖を振りかざしながらそう叫ぶが、金魚は尾びれでチサの頬を叩いた。
水飛沫がチサの周りに飛び散り、泣きそうな表情を浮かべながら叩かれた頬を押さえ、呆然とする。
シャオはその光景を見て、少し溜飲が下がったのか、周りの魔物へと意識を向ける。
瑞希とシャオがその隙にチサの周りに居る魔物達を打倒していき、イナホを抱きかかえて回復魔法を使用しようとする瑞希の背中に、トットが採掘用の大槌を振り下ろした。
「後で治してやるから今は寝とけっ!」
その殺気を感知していた瑞希は、後ろ回し蹴りを放ち、トットの鳩尾に踵がめり込む。
殺気立っていたトットの呼吸が止まり、遅れて来た痛みに腹を押さえながら転がり回る。
治療されたイナホは、牙を剥き出し、セイレーンに対し唸り声を上げる。
「やっぱりあいつが元凶だよなぁ!」
瑞希はそう声を上げ、湖の中心で翼を羽ばたかせるセイレーンに向け、風刃を放つ。
「ラアァァァァーーー♪」
同時にセイレーンの歌声が響き渡らせると、セイレーンを守る様にアウルベアやアリゲーターが立ちはだかる。
風刃はセイレーンに到達する前に掻き消えた。
「甘いのじゃ!」
予見していたかの様にセイレーンの周りを、数十本の氷柱が取り囲む。
しかしセイレーンが湖に沈めていた下半身を露わにし、氷柱を弾き飛ばした。
その姿はまるで大蛇であり、全貌を露わにしたセイレーンは翼を広げ、お返しとばかりに風魔法を放つ。
その風魔法は渦巻く風であり、味方であろう魔物達をも巻き込みながら瑞希とシャオの元と近づいて来る。
瑞希は大きく足を鳴らし、土壁を生み出し、その魔法を防ぐ。
「シャオっ! 援護を頼む!」
二人の間に言葉は聞こえなくとも意思は伝わる。
シャオの手を繋いだまま風魔法を使って駆け出す瑞希は、セイレーンを斬るために、刀身に魔力を宿す。
近付けさすまいと、セイレーンは大蛇の下半身を横薙ぎに振り回した。
「くふふふ! そんな物当たらんのじゃ!」
シャオが瑞希と共に風魔法で飛び上がる。
力を込める為にシャオと手を離し、両手で握った剣の刀身は蒼く光り、セイレーンの肩から胸へと吸い込まれて行く。
最後の足掻きなのか、セイレーンが断末魔の様に叫んだ声は、周囲にある水の魔石に反響し、増幅された音が、瑞希の耳へと届いてしまうのであった――。
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