夢見の鉱山
――飛び跳ねる四つ足の魔物を、チサの生み出した無数の氷柱が打ち抜く。
「こんな小さな子が鋼鉄級って聞いた時は耳を疑ったけど、こりゃ大した魔法使い様だぁな?」
そう声を漏らすのは驚いた表情を浮かべる鉱山夫、トット・パッセだ。
「無駄に魔力を使いすぎじゃ。もう少し慎重に扱うのじゃ」
「……別にちゃんと倒せたからええやん」
「良くないのじゃ。お主の魔法であれば一本で充分なのじゃ」
「……五月蠅いなぁ」
怒りの感情を露わにしながらチサが悪態を吐くが、シャオは淡々と駄目出しをする。
それもまたチサにとっては苛つく要因なのだが、シャオは冷静を努めている。
「おいおい、嬢ちゃん達って元から仲が悪ぃのか?」
二人の後ろを歩くトットは、隣を歩く瑞希こそこそと耳打ちをする。
「いや、普段の仲は良いはずなんだけど、この街に来てからチサの方が苛ついててな。その原因がここにあるんじゃないかと思ってるんだ」
「夢見の鉱山に? 言っちゃあなんだけど、ここは水の魔石と綺麗な鉱石が豊富な只の鉱山だぞ?」
「まぁ俺も今の所何の変哲も感じてないんだけどな。ていうか、鉱山ってこんなに奥まで行くもんなのか?」
瑞希は入山してから歩いた距離を思い浮かべながら質問をした。
「多分だけど、若手の鉱山夫が入口近くの鉱石を取りつくしててな。護衛を雇ってない奴が魔物に襲われるのを覚悟で、手っ取り早く稼ぎに来たんだろうな」
「そう言っても、ここの魔物は人間を恐れてないっていうか……トット、前に行ってシャオの後ろにつけ」
瑞希はそう言って剣を抜き、後ろを振り返る。
どかどかと四つ足で、吠えながら走り寄って来るのは二頭のアウルベアだ。
「敵意むき出しだな……」
「だ、大丈夫かよミズキっ!?」
「シャオが呑気にしてるなら大丈夫って事なんだろうな」
瑞希の言葉を聞き、トットは前を歩くシャオの顔に視線を向ける。
シャオは後ろを振り返り、瑞希の背中を楽しそうに眺めているが、チサは慌てた様子で氷柱を生み出し始めた。
瑞希に迫る前方のアウルベアが大きな爪を振りかざし、襲い掛かる。
瑞希は落ち着いた様子でその爪をバックステップで交わし、体勢が崩れたアウルベアの首を狙って剣を突き差し、すぐさま二頭目のアウルベアへ注意を向ける。
首を刺されたアウルベアは小さく声を漏らし、動きを止めるが、後方のアウルベアはそれが分かっていたかのように瑞希に噛みつこうと迫る。
「……ミズキ、退いて!」
「馬鹿っ! 魔法が外れて、今こいつに抜かれたらお前達の所にまで行くだろ! そのままちょっと待ってろ!」
瑞希はそう言って噛みつこうとする牙に、剣を咥えさせる。
ギリギリと力比べをする様に仕向けた瑞希は、ふっと剣から手を離し、アウルベアの目の前から即座に避けた。
すると前方姿勢に体重を預けていたアウルベアは、均衡が急に解けた事で躓いた。
「今だっ! 打てっ!」
瑞希の掛け声と共にチサから氷柱が放たれる。
的となったのはアウルベアの広い腹だ。
三本の氷柱が突き刺さった衝撃で力が抜けたのか、口から剣をポロリと零れ、その剣が地上に落ちる前に拾い上げた瑞希は、剣を振るいアウルベアの首を落とした
「だぁー、剣が涎でべとべとだ……シャオ~」
「くふふふ」
既にシャオは、瑞希のすぐ側に水球を浮かべていた。
瑞希もそれが分かっていたのか、一頭目のアウルベアを絶命させてからさっさと剣を洗う。
「ありがとうシャオ。チサ、さっきの魔法を用意し始めるまでは良かった。けど、あの勢いのままこの魔物がチサの元迄行ったら大惨事だったろ?」
「……こっち来るまでに倒せてたもん」
「それは確実か? 焦りはなかったか?」
「……シャオやったらそんな心配せぇへんやん!」
「当たり前だろ? シャオが魔法を使ってたら俺が剣を振るう前に魔物達を串刺しに出来てたしな」
「くふふふふ! さすがはミズキ、良く分かっておるのじゃ!」
「……うちでも大丈夫やった!」
瑞希はチサに目線を合わせる様にしゃがみ込み、チサの両頬を両手で包む様にして視線を合わせる。
「落ち着け。今チサが受けている依頼は分かるか?」
「……トットさんの護衛」
「そうだ。じゃあ今お前が立ってる位置と、トットの立ってる位置、どっちがアウルベアに近い?」
チサは瑞希の言葉で状況が理解できたのか、バツの悪そうに目を泳がせる。
「シャオが動かなかった理由は二つだ。一つは前方の警戒、もう一つはまぁ俺達の訓練だ。チサが魔法で援護してくれるのは助かるけど、チサはちゃんとトットと守るためにその魔法を使おうとしたか?」
少しの間を置いてからチサが返答する。
「……してない」
「そうだな。さっきの場合ならトットを守る様に氷壁みたいな魔法を使うか、もしくは、二頭目の足止めに使って、俺が斬る隙を作ってくれた方が良かった」
「……でも、シャオやったら簡単に倒すやん」
瑞希は大きく溜め息を吐いた。
「あのなぁ……。チサが今、シャオと魔法の使い方を競って勝てる訳ないだろ? それにいつものチサならもう少し視野を広く使えてる筈だろ?」
「……うちかって鋼鉄級冒険者やもん!」
チサは歯を食いしばる様な仕草で、瑞希の質問に対し、意地を張る様な返答をした。
瑞希はその言葉を聞き、何かを諦めたかの様に、チサの頬から手を離し、シャオの右手に左手を伸ばし、手を繋いだ。
「わかった。そこまで言うならお前を一人前の冒険者と認める。前方は任せるから、目的の場所までトットを護衛してくれ。シャオ、それで良いな?」
「わかったのじゃ」
「……うちでもやれるもん。大丈夫、大丈夫……」
チサのローブから顔を出すイナホは、不安そうに瑞希の顔を見やる。
ぶつぶつと呟くチサには見えていないが、イナホの視界には優しく微笑む瑞希とシャオの表情を見て、イナホは少し安心した様だ。
この鉱山が夢見の鉱山と呼ばれる理由は、水の魔石から生み出される水源や、水面や鉱石が煌びやかで幻想的な光景を見せるからだ。
しかし、入山してから幾暫く歩を進めていた一行はその光景をまだ見れていない。
豊富な筈の鉱石達が既に取りつくされていたからだ。
ドーム状に拓けた場所で、トットは鉱山の地図を眺めながら手応えのなさに落胆していた。
「くっそ~! 俺っち達の分も残しとけよな~!」
トットは辺りにあるはずの魔石や鉱石が無い事に憤慨する。
「なぁトット、どの鉱山もこんな感じなのか?」
「魔物の強さとか、作りとかって話か?」
「そうじゃなくてさっきも言いかけたけど、襲って来る魔物が変に狂暴じゃないか? 普段出くわす魔物は魔物によっちゃあ逃げる奴もいるんだけど、俺達を見かけては真っ先に襲って来るだろ? 魔物同士で争う様子もないし、こっちはチサが常に魔力を放出してるような状態にも関わらずだ」
「それは俺っちも思ってた。他の鉱山じゃここ迄魔物の相手をする事はないし、護衛とは言っても冒険者が金を稼ぐために、わざわざ魔物を探して討伐するぐらいだぞ」
「だよな――」
会話を遮る様な魔物の咆哮が響く。
それも一匹ではなく、何匹もの声が重なっている様だ。
咆哮から少し遅れて、丸い固まりが何匹も転がって来た。
チサは杖を握りショウレイである金魚に言葉を送る。
「……魚さん壁を作って!」
チサは咆哮が聞こえた方向に氷壁を生み出す。
もう魔力も心許なくなってきていたチサの氷壁は薄氷なのだが、真正面から受けない様に角度を付ける。
瑞希もこっそりと魔法を使い、氷壁を補強すると、アルマジロの様な魔物は氷壁の角度に流されるままに曲がり、そのまま鉱山の壁へと激突していく。
「ミズキ! 言ってた固い奴が――」
シャオの手を握った瑞希は、剣に魔力を流し、伸びた刀身を横薙ぎに切り払う。
するりするりと斬れ落ちていく魔物の姿にトットが唖然としていると、残る一匹と同等の大きさ氷塊が迫り、壁と氷塊に挟まれた魔物はなすすべなく潰された。
「……はっ……はっ……」
「無茶するなチサ。氷壁の時点で魔力が底を着きかけてただろ?」
「……でも……うちやれるもん」
肩で息を続けるチサの頬を、フードから飛び出したイナホがぺろぺろと舐める。
「あふ……」
「ほら、イナホも心配してるだろ? 早く魔力薬を飲んで――「お~いっ! こっち来てみろ! 地図に無い道が出て来たぞ!」」
「……ほら、トットも呼んでるし……うちの心配はいらんて」
チサはふらふらとした足取りで、トットが呼ぶ方へと歩いて行く。
瑞希とシャオはどうしたものかと頭を悩ませるのであった――。
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