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ロイグ商会の一人息子

 ――ノックをする音が響く。

 部屋に招かれた男はドアノブを回し、扉を開ける。


「――ただいま戻りました」


「おぉー! 息子よっ! 行商の旅はどうだった? 何か収穫はあったのか?」


 中年の男は破顔した顔で、息子と呼ばれる男の両肩を掴んだ。

 男は自分が仕入れたであろう商品を並べる。


「キーリスやウォルカ、ミーテル迄行ってきましたが、あちらの地では今変わった物が流行っておりました」


「何だこれは?」


 父親は机に置かれたクリーム色がかった個体を指差して問いかける。


「これはちーずと呼ばれる食材です。ウォルカにあるモンド商会では邪魔が入り香辛料を買いつける事は出来ませんでしたが、僕の目にかかれば次に流行る物も一目瞭然です。帰りに王都にも寄りましたが、王位継承で起きた貴族間の争いで、今は商売どころではありませんでしたね」


「モンド商会に断られただと?」


 つらつらと報告事項を話していた息子の言葉に、先程迄緩い顔をしていた父親は、鋭い視線で息子を睨む。


「ぼ、僕のせいじゃないですよ!? あいつがっ! ドマルが邪魔をして来たんですっ!」


「ドマル……? 誰だそいつは?」


「覚えておりませんか? 子供の頃女にもいじめられていたウェンナー商会の息子です」


「あぁ、レンスの古株で、顔だけはそれなりに効く弱小商会のか。だったらなおさら何故そんな奴に邪魔をされるんだ!?」


「しょ、商談自体は上手く行ってましたが、あいつが雇った冒険者を僕にけしかけて来たんです! 見知らぬ街でそんな騒ぎを起こす者とは商売が出来ないと……僕は被害者ですっ!」


 息子は必死に弁明をする。


「なんだとっ……!? ……まぁいい。あの商会も直に潰れるからな」


「潰れる? 何故ですか? あの商会は鉱山夫の家系ですから、それなりに持ち鉱山もあるでしょう?」


「鉱山を持つ商会同士で、休鉱山の時期はお互い鉱山を貸し渡すだろう? ウェンナー商会は今休鉱山しかなく、少し前にわしの所の鉱山を貸したのだが、少し問題があってな」


「鉱山の問題は我が商会にも被害が出るじゃないですか!?」


 父親はにやりと笑う。


「もうその鉱山は貴族に売り払ったよ。今では若い鉱山夫達に通行証を売り捌いて金稼ぎに勤しんでる頃だろう。問題が起きたとしてもロイグ商会には関係ない事だ。あの鉱山の魔石や鉱石が生み出す美しい光景に夢見の鉱山と名付けたが、あいつが助言してくれなければとんだ悪夢になる所だったわ」


「そういえば姿が見えませんね? いつもならお父さんの側にいつもいるのに」


 息子は、父親の秘書である男の姿を思い出した。


「ギルカール楽団が無事に到着したからな。しかも今回は天界の歌姫と呼ばれる、ティーネ・ロライアの引退公演だ。貴族から一般人まで彼女の歌声を聞くために入場券を買いたいという奴はごまんと居るだろう? ギルカール楽団が到着してからというもの、我が商会は大忙しだ」


「成る程。では私もさぼっては居られませんね」


「おぉ、そうだ。それならお前には会場周りにある出店を使ってみろ。お前が仕入れた商材も売れるか試してみたいだろう? この機会にお前の商人としての腕を見せて貰おうか」


 息子は内心面倒臭いと思ったが、父親の手前、笑みを浮かべて返事をする。


「はいっ! このルイス・ロイグにお任せください! 私の腕ならば必ずや相応の利益を叩きだしてみせます! では早速私は現地の下見をしてまいります!」


 ルイスはそう告げその場を後にした――。


◇◇◇


 ――テスラに連れられて、屋台街を歩きながら説明を受けているドマルとキアラは、聞き覚えのある声に引き留められた。


「また会ったね!」


 前髪が隠れた見覚えのある風貌と、何よりその声にドマルとキアラが反応する。


「こんな所で偶然なんな! 喉の調子は良いんな?」


「問題ないね。それよりミズキ達は一緒にいないんね?」


 ティーネの表情は、口元だけしか見えないが口角が上がっているので笑顔の様だ。


「ミズキ達は所用で鉱山に行ってくれてるんですよ。それより顔を隠さなくて良いんですか? 存在に気付かれたら大騒ぎになりますよ?」


「だ~い丈夫ね! 私は普通にしてたら目立たないね。ドマルだって最初は気付かなかったね?」


「あ、ははは……。確かに……」


 ばつの悪そうな表情を浮かべたドマルが、何と返答したものかと、言葉を詰まらせていると、目線の先に、絡みたくない人物が歩いて来た事に気付いた。


「お~やぁ? もしかしてドマル君じゃないかい?」


 嫌な奴に出会ってしまったと、ドマルは溜め息を吐いてから言葉を返した。


「お互い行商人をしているのに、良く会うねルイス……」


「ルイス君。もしくはルイス様だろ? ドマルくぅん?」


「君との縁はウォルカで切れたと思ってたよ」


「はっ! モンド商会の件で恥をかかせてくれたよねぇ? おかげで父親に説教をされそうになったよ。まぁ、僕は優秀だから代わりの商材を見つけて帰って来たからこうしてギルカール楽団が訪れる日に出店を任される事になったんだけどね~」


 ルイスはそう言って屋台街の中心で大袈裟に振る舞う。


「ロイグ商会の出店だと一等地だね。お客さんがいっぱい来ると良いね」


 ドマルは面倒臭そうに話を合わせようと試みるが、ルイスの絡みは終わらない。


「あれれれ~? ドマル君は何か出さないのかぁい? 屋台でも露店でも、ウェンナー商会ならそれなりの場所は取れるだろう? まぁギルカール楽団の会場と、そこに面する場所は我がロイグ商会が押さえてるけどさぁ?」


「今丁度その話をしながらテスと歩いてたんだよ」


「テス……?」


 ルイスはそう聞き返し、テスラの姿を視界に入れる。


「な、な、な、何でドマル如きがテスラさんと歩いているんだ!?」


「何でって、テスとは幼馴染だし、ヴィア商会には今お世話になってるから……ねぇ?」


「まぁね。それより何でロイグのボンボンがドマルに絡んでくんだよ? お前等の商会と、うち等の古参商会は昔っから仲が悪いだろ?」


「商会同士で仲が悪いのは良くないんな~?」


「ひっ!?」


 モンド商会の娘であるキアラが、テスラの後ろから現れた。


「良いんだよ。ロイグ商会は金に物を言わせてレンスの街を牛耳ろうしてるからな。うち等みたいな古参の人間はあんまり仲良く出来ねぇんだ。なぁドマルっ!」


「あぁ~……まぁ……お金を借りた事のある僕としては……なんと言って良いか……」


「はぁ!? お前ボンボンに金を借りたのか!? いくらだ!? すぐ返せ! それぐらいの金はあんだろーが!?」


「も、もう返したよ! 行商人を始めたての、それこそ洗礼を受けた後すぐぐらいだから! ねぇルイス!?」


「何でこんな奴が……」


 ルイスは俯きながら何かをぶつぶつと呟いていた。


「えっと~……用がないなら僕達はもう行くね? ギルカール楽団の歌劇と、出店を頑張って――「勝負しろドマル!」」


「へ……?」


 急に顔を上げたルイスは、ドマルに指を差して大声でそう告げる。


「僕の出す出店と、君達古参商会の出す出店の売上で競うのはどうだ!? 勝った方が今後屋台街の利権を手に入れるという賭けをしようじゃないか!」


「いやいや、僕は行商に――「その話乗ったっ!」」


 ドマルが否定しようとした瞬間に、テスラが嬉しそうに提案に乗る。


「乗るの!? テスが決めて良い事じゃないでしょ!?」


「良いんだよ。大体ドマルの親父さんを始め、古参商会の面々はもうそろそろ歳だろ? 次の世代に引き継いでる所もあるし、うちだってそうだ。こいつらを放っといたら、どんどんレンスの街が黒くなってくじゃん? 悪徳商売をする場所を減らせるなら願ったり叶ったりさ」


 余程勝つ自信があるのか、ルイスは余裕綽々といった表情を浮かべている。


「じゃあ決まりだ! 君達古参商会の持つ屋台街の利権と、うちが持つ屋台街の利権を賭けて勝負と行こうか! なぁに、心配しなくていいよ? 負けて行き詰った商会が出て来たとしても我が商会がちゃあんと仕事を割り振るからさ! 僕の顔を使ってヴィア商会だけは大事にしてあげるよ?」


「いらねー! 負けるつもりなんかないよ。それよりボンボンが勝手にこんな約束して、後から親父に泣きつく事になっても、約束は守れよ?」


「あぁ構わないさ。後で正式な書類を送り届けよう。ドマルくぅん? 君如きの仕入れて来た商品がこの商人の街レンスで売れるのかなぁ~?」


「あっは! 私達が参加するからこそ大丈夫なんな! 商売で負けるつもりはないんな!」


 元より屋台を出したがっていたキアラは、テスラの横でノリノリでルイスに指を差す。

 ドマルは何故こんな事になったのかと、自問自答するのであった――。

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