冒険前の弁当作り
――宿に戻った瑞希は、厨房を借りてペムイを握っている。
厨房を使わない時間とはいえ、料理番の者は居る。
瑞希が取りだしたクロツで作った角煮を見た者達が、興味を惹かれたのか味見を求めた。
マリジット地方で作られたジャルや、クルの根の外皮ではなく中身を薄切りにして使用する角煮の味は、当然料理番の者達が食べた事のない味にも関わらず、次々に料理番の者達が集まって来る。
クロツが生臭くない事に驚く者、ジャルの味に反応する者、クルの根の新たな使い方を教えて貰い喜ぶ者、料理番の反応はそれぞれだが、その光景を見ていた二人の少女は、調理台に顎を乗せながら駄弁っていた。
「……にへへへ。お弁当はおむすび」
「うぬぬ。何故はんばーがーじゃないのじゃ……」
「……ミズキはペムイ好きやもん」
「はんばーぐも好きなはずじゃ!」
「……はんばーぐはおかずになっても、おむすびの具にはならへんもん」
「うぬぬぬ! じゃがミズキなら何とかしてくれるのじゃ!」
座っていた椅子を飛び降りたシャオが、我慢ならないといった感じで瑞希に突撃する。
料理番の者達は兄に構って貰えなくて寂しくなった妹、という捉え方をしたのか、シャオに対し笑顔で謝っていた。
「……シャオばっかり……」
ペムイを握り終えた瑞希は、シハロでおむすびを包み、見慣れたおにぎりのフォルムに変貌させると、わがままを言いに来たシャオの要件を聞く。
「――ハンバーグ? そう言われても、モーム肉もオーク肉もないからな~」
「何の肉でも良いのじゃっ! わしははんばーぐが食べたいのじゃっ! チサばっかり好物はずるいのじゃ!」
「おにぎりを作ったのは道中でも、鉱山で休憩するにしても食べやすいからだしな~……、ん~……」
瑞希は考えながらチラリとチサの顔を見やる。
チサはどこか面白くなさそうに二人を見ていた。
「(確かにチサの機嫌が直るかと思ってペムイを使ったけど……、シャオの要望も聞いてやらないと可哀想か)」
瑞希は二人の事を考えながら、クロツの切り身を取り出した。
「クロツの身はたっぷりあるから、これを使うか」
瑞希はそう言ってから、まな板の上でクロツの身を叩きながら細かくすると、ボウルに移し、微塵切りのシャマン、クルの根の絞り汁を少し加え、塩、胡椒で味付けをし、卵をつなぎに使って練り始めた。
「くふ、くふふふ! ミズキなら出来ると思ったのじゃ!」
「ハンバーグではないけどな」
「何じゃと!? 具材は違うがここまでの見た目ははんばーぐと一緒なのじゃっ!」
シャオは文句を言いつつも、瑞希が次に何をするかが分かっているため、小さ目の水球を生み出した。
「ハンバーグだと食べ辛いから、これはこのまま揚げていくんだ」
その水球で瑞希が手を洗い、バットに片栗粉を広げてから、手に油を塗り、再度パテに手を付ける。
ハンバーグではないと言いつつ、形成するのかとホッとしたシャオの眼前では、瑞希がパテを握りつぶしていた。
「何を遊んでおるのじゃ! はんばーぐは平たいのじゃ!」
「わははは! これはミートボールだ。と言ってもクロツの身で作るのなんか初めてだけどな」
瑞希は笑いながら、手の中に収めたパテを小指、薬指、中指、と順に閉じて行く。
すると人差し指と親指で輪っかを作っていた掌から、にゅるりと一口大のパテが生み出された。
瑞希は片栗粉の上にそのパテを落として行き、全面にまぶしながらまん丸に形を整え、熱した油の中に落として行った。
「全然はんばーぐじゃないのじゃ……」
「まぁ本来のミートボールってオーク肉だけで作るもんだしな。魚を使ったハンバーグみたいのだとさんが焼きってのがあるけど、あれは青魚を使うし、おまけに味付けには味噌を使うしな」
瑞希が雑談をしつつ、菜箸でコロコロと転がしながら熱を加えていくが、シャオはハンバーグではない料理にがっかりした様子だ。
「良し、出来た。シャオの好きな甘辛い味付けにしてやるからそうむくれるなって」
「別にむくれておらんのじゃ……」
瑞希は小鍋にジャル、酒、砂糖で甘い目に味を調え、そこに先程火を通した魚肉ミートボールを小鍋に入れ、全体的にタレを纏わしていく。
「後は弁当用に冷ましてから串に刺したら完成だ」
「わしの愛するはんばーぐは、おむすびの具にはならんのじゃ……?」
瑞希はシャオの風魔法を使って、魚肉ミートボールの粗熱を取っていく傍らで、以前も描いた様な似顔絵を小さな紙に描きながら答えた。
「俺は作った事ないけど、別にハンバーグとか、ミートボールをおにぎりの具にしても良いと思うぞ? おにぎりって形は三角形が基本だけど、味だけで言うなら三角形じゃなくても良い訳だし、ロコモコなんかもペムイと一緒に食べても美味しかっただろ?」
「そうなのじゃっ! ろこもこがあるなら具になってもおかしくないのじゃっ!」
「俺は子供の頃からおにぎりの基本の具ってのが頭にあるから、今日みたいに魚とかを使いたくなるけど、唐揚げを入れても、ハンバーグを入れても、駄目って訳じゃないさ……よし、出来た!」
瑞希はお子様ランチの時の様に旗を付けた楊枝に、魚肉ミートボールを突き刺していく。
「わしと、チサなのじゃ?」
「お前等が仲直り出来る様におまじないだよ」
旗の絵は二人の笑顔が描かれていた。
「わしからふっかけておる訳じゃないのじゃ!」
「まぁチサにだって虫の居所が悪い時もあるさ。シャオだってイライラする時はあるだろ?」
「そんなもんミズキが美味い物を作ってくれればどこかいくのじゃ」
「そうかそうか、じゃあほれ、あーん」
瑞希はそう言って程良く冷めた魚肉ミートボールをシャオの口に入れる。
「くふ、くふふふ……」
熱を通したクロツの身は、生で食べた時よりも風味が強く、身が引き締まっている。
その風味を損なわぬ様に抑えているのがクルの根だ。
時折来るシャマンの食感と甘じょっぱいタレの味、好物である挽き肉感触に、シャオの顔は自然と綻んでいた。
瑞希が弁当の準備を整え、チサの所に移動した所で、厨房の入口から声を掛けられた。
「――やっぱりここに居たんな! あ、シャオだけなんか食べててずるいんな!」
宿の厨房には、荷物を抱えたキアラとドマルが賑やかに登場する。
「これから件の鉱山っぽい所に行く事になったから、弁当を作ってたんだよ。勿論キアラとドマルの分もあるぞ」
「それは嬉しいんな! チサは何でそんなに元気ないんな?」
「……別になんでもない」
「何でもない訳ないんな? いつもならミズキの料理を味見して、シャオと似た様な顔をしてるんな」
「……うち味見してないもん」
「珍しいんな~? じゃあ先に私が味見するんな! ミズキ、手が塞がってるから口に入れて欲しいんな!」
「はいはい。あーん」
チサの眼前でキアラの口に魚肉ミートボールが放り込まれる。
「……もうっ! はよ鉱山行こっ!」
急に立ち上がったチサはそう言って、厨房を後にした。
チサのその姿を見ていたキアラは、口の中の物をごくりと飲み込んでから発言する。
「シャオ、チサの事は任せるんな?」
「くふふふ。あ奴にたかる虫等ミズキの料理を食べればどっか行くのじゃ」
「あっは! 確かにそうなんな~。それは私達の共通事項なんな!」
キアラはそう言ってくすりと笑う。
そんな中ドマルは瑞希に話しかけていた。
「ミズキ、怪我しない様に気を付けてね。父さんの事も時間が解決するかもしれないしさ?」
「チサが急に怒りっぽくなったのも原因は同じかもしれないし、鉱山を調べる事に越した事はないさ」
「僕も市場を歩きながらそれとなく話を聞いて来たんだけど、父さんとまではいかなくても、怒りっぽくなってる人はいるみたい」
「それって共通点とかないのか?」
瑞希の質問にドマルは首を振る。
「仕事も年齢も性別もバラバラで、食べてる物だって家庭によりけりだって」
「王都みたいにはいかないか……。わかった。とりあえず俺はチサの様子を見ながら、鉱山を探ってみる。屋台を出せるなら何を出すかはドマルとキアラに任せる」
「えぇっ!? だって僕は何の料理が良いかなんてわからないよ!?」
「わははは! 料理が分からなくてもお客さんが喜んでくれそうな物ならわかるだろ? それに前回の屋台で学んだキアラがドマルを手助けしてくれるさ。それに失敗したとしても、この子達にしてみればそれもまた経験だ」
二人の話を聞いていたキアラは嬉しそうにドマルの尻を叩く。
「あっは! ドマル、頑張ろうなんな!」
嬉しそうなキアラの顔を見て、ドマルは気合を入れる。
「うんっ! 分かった! 屋台街の一角は父さんと仕事仲間が共同で権利を持ってるはずだから、父さんを頷かせれば良いって所までは進めておくよ。無茶な注文したとしても怒らないでよ?」
「心配すんなって! じゃあ俺達は鉱山を調べに行って来るから屋台の事は頼んだ。キアラ、買って来た食材は俺も試したいから少しずつ置いといてくれよ?」
「大丈夫なんな! ミズキも早く帰って来て一緒に料理するんな!」
「おうっ!」
親指を立てて返事をした瑞希は、二人に弁当を手渡すと、シャオと共にその場を後にした――。
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