頭も冷やすアイスキャンディー
――部屋に戻った瑞希がまず取り急ぎ作成し始めたのは、先程のピコの実を使った氷菓子作りだ。
瑞希とて自分の料理を初めて口にした者が、どんな反応をするかは予測できているのと、風呂上りで酒が入り熱くなっている頭を冷ますためにも、食べるのに時間のかかる物を選んだ。
「すぐ出来るからな。キアラは二人が喧嘩しない様に見張っててくれ」
瑞希は部屋に戻る途中にある厨房で、料理番の者に金を渡しピコの実を手に入れた。
とげとげしい外皮に包丁を入れ、一皮むけば薄ピンク色の柔らかな果肉が現れる。
その果肉に蟻蜜を加え、風魔法をミキサーの様に使用して細めのグラスに注いで行く。
「果実水ならさっき飲んだのじゃ」
「俺もシャオに一口貰ったけど、甘味が足りなかっただろ? それにこの果物は果肉が美味いと思うんだよな」
「……果肉使うならしゃーべっとにするん?」
「似た様な物だけど、シャーベットだと直ぐに食べ切られちまうからな。今日はアイスキャンディーにするんだ。シャオ、このグラスを魔法で凍らせてくれるか?」
「何故真ん中に棒を差しておるのじゃ?」
瑞希はグラスの中心に、部屋に常備されていた酒を混ぜるために使うであろうマドラーを突き刺し、指で支えている。
「今に分かるさ」
「変な菓子なのじゃ」
シャオはそう言いながらも魔法を使い、グラスを瞬時に凍らせていく。
「……カチコチ」
「後はグラスの周りを少し温めてから、マドラーを引っ張ればアイスキャンディーの完成だ。カチカチに固めてるから舐めながらゆっくり食べろよ」
瑞希はそう言って二人に手渡すと、シャオとチサは嬉しそうに受け取り、ぺろぺろとアイスキャンディーを舐め始める。
「成る程! 冷たい飴の様なのじゃ!」
「……確かにこれやと飴みたいに時間かかる!」
「果肉と一緒に凍らせてるから感触の変化も楽しいだろ? じゃああっちの三人にも渡しに行こうか」
瑞希はそう言ってソファーに座るドマルの元へと歩いて行く。
ソファーに座るテスラはキョロキョロと部屋を眺めていた。
「お待たせ。冷たいお菓子ですので風呂上りには美味しいと思います。ドマルもこれを食べて落ち着けよ」
「ありがとうミズキ」
ドマルは瑞希からアイスキャディーを受け取ると、いつもの様に少し眺めてから口に入れる。
「ピコの実を凍らせたの?」
「蟻蜜を混ぜてな。頭を冷やすには丁度良い菓子だろ?」
瑞希は苦笑しつつそう言って、膝の上に座ろうとするシャオを迎え入れる。
シャオは瑞希の作った菓子を食べつつ、瑞希の膝の上で御満悦の様だ。
「くふふふ」
「シャオの魔法は相変わらず便利なんな~」
「……うちももうこれぐらい出来るもん」
瑞希の横に座るキアラはいつもの様に感心し、チサはプイっとそっぽ向きながら誰に聞こえるでもなく呟いた。
「何怒ってんだ?」
「……別に怒ってへんもん」
瑞希が隣に座るチサの頭を撫でつつ、いつもとは少し違う反応に首を傾げるが、チサ本人はそれを否定する。
「何だこれっ!?」
突如発せられた大声に、瑞希達の視線はテスラに向く。
「ミズキが作った氷菓子だよ。美味しいでしょ?」
「氷!? ピコの実を凍らせてるのか!?」
「落ち着いて食べなって。口に入れとかないと溶けて無くなっちゃうよ?」
ドマルにそう促されたテスラは慌ててアイスキャンディーを口に咥え、頷く。
ドマルの頭はすっかり冷えた様だ。
「それにしても久しぶりだねテス。元気にしてた?」
ゆっくりと話しかけるドマルに、テスラは頷きつつも、目の前の青年が自分の知るドマルよりも大人びて見える事に驚いていた。
「ドマルは行商が上手くいってるみたいだな。じゃないとこんな広い部屋を行商の度に借りないだろ?」
「あははは。さすがに一人だとこんな良い部屋は取らないよ。ミズキと話して寝室が二部屋ある広い部屋にしたんだ。二部屋借りるのも値段はそんなに変わらないからね」
「も、もしかしてそっちの女の子のどれかはドマルの、む、娘なのか!?」
狼狽えつつも何とか言葉を返すテスラに、ドマルは思わず吹き出してしまう。
「違うって。僕はまだ結婚もしてないし、こっちは友人のミズキ。僕の懇意にしている冒険者で、膝の上のシャオちゃんはミズキの妹。茶髪の子はキアラちゃんって言ってウォルカでお世話になっている商会の子で、黒髪の子はチサちゃん。ミズキとシャオちゃんのお弟子さんだよ」
ドマルの説明にテスラはどこかほっとした様だ。
「それよりテス。何で僕の文句を言ってたのさ? 叫び酒で名指しなんて……」
「お前、おばさんとおじさんの事知らずに帰って来たのか?」
「ここに来る前に父さんとは会ったよ。けんもほろろに追い返されちゃったけどね。母さんも居なかったみたいだし、従業員も……。ねぇテス、一体全体うちの商会……いや、うちの両親になにがあったのさ?」
テスラは暗い表情を浮かべつつ、程良く溶けたアイスキャンディーをポキンと折り、咀嚼して飲み込んだ。
「おばさんを始めウェンナー商会の人間は今うちに身を寄せてる。ヴィア商会でも鉱石は扱ってるからね」
ドマルはテスラの話を聞きほっと胸を撫でおろした。
「じゃあ、母さん達は無事なんだね? でも何でそんな事になってるのさ?」
テスラは少し言い辛そうにしつつも、ぽつりぽつりと話し始めた。
「最初はさ、些細な事だったらしいんだ。鉱山に掘りに行った時に怪我をして帰って来たおじさんに、従業員が声を掛けたら怒られたとかね。その時は虫の居所が悪かったんだろうと思ったらしい」
「父さんって昔からそうじゃない? 僕も何度小突かれたかわかんないよ?」
「おじさんはボアグリカ生まれを地でいってるからね、私もそうだろうと思ってたんだけど、日を追う毎に常にイライラし始める様になった。それも些細な事でね。呆れたおばさんがおじさんに怒ったんだけど、その時におじさんは手を出した……」
「嘘でしょ!? 父さんは母さんに対して絶対にそんな事しなかったよ!? それに僕に手を上げたのだって理由はあったし!」
「止めようとしたおばさんに対して烈火の如く罵声を浴びせかけて、頬を叩いたらしいんだ」
「はぁ!? 滅茶苦茶じゃないかそんなの!」
「そう滅茶苦茶だ。おじさんの事は私も昔から知ってるからおばさんの事も在って顔を見に行ったけど、ドマルの言う様に私も出会い頭に怒鳴られた。勿論私も怒鳴り返したけどさ」
「父さんはそれでどうしたの?」
「どうもしないさ。そこらへんに転がってた桶を蹴り飛ばして家に戻って行ったよ」
ドマルは何かを考えるべく、ソファに腰を下ろした。
代わって瑞希がテスラに質問する。
「最近変な人が街に出入りしてるとかって事はないですか?」
瑞希が思い当たるのは当然魔法至上主義者の連中である。
「特にそう云った話は聞かないね。というより、外から人が集まるのがレンスってもんだ」
「まぁそうですよね。それにドマルの親父さんとは意思疎通は取れてるんですよね……?」
「勿論だ。あの人は自分が何をしているのか理解は出来てるんだと思う。誰彼構わず殴るんなら、文句を言いに行った私を殴らないのは変だよ。私も昔から知ってる仲だしさ」
瑞希は少し考えてから質問を変える。
「後はこの辺で変わった魔物とかいないですか? ドマルから鉱山では冒険者を雇う場合もあるって聞きましたけど、そこに変異個体が出たとか?」
「鉱山で……。そういやウェンナー商会が保有する鉱山は今年、鉱石を回復させるために休鉱山になってるんだよ」
「そっか、今はそんな時期か。でもその間は別の商会の鉱山に行くでしょ?」
ドマルの言葉にテスラが頷く。
「おじさんが入ってた鉱山はロイグ商会が所有する鉱山なんだけどね、その鉱山に入った鉱山夫からは最近変な噂が立ってるんだ」
「噂? どんなの?」
「元々その鉱山に出て来る魔物はやたらと上位種が出てたんだけど、そういう鉱山は他にもあるし、さっきも言ってた様に冒険者を雇うのが普通なんだ。いつもの様に冒険者を雇おうとギルドに依頼をしても顔なじみの冒険者が雇えない。何故かとギルド職員に聞いても一身上の都合としか返してくれないんだ」
「怪しすぎるだろその鉱山……」
瑞希は呆れた様に呟く。
「でも鉱山夫の人達は普通に帰って来てるし、おじさんだってそうさ。冒険者だって戻って来て仕事を続けてる奴もいる。上位種の魔物だと護衛で討伐しても金になるからね」
瑞希はその話を聞き、ポンと膝を叩く。
「よしっ! じゃあ冒険者組はギルドに情報を聞きにいこうか。あわよくば俺達が鉱山に入っても良いしな」
「ちょ、ちょっと待ってよミズキ! まだその鉱山に何かあるって決まった訳じゃないんだよ!? それにミズキ達が危険な場所にわざわざ行く必要なんてないよ!」
「あほ。普段ドマルの世話になってるんだからこんな時ぐらい返させろって。逆の立場ならドマルだってそうしてくれるだろ? それに親父さんが戻らないと屋台の件も話せないだろ?」
「そんなっ!? 確かにそうだけど、父さんが怒りっぽくなったのだって歳をとったせいとか、何か事情があるかもしれないでしょ!」
「それならそれでドマルが説得すれば良いだろ? 説得するのは俺に出来ないしな。それにうちの子はすっかりやる気になってるし……」
苦笑する瑞希がシャオの頭にポンポンと手を乗せる。
「くふふふ! 船の上では暇じゃったのじゃ! 魚介も好きじゃがそろそろ肉が食べたいのじゃ!」
「ってわけだ。それにチサの冒険者ランクも上げてやりたいしな」
「……うちの?」
「あぁ、ザザさんの話してた様に、チサのやりたい事がまだ決まってなくても冒険者のランクが高くなってれば、冒険者として生きてく事も出来るだろ?」
「……うちはミズキ達と一緒に居たい」
「私もなんなっ!」
「あほ。それは居場所であって、やりたい事じゃないだろ? キアラはカレーで商売をする。俺もその内どこかで店を開くだろうし――「……じゃあシャオは?」」
瑞希の言葉を遮り、チサが質問をする。
「くふふふ! わしが居らんでどうやってミズキが料理をするのじゃ?」
シャオはそう言って人差し指に火を灯す。
「……別にシャオやなくても魔法が使えたら誰でもええやん?」
言い返すチサの言葉でピシリと空気が冷える様な錯覚が起きる。
ドマルはちらりと瑞希に視線を送るが、ドマルの視線を捉えた瑞希は小さく首を振る。
それと同時にチサに対する違和感を覚えるのであった――。
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