ドマルの記憶
瑞希一行が宿泊している宿は、地元の住民達が利用できるように温泉だけの利用も可能だ。
そして現在、宿として部屋を借りている一行が、自分達の部屋へ戻ろうと歩いていた通路で、風呂上りにシャオの魔法で冷やした果実水を飲む少女達の前に、怒気を露わにしたロングヘア―の女性がドマルを睨んでいた。
「絶対なんかやらかしただろドマル?」
「やってないよっ! こっちに来てからずっと一緒に居たでしょ!?」
風呂場でドマルを名指しで叫んだ女性と、こうして顔を合わせる事になったのは偶然なのだが、叫び酒という風習で、火照った体に強い酒を何度も飲んだであろう女性は少し酔っていた。
「ドマルの友達なんな?」
果実水を片手に、キアラがドマルの服をつまみながら尋ねる。
風呂上がりでふわふわになった髪の毛を三人お揃いの色違いリボンで束ねるキアラは、紛う事なき美少女だ。
「……ドマル、この果物ってなんて言うの?」
「えっと、これはピコの実っていうこの辺に良くある果物だけど……ひぃっ!」
薄いピンク色の果汁は、ウリ科の果物の様で、メロンの様な風味をしている。
サラサラのチサの髪の毛の上には、主人が風呂から出てくるまで大人しく待っていたイナホが居座る。
主従揃って愛くるしい見た目をしており、主従揃ってじっと女性の事を見ていた。
当の女性は美少女に囲まれているドマルが腹立たしいのか、思わず口を開いた。
「ドマルドマルって、誰のドマルを気安く呼んでやがるっ! ドマルは私んだぞっ!?」
「……そうやったんや」
「あふっ!」
チサとイナホがすぐさま納得しながらドマルに視線を送るが、ドマルはブンブンと首がもげそうになるほどに首を振り否定する。
「違うよっ!?」
「ドマルの客なのじゃからわし等には関係ないのじゃ。さっさと部屋に戻って食事にするのじゃ」
シャオがそう言いながら瑞希の手を引くが、瑞希は泣きそうになっているドマルを放ってはおけない様だ。
「ん~……地元の街なんだから、友達とか知り合いじゃないのか?」
「そう言われても心当たりが……。あの、申し訳ないんですが、人違いでは……ないですよね!? そうですよね!」
女性は唸る様な声を出しながら、今にも飛び掛かりそうな気配で睨みつけていたため、ドマルは慌てて質問を引っ込めた。
「こっちに女性の知り合いなんか……、近所の人はもっと歳を取ってるだろうし……、あっ……いやあの子はこんな綺麗な見た目じゃなかったし……」
ドマルはぶつぶつと呟きながら脳をフル回転させ、レンスの街で過ごした記憶をたどる。
その声は女性にも聞こえていたのか、ピクリと耳を反応させた。
「おい」
「はいっ!?」
「私の事……覚えてないのかよ……?」
「正直に言いますと、僕は幼い時から内気で、あまり同年代と楽しく過ごした記憶がなくて……。小さい頃はガキ大将の様な子に連れ回されてた記憶はありますが……。それに行商人としてレンスの街を出る時も貴方の様な美人な方とは知り合ってなかったと思います」
ドマルはばつの悪そうな表情を浮かべつつも、ゆっくりと言葉を選びながら慎重に返答する。
ドマルの記憶に目の前の女性の姿は欠片もないらしい。
ドマルの言葉に女性は、嬉しいのか悔しいのか良く分からない表情を浮かべながら長い髪の毛を指でくるくると弄ぶ。
「そ、そのガキ大将ってのはどんな奴だったのさ?」
「えっと、僕よりも少し年上の子で、ボアグリカ育ちらしく何でも力で解決する様な子でしたね。日焼けした肌に生傷が絶えなくて……、僕はいつもびくびくしてました」
ドマルは自虐を交え、苦笑しながら自分の幼い頃の記憶を女性に話す。
女性は俯きながら黙ってその話を聞くが、固く握り込む両の手はプルプルと小刻みに震えていた。
「その子には良く泣かされもしましたし、家に帰ると父親からやり返して来いって怒られるしで……。あ、でもその子がいつ頃からか急に優しくなったんですよ! どんな理由があったのか覚えてないんですけど、僕が街を出る時にはやっぱり乱暴な感じに戻ってましたね」
ドマルは記憶を辿り、その子が別れ際にドマルの胸倉を掴み、罵倒され、突き飛ばされた事を思い出した。
記憶にあるその子の怒っていた姿と、目の前の女性の空気感でドマルは何かを察した様だ。
「も、もしかして……テス? テスラ・ヴィア?」
名前を呼ばれた女性はバッと顔を上げて、ドマルの胸倉を両手で掴み、勢いよく前後に揺さぶる。
「何で思い出すのにそんなに時間かかるんだよ!? 一目で思い出せよっ!」
「ちょ、ちょっと待って、僕もさっき叫び酒を飲んだから、揺すられると気持ち悪くなりそう」
ドマルとテスラの間を瑞希が取り持つ。
「まぁまぁ、一旦落ち着いて下さい」
「ていうかさっきから誰だよお前等は? 馴れ馴れしくドマルに近付いてんじゃねぇよ」
酒臭い息を漏らしながら瑞希に顔を近づけ、睨みつける。
その行動にむっとするのがシャオなのだが、それよりも早くドマルが声を上げた。
「テスっ! ミズキは僕の親友だよ!? そうやって酒に酔って絡むのは止めなよ!」
テスラの記憶にあるのは何をしても言い返さず、泣き出すような男の子の温厚なドマルなのだが、久々に出会ったドマルがはっきりと否定の言葉を浮かべた事でテスラは動揺する。
「そう言ってくれるのは嬉しいけどドマルも怒るなって。ていうかお前もちょっと酔ってるな」
「ド、ドマルが私を思い出さないのが悪いんだろ!?」
「分かる訳ないだろ? 最後に見た時は短髪で男より男らしい恰好をしてたのに、久々に見たらこんなに綺麗な見た目になってるんだからさ」
「だ、誰が綺麗だってんだよ!? 変な目で私を見るなっ!」
「別に変な意味じゃないよ。ただ客観的に見てそう思ったってだけだよ」
徐々に大きくなる声に周りの人達も騒ぎの発端を確認しようと集まって来た。
「ドマル、一先ず部屋で話し合わないか? ここだと人目もあるしさ、なっ?」
「ミズキがそう言うなら……」
瑞希の説得にドマルが応じようとした時、テスラがボロボロと大粒の涙を流し始めた。
「わ、私の方がドマルとの付き合いは長いのに! 何でこいつの言う事ばっかり聞くんだよぉ!? ドマルのアホ―!」
「ドマル! 一先ず謝れ! それから移動!」
瑞希とドマルはあたふたとテスラに謝り、テスラを連れて部屋へと移動し始めた。
「ドマルの同郷の知り合いは変わったのが多いんな~」
瑞希よりも少し離れた場所でその光景眺めていたキアラは、誰に言うでもなくそう呟き、瑞希達の後を付いて行くのであった――。
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