船上の冒険者
――水面に浮かび上がって来る、大人の男性を優に上回る大きさの魚影は、何かから逃げる様に一心不乱に船とは逆方向に泳いでいく。
クロツという魔物は、硬い表皮覆われているのか、船底に激突する音が船上に響き渡っていた。
「ミズキ、カエラ様が言うにはこの船の耐久力ならクロツの体当たりぐらいは全然問題ないらしいけど……」
「この音は五月蠅いよな……。それに試食もしてみたいし試しに魔法でも落としてみるか」
瑞希はそう言いながらシャオと手を繋ぎ、少し遠い水面に雷雲を作り上げた。
辺りに眩い光が広がると、遅れて雷音が鳴り響く。
「……魚がいっぱい浮いてきた」
「わははは! 大量大りょ――」
浮かび上がる大魚を眺めながら笑っている瑞希の眼前には、異様な光景が現れ始めた。
「跳びはねてる……というより、飛んでる……よね?」
「飛び魚かよ!? てか何でその体格で海の上を跳びはねられるんだよ!?」
瑞希は元の世界にも居た水面を跳びはねながら移動する魚を思い出していた。
だがそれは掌に収まる様な大きさであり、自分よりも大きな魚が飛び跳ねながらこちらへと向かって来る現在の状況に、ここが異世界である事を再認識させられた。
「魔物なのじゃから魔法を使える個体も居るのじゃ」
瑞希はシャオの呟きを聞き、尾びれから噴出される水魔法を視界に捉えた。
そしてそれと同時にシャオが魔法を使い風の刃を向かって来るクロツの尾を目掛けて放っていく。
空中で尾を切られたクロツは、滑り込む様にして甲板へと落ちて来た。
急に尾を失い、体のバランスが取れなくなったクロツは、ぴちぴちという表現が正しいのかはさておき、瑞希が見慣れたまな板の上に乗せられた鮮魚の様な動きをしていた。
「おぉ~! さっすがシャオ! 頼りになるなぁ!」
「くふふふ! もっと褒めるのじゃ!」
瑞希に褒められ有頂天のシャオは次々にクロツを打ち落としていく。
その数はとても試食するためとは言えない量になってしまう。
「も、もういい! もういい! そんなに取っても食べ切れないって!」
瑞希に止められたシャオは風刃の放出を止め、代わりに氷の壁を生み出しクロツの侵入を阻んだ。
「……でっかい魚やなぁ~」
「あははは……、市場でクロツを見かけた事はあるけど、一度でこんなに仕留めた人は居ないんじゃないかな?」
しげしげと甲板の上に居るクロツを眺めるチサとは裏腹に、シャオの魔法が凄い事を知っているドマルでも、目の前で繰り広げられた惨状には顔を引きつらせていた。
「ふふん! わしにかかればこんなもんじゃ!」
「やり過ぎだって……」
「……さっき言ってた飛び魚って何で魚やのに空を飛ぶん?」
クロツを眺めていたチサが視線を瑞希に戻し、疑問に感じた事を質問する。
「外敵に食べられない様に逃げるためだ。さっき落とした落雷に驚いたクロツは、どこに敵がいるかわからないから身を守るために海から飛び出したんじゃないか?」
瑞希はそう言いながら、甲板に転がるクロツを眺めていた。
シャオに切り落とされた尾先から見える肉質は赤身がかっており、真っ黒な外皮に触れると、ざらざらとしたサメの様な感触だ。
瑞希は尾先から見える身質に、とある魚が思い浮かび顔がにやけていた。
「……うん? でもさっきクロツ達は海の中から上がって――」
そんな気が緩んでいる瑞希とは違い、チサはさらに浮かび上がった疑問に質問を続けようとした瞬間、甲板に溢れるクロツ達目掛けて海の中から巨大な触手が、海の中から何本も飛び出してきた。
クロツの側に居た瑞希の元へ触手が迫って来たが、寸での所で氷の壁に阻まれる。
「チサの方がよっぽど冒険者をしておるのじゃ」
その氷壁を生み出したのは、ショウレイを浮かべるチサだ。
「……にへへ」
呆れるシャオと、瑞希を守れた事が嬉しいチサ、そしてクロツを見て浮かれていた瑞希は気を引き締めて、目的の魔物の姿を視認した。
「そっちかー!」
気の抜ける様な瑞希の言葉が指し示すのはクラーケンの姿だ。
元々瑞希の知識の中でも二つの姿を思い浮かべてはいた。
すなわち蛸なのか烏賊なのかの違いだ。
――ほんまに大丈夫なんやろなぁ!?
水夫達は慌ただしく揺れる船上を走りながら瑞希に確認の言葉を投げかける。
瑞希は船に掛けられた触手改め、クラーケンの足を剣で斬り付ける。
瑞希の左手はシャオの手をしっかりと握っており、剣の刀身は蒼く光り、刀身が少し伸びている。
「シャオ、船が転覆しちまわない内にさっさと仕留めるぞ」
「くふふふ。今夜は御馳走なのじゃ!」
――銛を放てぇっ!
水夫達はその掛け声と共にクラーケンの頭を狙い、放った銛が突き刺さるが、クラーケンは平然としており、更なる足を海から突き出し船に捕りかけていく。
「シャオ、クラーケンの頭を水中からもう少し出してくれ! チサ、大きく鋭い氷柱を待機させといて、両目が出てきたらその中心より少し下に突き刺してくれ!」
「「了解 (なのじゃ)!」」
シャオは返事をするや否や魔法を使ったのか、クラーケンの姿が海からせり上げて来る。
「魚さん魚さん、大きく鋭い氷柱を!」
シャオはクラーケンの真下から水柱を生み出したのか、クラーケンの姿と共に水柱が沸き起こる。
「良く狙えよチサ!」
「……お願い!」
瑞希は剣を振るい、クラーケンの足を切り落としながらチサに合図を送る。
チサの掛け声と共に、金魚の様なショウレイが空中をくるりと回転すると、クラーケンの両目の間に向かって大きな氷柱が迫っていく。
氷柱がクラーケンにずぶりと突き刺さると、クラーケンの姿の一部が白っぽく変化した。
「……やった!?」
動きが鈍くなるクラーケンだが、一矢報いようと思ったのか、動く足を上空から船目掛けて打ち下ろそうとした。
「シャオは、上空の足を打ち落とせ!」
「焼いてやるのじゃ!」
シャオがそう言うと、大きな火球に飲み込まれた足は勢いを失い、魔力で刀身を伸ばした瑞希の剣はクラーケンの急所を深く切り裂いた。
「惜しかったなチサ?」
「……むうぅ。初めての相手やもん」
クラーケンの全身が白っぽくなると動きが止まり、船に絡みついていた足はだらりと力が抜けた様だが、吸盤で張り付いたままになっていた。
「良くクラーケンの急所なぞ知っておったのう?」
「蛸も烏賊も俺に取っちゃ慣れ親しんだ食材だからな。にしても、烏賊を食べる気だったのに、取れたのが蛸ってのも皮肉なもんだな」
――クラーケンはもう大丈夫なんか?
「もう〆てあるので大丈夫だと思います。蛸なら頭から足まで美味いんですけど……このでかさじゃ船が沈みますよね。仕方ないから船に張り付いてる足だけで我慢しておきます」
水夫にそう説明する瑞希だが、それでも充分な量が確保できる大きさなので概ね満足していた。
「くふふふ。クラーケンとクロツでどんな料理が出来るか楽しみなのじゃ!」
「……いっぱい魔力使ったからお腹空いた」
「まぁとりあえずお疲れさん!」
瑞希は二人の頭に手を置きそう労った。
二人の少女は嬉しそうに瑞希の顔を見上げながら微笑む。
「す、凄い戦いだったね……」
キアラを部屋に寝かしつけたティーネが、英雄の戦いを見るために船内からこっそりと瑞希達を覗いていた。
「あはは。出来れば歌にするのはしないであげて下さいね?」
「でも歌いたいね! 曲が、歌が降りて来たね!」
ティーネはもどかしそうな表情でドマルに迫る。
「あははは、ミズキの事だからこの後は宴会になるので、船内だけの秘密って事なら良いと思いますよ?」
「すぐに取り掛かるね! 皆―っ!」
ティーネはそう言って、船内に避難していた団員の元へと走って行くのであった――。
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