ドマルの仲裁
――翌日。
ミーテルの港には、漁船や連絡船等が停泊しており、船を出せないでいる水夫達が暗い顔で溢れている。
そこで何やら一人の女性が声を荒げていた。
「――約束が違うね! 今日には出ないともう間に合わないねっ!」
――だから無理やっちゅうとるやろ! クラーケンに襲われでもしたらどうするんや!
十数名の団体の代表なのか、一人の女性が恰幅の良い水夫に食い下がるが、水夫は女性に諦めろと告げるとその場を離れた。
「誰か船は出せないんね!? 私等が乗れたらどんなに小さな船でも良いんね!」
――無理に決まってるやろ。
――状況を考えろや。
――わい等かて船出したいわ。
「誰かいないんね……? 頼むんね……最後の公演なんね……」
通り過ぎゆく水夫達は、煙たそうに女性の言葉を否定する。
女性を始め、仲間の人間達もどうにかならないかと、しつこく水夫に頼み込むが、水夫達は手を払う仕草をしながら一団を遠ざけた。
女性は途方に暮れながら港を歩いていると、一艘の船の周りでは水夫達が慌ただしく働いていた。
それに目を付けた女性は藁にも縋る思いで、大きな船を見上げている子連れの男に声を掛けた。
「この船は今からどこに向かうね!?」
「――ん?」
「なんじゃこやつは?」
男の陰から現れた少女が敵対心を露わにしながら女性を睨みつけた。
その女性は茶髪で前髪が隠れており、細く華奢な体つきで表情は分かりにくいが、いかにも困り事を抱えている雰囲気に見舞われている。
女性に声を掛けられた男は、睨みつける少女の頭に手を置き一撫ですると、女性に返答した。
「この船は今からボアグリカ地方に向かうんですけ――「ボアグリカ!? レンスの街に行くね!?」」
「ミズキの話を遮るとは良い度胸なのじゃ!」
「はいはい。そんな事で怒るな」
ミズキはシャオの体を持ち上げると肩へ担いだ。
瑞希はシャオを肩車しながら女性の質問に答えた。
「レンスの街に行くのは行きますが、その前に俺達は途中のクラーケンの討伐をしに行くんですよ」
「ク、クラーケンを倒せるね!?」
「無理そうだったら逃げ帰ろうと思ってますけどね」
瑞希が苦笑しながら答えていると、シャオが瑞希の頭を軽くポコポコと叩く。
「逃げる必要なんかないのじゃ! クラーケンなんぞ一撃なのじゃ!」
「舐めてると食べられるぞ~? 最近でかい魔物とも戦ってないし、危険はない様にしなきゃな」
「逆に食ってやるのじゃ!」
「わははは! 美味いと良いよなぁ! 新鮮だったら刺身でも良いかもな……ってこら、二人共揺らすなって!」
呑気そうに話す瑞希とシャオの側には、いつの間にかまたも新たな少女が二人現れ、瑞希の腕を掴み揺らしていた。
「……シャオばっかずるい!」
「偶には私にも譲るんな!」
「お前等何回この件をやるんだよ! イナホもはしゃぐな、飛びつくな!」
「あふっ!」
楽しそうにする面々を見たイナホが、チサのフードから瑞希の顔へと飛びつきへばりついた。
シャオのさらりとした毛並みとは違う、モフモフとした毛並みと、柔らかな肉球の感触にこれはこれで悪くないと思っていた矢先に、瑞希の爪先に痛みが走る。
「キュー!」
「いだぁっ!」
いつまで人前で馬鹿やってんのよ恥ずかしい、と言わんばかりの鳴き声を放った愛馬であるモモが、ミズキの足先を踏んだようだ。
「……モモからも代わるように言って」
「次は私が乗りたいんな!」
「キュイ~……」
そろそろ止めないとモモちゃんが怒るよ、と自信なさげな声をボルボが鳴くが早いか、先程の女性が興奮した様子で瑞希に詰め寄った。
「もしかして子連れの英雄ね!? ミズキ・キリハラ! 銀級冒険者のっ!」
同じ様な事が少し前にもあったなと、瑞希は溜め息を吐きつつ答えた。
「……それです。英雄なんてのは名ばかりですし、冒険者も片手間にやってるだけですけどね」
「本物ね! 一度会ってみたかったね! 良かったら握手して欲しいね!」
瑞希に会えたのが余程嬉しいのか、女性が口角を吊り上げながら勢い良く手を差し伸べると、瑞希は思わず手を握り、女性と握手を交わす。
「冒険者……の割に変わった手をしてるね? 確かに剣も握ってるみたいだけど、体躯や立ち方も……」
女性は握手をしながら、瑞希の分析する様に呟いていた。
いつまでたっても手を離す様子のない女性に腹を立てたシャオが、小粒の風球を女性の額に投げつけた。
「いたぁっ!」
「小娘がいつまでもじろじろとミズキを見るでないのじゃ!」
シャオが額を押さえながら涙目になる女性に一喝をしていると、瑞希の元にドマルがやって来た。
「ミズキー! もう出発する……どうしたの?」
シャオの頭をぐりぐりと拳で締め上げる瑞希と、言い訳をするシャオがそこには居た。
「痛いのじゃ~! わしは悪くないのじゃ~!」
「知らない人に危害を加えるのは悪い事だろ~!」
「だ、大丈夫ね。吃驚はしたけどもう痛くはないね」
女性がそう言いながら瑞希を制止すると、瑞希は深々と謝る。
「こやつがミズキを舐め回す様に見るのが悪いのじゃ! もし敵じゃったらどうするのじゃ!」
「あ~ほ~! そのせいで敵を作ってたら元も子もないだろ!」
「ま、まぁ何があったかは大方わかったよ。シャオちゃんはミズキを心配したんだよね?」
「……そうなのじゃ」
こめかみを押さえる涙目のシャオは、ドマルの言葉をすんなりと肯定する。
「でもミズキもシャオちゃんが初対面の人に嫌われる行動は良くないと心配したんだよ。ミズキの事が大好きなシャオちゃんならその気持ちも分かってあげられるよね?」
「お主に言われなくてもわかるのじゃ!」
釣れない態度でシャオはドマルから視線を外す。
「あはは。それと、ミズキもシャオちゃんにもう少し手加減してあげなよ?」
ドマルの優しい瞳に、瑞希は熱くなっていた頭を冷やした。
「はぁ……わかった。痛くして悪かったよシャオ。すみません急に攻撃して……」
「わしも悪かったのじゃ……」
兄妹は仲良く女性に頭を下げる。
「はい! これで仲直り! で、そろそろ船が出るから乗り込むよ」
ドマルが手を一つ叩くと、先程迄の空気を一変させる。
ドマルの言葉に当初の目的を思い出した女性がハッと我に返り食い下がって来た。
「そうね! 船ね! お願いだから私達も船に乗せて欲しいね! 今日にでもレンスに向かわないと約束の期日に間に合わないね! 頼むね! お礼は絶対するね!」
女性が言葉を発しながら地に頭を付けそうになる勢いで頭を下げようとしたので、ドマルが慌てて止めに入った。
「そ、そんなに頭を下げなくても話は聞きますから! それにレンスには向かいますけど、僕達は道中にも目的があるので通常の航路とはずれますよ?」
「それでもね! 今から陸路で行くよりも早く着くね! 今回が最後の公演なんね!」
「ど、どうしよう……?」
ドマルは視線を瑞希に移し、助けを求める。
「ドマルが決めて良いんじゃないか? この船はカエラさんがドマルだからって出してくれたんだろ? ドマルが何を乗せようとも怒られないだろ?」
「キュイ!」
ボルボが女性の匂いを嗅いでから一鳴きすると、ドマルは軽くボルボを撫でた。
「じゃあ乗りますか? この港に戻って来るかもしれませんし、最悪クラーケンに襲われてしまうかもしれませんよ?」
「構わないね! お客さんを悲しませるぐらいなら死んだ方がましね!」
「じゃあ今から乗り込みますから、お連れの人達を急いで呼んできてください」
「わかったね! 本当にありがとねっ!」
ドマルにそう告げると、女性は急いでその場を離れ、仲間達を呼びに行くのであった――。
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