ビーターと菜箸
モーム牧場にやってきた瑞希達は重たそうな耕運機を引っ張っているモームを目の当たりしていた。
「え? あれがモーム? 初めて見た時と印象が違うんだけど……」
「モームは普段のんびりしているのですが、引っ張る力が強いんですよ!」
「それはドマルにも聞いてたんだけど……あぁ! だからあんなに肉が固いのか!」
「モームのお肉はもう食べたんですか?」
「めちゃくちゃ美味かったのじゃ!」
「えぇ!? すごく固かったでしょ!?」
「ミズキの作るはんばーぐなら柔らかくてジューシーじゃったのじゃ!」
シャオは昨日食べたハンバーグを思い出すと、じゅるりとよだれを啜った。
「まぁそういう料理もあるんだよ。俺の故郷じゃ女の子が作る人気メニューだったよ」
「私にもその作り方を教えて下さい!」
ミミカは瑞希の言葉を聞き、食い気味に要求する。
「作る機会があったら教えるよ。今はそれよりモーム乳だ! すいませーん! モームの乳って分けて貰えますか~!?」
遠くの方に居た牧夫に声をかけた。
「おお~! 昨日の旅の人か~い!? 今そっち行くから待ってんさい~!」
牧夫はモームを連れながらゆっくりと歩いてこちらにやって来る。
「ムームー」
連れられたモームは牛の鳴き声とは少し違う鳴き声の様だ。
「待たせたね~? なんだい? モームの乳が欲しいんかい?」
「はい! 小樽を一樽で良いので買わせて頂けますか?」
「あははは欲しけりゃあげるよ~! その代わり肉も買わないかい? 最近保存食の塩漬け肉も干し肉もあんまり売れないから余っちまってんのさ~。もちろん生肉でも良いよ~?」
「じゃあ生肉と塩漬け肉を買います!」
「本当かい? ならおまけするから大量に持ってってよ~?」
「お安くしてくれるなら!」
「親方~!」
牧夫と会話をしていると、小樽を乗せた荷車を転がす別の牧夫が近づいて来た。
「おぉ~! 調度良かった! その樽を一つこの兄さん達に分けてやって~」
「いや、それが……他のは問題ないんですが、この樽だけがまたドロドロになってて…」
「あちゃ~またかい? じゃあそれは捨てと……「それ! 見せて下さい!」」
瑞希はドロドロという言葉に反応して思わず会話に割り込んでしまう。
親方と呼ばれる牧夫に小樽を渡されると、瑞希は匂いを嗅ぐ。
「これって、そこにある他の乳と一緒の時期に絞った物ですか?」
「そうだよ~? たまぁにこうやってドロドロになっちまうんだよ~。気持ち悪いんで捨ててるけどな~」
「ならこれも頂いて構いませんか!?」
「別に良いけど、それを食べて腹ぁ壊したりしねぇでくれよ~?」
「危なそうだったら捨てとくので安心してください」
「なら肉は固まりから捌くから、一緒に運んどいてやるよ~。タバスさんとこに泊ってんだろ~?」
「ありがとうございます!」
瑞希は金を渡すと牧夫に別れを告げた。
「いや~! 運が良かったな!」
「何かあったんですか?」
「モームの肉自体も安かったけど、モーム乳がドロドロになったって言ってただろ? 確認してみたけど腐ってる訳でもなかったし、運よく乳酸菌が混じってたんだろうな!」
「そのにゅうしゃんきんとはなんじゃ?」
「乳酸菌な。発酵に使われる菌で、モーム乳に混ざるとああやってドロドロに……つまりヨーグルトになるんだよ!」
「あれって食べられるんですか?」
「昨日のドマルと会話で運が良かったらって言ったろ? もちろん食べられる! けど問題はそのまま食べてもあんまり美味しくないって事だ。 結構酸味もあるからそのままじゃあ食べ辛いんだよ」
「ではどうやって食べるんですか?」
「一番簡単な方法は砂糖を混ぜるんだけど、砂糖……高いからな……」
「砂糖はどーなつに使うのじゃ!」
「まぁ当分は料理にでも使うよ。砂糖を使うって言ってもそんなには使わないから安心しろよ」
シャオは瑞希に頭を撫でられると安心したのか、瑞希の空いている片方の手と繋いだ。
牧場の帰りに金具屋によると注文していた品が出来ていた。
「待たせたのう! こんな感じになったがどうじゃ?」
「想像通りですよ! 菜箸の方も持ちやすい!」
「ほっほっほ! たいしたもんじゃろ?」
「はい! ありがとうございます!」
瑞希はビーターと菜箸を渡されると、そのままシャオとミミカにも一本ずつ中サイズのビーターを渡す。
「二人とも料理に興味を持ってくれたみたいだし、これは俺からのプレゼントだ!」
「えぇっ!? 良いんですか!?」
「やったのじゃ~!」
「これは液体の物とかを混ぜる時に使うもんだ。卵とか、ドレッシング、マヨネーズもこれで作れる様になる! 今日教えた物はほとんど作れるよ!」
シャオはブンブンとビーターを振り回しているが……
「(ミズキ様にプレゼントされちゃった~!)
テミルは瑞希から初めて物をもらったのが嬉しかったのか、テミルに渡すサンドイッチの箱と一緒に抱きしめていた。
「こっちの木の棒はどうやって使うもんなんだ?」
「あぁこれはこうやって……」
瑞希は菜箸を持つとカチカチと開いたり閉じたりして見せた。
「はぁ~器用に使うもんだ。マリジット地方の奴等が使うとは聞いてたがそうやって使うんか」
「菜箸を? マリジット地方では箸を使うんですか?」
「いや~? 人に聞いただけだからそういうもんがあるって噂を聞いただけだ」
「(そう言えばタバスさんの所で嗅いだ酒の匂いも……)」
「それで他の鍋とかはどうするんじゃ?」
「え? あぁ、じゃあとりあえずはこれとこれ……こっちはまだ当分使わなさそうな大きさだから……これも下さい!」
「毎度あり! 全部で5万コルってところだな!」
「やっぱり砂糖の方が高い……」
「何だぁ? 砂糖まで買って来たのか? 呆れるぐらい料理好きなんだな?」
「ミズキがどーなつとやらを作ってくれるのじゃ!」
「どーなつ? 聞いた事もない料理だな! どんな料理なんだ?」
「わしもしらんのじゃ! でもきっと美味いのじゃ!」
「食べてのお楽しみだな! お爺さんもありがとうございました!」
「構わんよ! また作って欲しいもんがあったら言ってくれ」
瑞希は一通りの鍋やボウル、ザル等、調理に使える物を購入した。
「また荷物が……シャオ、調味料持ってくれ」
「しょうがないのう」
「私が持ちますよ!?」
「ミミカはそのサンドイッチをテミルさんに届けなきゃならないだろ?」
瑞希は微笑みながらそう言った。
「昨日の今日で悪いけど、もうお別れなんだから、ミミカからサンドイッチを手渡さなきゃな!」
「……はい!」
ミミカがサンドイッチの箱をぎゅっと抱えると、テミルのいる冒険者ギルドへ向かうのであった――。