パンナコッタと早朝の事件
――目を輝かせながら白く濃厚で、滑らかな口当たりの不思議な菓子をはしゃいで口にするのは、瑞希に懐いていた兄妹だ。
厨房で瑞希の作り出したモーム乳のスープを食べ終えた料理番の者達は、兄妹を始めその菓子を話題に盛り上がっていた。
高価な砂糖を普段から口にしていない事もあるが、それ以上に官能的な食感と、濃厚でクリーミーな味わいに驚かされたからだ。
瑞希が今回のデザートで使った凝固剤は卵ではなく、スライムから作り出した寒天である。
スライムと聞いた時は怪訝な表情を浮かべる者も居たが、冷やして固まる菓子を見た者達からは驚きの声が漏れていた。
その時に味見役にかって出たのが兄妹の母親なのだが、隣で瑞希の事を話題にはしゃぐ子供達の顔を見ながら、自分を救ってくれた人達への感謝をするのであった――。
◇◇◇
――早朝。
コバタにあるカルトロム城の一室では、昨夜のムージのあしらいに疲れた瑞希が目を覚ました。
全員が寝泊まり出来る様な広めの部屋で、昨晩もいつも通りシャオのブラッシングをしてから布団に潜り込み、シャオは人姿の状態で瑞希の布団の上からへばりついていた。
そして現在。
目を覚ました瑞希は、体を起こそうとした時に両隣からも聞こえて来る寝息に溜め息を吐いた。
「あはは、大変そうだね……?」
そう声を掛けたのは既に起き上がっていた瑞希の友人、ドマルだ。
「やっぱり部屋を分けて貰った方が良かったな」
「モンドさんが見たら怒鳴ってきそうだよね? いや、ミズキが相手なら喜ぶか……」
ドマルはそう言いながら水を入れたグラスに口を付ける。
「あほな事言ってないで、こいつ等を布団からどけてくれ。こんな所を誰かに見られたら変態扱いを――「お早うさん! ミズキがここに居るって聞いたんやけどおるかぁ!?」」
大声を上げながら荒く部屋の扉を開けた男は、その勢いのままずかずかと部屋の中を闊歩する。
そして美少女と言って差し支えのない少女三人にまとわりつかれている瑞希を見てから、大きく息を吸った。
「ミズキー!? お前手ぇ出すんは成人してからにせぇ言うたやろー!?」
その声に反応したチサが、がばっと体を起こし、手元に在った枕を勢いよく投げる。
「……おとんうるさい! ……おとん?」
チサは寝起きで覚醒しない頭を働かせつつ、寝惚け眼を擦りながら現状を把握する。
チサが体を起こした事で、瑞希も慌てて起き上がる。
ミズキにへばりついていたシャオと、チサの近くで寝ていたイナホは、同じ様な欠伸をしていた。
「ザザさんが何でここに!?」
「俺の事よりもお前がどないなっとんねん!?」
「……ほんまにおとんやん。どないしたん?」
「あふ~」
イナホはチラリとザザを見てから、呑気に伸びをする。
どうやらチサと似た匂いを感じ、敵ではないと認識した様だ。
だがシャオは違う。
大好きな瑞希の上で寛いでいたのを邪魔されたシャオは、問答無用と言わんばかりにザザの額に風球をお見舞いすると、布団の上に座る瑞希に体重を預け、瑞希に頭をぐりぐりと押し付けた。
「ザザさん!? ザザさぁ――」
瑞希の問いかけは、気を失ったザザには届かなかった――。
◇◇◇
「――寝込みにいきなり来たこやつが悪いのじゃ」
後ろ髪を赤いリボンで束ねたシャオは、チサの糠漬けを食しながらそう呟く。
「……おとんはいつでもうるさいからなぁ」
以前より少し髪が伸びたチサは三つ編みを青いリボンで括り、久々に再会した父を前にしても、シャオの言葉に納得しながら味噌汁を啜る。
「これがチサの故郷の料理なんな!」
目の前の和朝食に目を輝かせているのは、オレンジ色のリボンで溜めたサイドテールを揺らすキアラだ。
キアラは眠りが深いのか、今朝の騒動も起きたら見知らぬ親父を瑞希とドマルが慌てて介抱していた事に首を傾げていたぐらいだ。
「お前なぁ~……知らん奴があんな所見たら子連れの英雄やなくて、変態かなんかやと思われんで?」
チサの父親であるザザはそう言いながら、ふっくらと炊きあがったペムイをガツガツと口に入れる。
「こいつが小娘共を連れ回してるのはいつもの事だろ?」
ザザの言葉に乗っかるのは、何故か瑞希達と食事を共にしているムージだ。
「誤解だっ! シャオはともかく、チサとキアラは寝る時に自分の布団に入ってただろ!?」
「寒かったから仕方ないんな」
「……そう。イナホだけやと風邪ひくかもしれんかった」
「あふっ?」
チサの側で食事をしていたイナホは、自分が呼ばれたかと思い反応するが、チサが一撫ですると食事を続けた。
「だったら今後はシャオも一緒に三人で一つの布団に入れよ……」
「ふざけるでないのじゃ! わしは関係ないのじゃっ!」
「……シャオだけとかずるい」
「兄妹仲良く寝るのは良い事なんな」
三人娘は文句を言いつつ食事を続ける。
ドマルは卵焼きに添えられたデエゴを下ろした物にジャルをかける。
「あははは。所でどうしてザザさんがここに? ヤエハト村の村長が出かけてても良いんですか?」
「あぁ。ウィミルの嬢ちゃんにこっちでペムイの作り方を教えたって欲しいって頼まれてたやろ? ヤエハト村の収穫はとっくに終わってるさかい、独り身の俺が動いた方が楽やからな。その内チサも顔出すやろうと思っとった所に、瑞希達が来とるって聞いてな。んで会いに来てみればこれや」
ザザはそう言いつつ溜め息を吐いた。
「……一緒に寝てただけやん?」
「あほぬかせ。ミズキが変態やったらお前襲われとんぞ?」
「襲うかぁっ!」
ザザの言葉に瑞希が大声を上げて反論する。
「んん? 何でミズキがわざわざ仲間を襲うんな?」
純粋なキアラは首を傾げながらザザに視線を向けるが、ザザはふいっと視線を逸らす。
「ひ、久々にミズキの飯を食うたけど、やっぱ美味いなぁ! デエゴも味が良ぅ染みとる!」
柔らかく出汁で煮込まれたデエゴに箸を付けながらザザは話を逸らす。
「誤魔化すぐらいなら、変な発言しないで下さいよ……」
瑞希はそう言いながら、箸を握り食事を再開する。
当のキアラとチサは相変わらず首を傾げていた。
「貴様……アリベルに手を出したら……」
ムージがそう言いかけた所で、瑞希が左手でシャオの頭に手を乗せ、先程シャオがザザの額に食らわせた様な風球をお見舞いすると、ムージは椅子と共に倒れた。
「貴様っ! 何をする!?」
「……ちっ。頑丈な奴め。お前があほな事を言うからだ」
「俺は一応コバタの領主で貴族だぞ!?」
「知るか。もうムージに気を使う必要もないし、友人の弟があほな事を言ってたら兄貴に代わって叱るのも大事だろ」
瑞希はムージにそう告げると、器に残っていた味噌汁を飲み干した。
「なんや暫く見んうちにミズキもこっちにすっかり溶け込んどるみたいやな? チサも楽しそうにしとるし、おまけに同年代の友人も増えたみたいやしな」
「ミズキの周りには知らず知らずに幼子が集まるのじゃ」
「その筆頭がお前じゃねぇか……」
瑞希はそう言いつつ食事を終えたシャオの汚れた口回りを布で拭う。
「わしをこやつ等と同じにするでないわ。お主が誰彼構わず甘い顔をするから幼子達がつけあがるのじゃ」
「……誰が幼子や」
「この中じゃ私が一番お姉さんなんな!」
「わしは認めとらんのじゃ~」
三人の少女は今日も他愛ない言い合いを始める。
瑞希からすればシャオも内心ではどこか楽しんでる様に見える為、本当に喧嘩をしていない限りは仲裁に入る事もない。
「この感じやとチサの旅が終わるんはまだまだ先みたいやな?」
ザザの言葉に反応したのはチサだ。
「……ん。まだ帰るつもりない」
「そうか。まぁミズキが迷惑やないんやったら別にええけど、お前も言うてる間に成人や。将来の事も考えとけ。いつまでもミズキ達と旅をしてる訳にもいかんやろ?」
「……そうなん?」
チサはちらりと瑞希に視線を送る。
「そりゃそうだ。チサが一人前になったらやりたい事とか、やらなきゃいけない事もあるかもしれないだろ? その時に俺達が手伝えるかはわからないからな」
「くふふふ。わしはミズキが作る美味い物を食べれれば良いのじゃ!」
「シャオはまぁ……。一人でもやっていけそうだよな」
「どういう意味じゃ!? もしやわしから離れるつもりなのじゃ!? そんな事は絶対に許さんのじゃ!」
シャオはそう言って瑞希に飛び掛かる。
それを見たチサとキアラも瑞希に飛び掛かると、椅子は倒れ、瑞希はもみくちゃにされてしまう。
瑞希は今回の旅の先行きに不安を覚えるが、瑞希の想いとは裏腹に、傍から見た少女達は至極楽しそうに思えるのであった――。
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