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教え子達のスープカレー

 ――コバタにある領主が住まう城、今ではカルトロム城と名乗っている城の厨房で三人の少女達が頭を捻った結果、カレーを作る事にした様だ。


 シャオとチサは鶏ガラを煮込んで根本となるスープを作り、要の香辛料を組み合わせているのは、カレー作りを毎日していたキアラだ。


「出来たんな!」


「こっちも出来たのじゃ。して、どんなかれーを作るのじゃ?」


「ふっふっふ! ばたーをたっぷり使ったかれーなんな! でもこの間のミズキの料理を聞いてから試してみたくなった作り方をしてみるんな!」


 キアラはそう言いながらオオグの実やケルの根を擦り下ろして、いつも通りのカレー作りを進めて行く。


 瑞希は厨房の料理人達に簡単な乳製品のレシピを教えながら、三人の少女達を見守っている。

 そんな折、瑞希が服を引っ張られる感覚に、後ろを振り返ると、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら自身の存在をアピールする兄妹に視線を合わせた。


「おぉ! 少し大きくなったか? あれから御飯はちゃんと食べれてるか?」


「うんっ! お兄ちゃんあの時はどうもありがとう! ほらっ! お前も!」


「ごじゃーます!」


 少年が妹の背中に手をそえると、妹は促されるままに頭を下げる。


「わははは! その様子だと良い兄貴をしてるみたいだな! 今日はどうした? 確か父ちゃんと母ちゃんとは会えただろ?」


「ママならさっきからお兄ちゃんに御料理を習ってるよ?」


「へ?」


 少年が指を差した先で、先程から瑞希の説明を熱心にメモ書きしていた婦人と目が合う。

 瑞希が軽く会釈をすると、再び兄妹に服を引っ張られた。


「でね、でね! お兄ちゃんが食べさせてくれた料理がもう一度食べたいんだけど、ママも誰も作り方が分からなかったの……」


「そっかそっか。なら今から一緒に作ろうか? ペムイがコバタで出来るのはもう少しかかるかもしれないけど、同じ様な味付けのスープなら作れるぞ」


「本当!? ママでも作れる!?」


「料理は材料さえあれば誰でも作れるさ!」


「男だけど僕でも作れるかなぁ?」


「勿論! 料理を作るのに性別なんか関係ないさ。俺だって男だろ? それじゃあ今から実演するので、皆さんも一緒に作りましょうか」


 瑞希はそう言いながら材料を取り出し調理にかかる。

 兄妹は瑞希の側から離れず、中でも少年は目を輝かせながら瑞希の調理を見守っている。

 瑞希が簡単な野菜の皮むきを少年に頼むと、少年は喜んで手伝いをし始めた――。


◇◇◇


 ――夕食時。

 ムージ達の前に置かれているのは、カレーと言うにはとろみが少なく、スープで煮込まれているのは鶏肉ぐらいで、具材が殆ど入ってない代わりに火を通した野菜がスープの上に乗せられていた。


「ふっふっふ! これが新しいかれーなんな!」


「(キアラは本当に色んな事を吸収してすぐにカレーにアレンジするな)」


 瑞希は心当たりのあるそのカレーを目にして、嬉しそうに心の中で呟く。

 ムージは食べた事のないカレーという料理を前に、少しがっかりした様子だ。


「何だ、かれーというのは鶏肉を使ったスープの一種か?」


「違うんな! かれーには色んなかれーがあるんな! 今回のかれーは乳製品のばたーをたっぷり使って作ったんな!」


 キアラがカレーという物が何かと演説を始める中、瑞希は使用人の一人に何かを頼む。


「――という事で、私がかれーと名乗れば何でもかれーなんな!」


「わかったわかった。長い演説で折角のスープが冷めてしまうから先に食わせろ」


 ムージはキアラの言葉を遮り、器に匙を入れ、スープに口を付ける。


「――熱っ!……なんだこれは!? それに辛いぞ!?」


「そんなに辛くしたつもりはないんな? 大人なら平気で食べれるぐらいの辛さなんな?」


「僕は全然大丈夫かな?」


「……うちも平気」


「わしは無理じゃ」


 ドマルとチサは平気そうにしており、シャオは元々辛いのを食べるつもりがなかったため、キアラが別に作った辛くないスープをふうふうと冷ましながら口を付けている。

 その隣でスープの味を確かめた瑞希は、どこか納得した様に頷いていた。


「辛くて味が分からん! ミズキ! 元からお前が作っていればこんな事にはならなかっただろう!?」


「でもチサは平気で食べてるんなっ!」


「はいはい。喧嘩しない。ムージは香辛料の辛みに慣れてないだけだ。ムージに以前作ったペペロンチーノのは気に入ってたからトッポは大丈夫だと思ったけど、王都の方じゃあまりトッポ自体も使ってなかったしな。それにカレーは他にも色んな香辛料を使うから、慣れてる俺達はそこまで辛く感じなくても、ムージにしたら少し辛いかもしれないな。でもこのスープカレー自体は良く出来てるぞ? 野菜を素揚げしたのはキアラの考えか?」


 二人の間に入りながらキアラが初めて作った筈の料理名を口にする瑞希に、キアラが反応する。


「……もしかしてミズキはこのカレーも知ってたんな?」


「あんまり食べた事はないけどな。雪国が発祥の料理だ。キアラはムージに香辛料の味を知って欲しかったから具材を別にしたんだろ?」


「そうなんな! それにこの前ミズキが野菜を揚げると甘みが増すって言ってたから試してみたんな!」


 キアラは嬉しそうに何度も頷きながら瑞希の質問に答える。


「バターをたっぷり使ってるからスープの表面には油膜が張って冷めにくくなってるし、香辛料をたっぷり使ったスープカレーは寒空で働いて来たムージにはぴったりだと思うぞ」


「ゆまく?」


「だが俺には辛くて食えん!」


 聞き慣れない単語に首を傾げるキアラと、腕を組みそう言い放つムージの元に、先程瑞希に言付けを頼まれた使用人が、水差しの瓶に白い液体を入れて戻って来た。


「ムージ、今持って来て貰った生クリームを少しスープに足してみてくれ。そうすれば味がまろやかになって辛味も治まるからさ」


「ふんっ!」


 ムージは使用人から生クリームを受け取ると、とろりとろりとスープに浮かべて行く。

 ムージは器の中を匙で少し混ぜると、もう一度スープを口にする。


 先程は辛さで何も分からなかったが、辛さが隠れると中からは野菜や鶏の旨味が溢れて来た。

 その味に気付けたムージは、辛味を感じる前に何度も何度もスープを口に運ぶ。

 時には柔らかく煮込まれた鶏肉と、時には香ばしく揚げられた野菜と共にスープカレーを口に運んでいると、あっという間に器が空になった。


「わははは! 美味いだろ?」


「あはっ! おかわりはいるんな?」


 師弟揃って人が料理に夢中になるのが嬉しい様で、ムージは似た様な笑みを浮かべる二人の前に器を突き出した。


「ちっ! 似た様な顔で喜びやがって……。おかわりだっ! それと部屋が暑いからもう少し薪を減らしてくれ!」


 ムージはシャツの胸元を少し緩めると、使用人にそう指示を出した。

 瑞希はムージの言葉に軽く説明を入れる。


「そうそう、それも香辛料の恩恵なんだぞ?」


「あん?」


 瑞希とムージの会話に、キアラは器に盛り付ける手を止め、瑞希の言葉に耳を傾ける。


「トッポなんかは辛いから発汗作用があるし、キアラがこのカレーに使った香辛料には色んな作用がある。食欲増進とか、整腸作用とかな。カレーは食べる薬とも言えるから、多忙で疲れてるムージにはオススメの料理なんだよ」


「……そうなん?」


「知らなかったんな……」


「くふふふ。ミズキの事じゃからそこまで考えてキアラに作らせたのじゃろう」


 瑞希の説明を他所に、三人の少女はこそこそと話していた。


「それにキアラの調理方法も良かった。熱いスープなら直ぐに体が温まるだろうし、そのスープ自体もバターをたっぷり使ってるから冷めにくくなってたしな」


「それなんな! ゆまくってなんな?」


「名前通りに油の膜だ。水分が冷める時に蒸気が出るだろ? その蒸気は水分の表面から放出されるんだけど、バターの油でその表面が覆われて蒸気が出れなくなってるんだ。だからスープは冷めにくくなるし、キアラがカレー愛を語っててもあまり冷めなかったんだ」


「かれー愛とは照れるんな~」


「キアラちゃんのかれーは本当に美味しいよね」


 照れるキアラにドマルが賛辞を贈る。


「こうやって漢方薬でもある香辛料をしっかりと摂取したなら、ムージも今日はぐっすりと眠れて疲れも取れる筈だ。それにムージの好きな甘い物も作ったから食後にでも出すよ。キアラならカレーを作るって思ってたし、冷たくて胃にも優しいのを作ったからな」


「なんじゃとっ!? そんな物いつの間に作っておったのじゃ! わしの分もあるんじゃろうな!?」


「わははは! この時期は魔法を使わなくても冷やす為の雪がいっぱいあるからな。シャオ達を驚かそうとこっそり作っといたんだよ」


「うぬぬぬぬ! わしとした事が気付かんかったのじゃ!」


「ここの料理番の子供達と一緒に作ったからな。けど簡単な物だぞ?」


「簡単でもミズキの甘味は食べたいのじゃ! 早く出すのじゃ!」


「デザートはキアラのカレーを食べ終わってからな。というわけでキアラ、俺にもお代わりをくれ」


「喜んでなんなっ!」


 瑞希の差し出す空の器を見て、キアラは嬉しそうに返事をするのであった――。

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