辛みダレと回鍋肉
口を押え、涙目になりながらくぐもった声で瑞希に何かを訴えるサランの姿を見た瑞希は、軽く謝罪しながらシャオと手を繋ぎ、魔法で氷を生み出した。
サランの口にその氷を放り込むと、サランは氷の冷たさで痛みが麻痺したのか、落ち着きを取り戻した。
瑞希はクルルからマーマレードを拝借すると、素早くマーマレードを混ぜたラッシーを作り上げ、魔法を使って生み出した氷を入れ、キンキンに冷やしてからサランの前に差し出した。
「何を御土産にしたんですかぁ!?」
サランは瑞希に文句を言いながらも、目の前に差し出されたラッシーを口に運ぶと、飲みなれた筈のラッシーは、柑橘類の甘さと香りでまた違う顔を見せている事に驚いた。
「わははは! シャオはトッポが苦手だろ? モンドさんから貰ったトッポが余り気味だったから、味噌っていう調味料を作るついでにトーチャを使って豆板醤も作ってみたんだ。本来は別の豆を使うんだけど思いの外出来が良かったから辛い物が好きなキアラ達なら喜ぶかと思ったんだけど……ちなみにこれはそのまま食べてもそんなに美味しくないぞ?」
「もう知ってますよっ! それなら早く言って下さいよ!? クルルちゃんのも、キアラちゃんのもそのまま食べても美味しそうだったから私も食べちゃったじゃないですか!?」
「いやぁ~……ほら、何事も経験だって教えただろ?」
瑞希はそう言って笑って誤魔化そうとしたが、サランはまだお冠の様だ。
サランがコクコクと飲むラッシーが飲みたくなったクルルは、人数分のラッシーを作り始めた。
瑞希はそれを見て、コップの中に氷を浮かべて行く。
「おぉ! キンキンに冷えてるのもあるけど、まーまれーどでらっしーの雰囲気が変わって美味ぇな!」
瑞希の見様見真似で作ったラッシーを飲んだクルルがそう述べる。
「だろ? 砂糖が安かったらたっぷり作るんだけど、まだまだそういう訳にはいかないからな。さっきも言いかけたけど、チャツネはカレーに混ぜれば深さと甘さが加わるし、副菜として横に添えても良い。豆板醤は色々使えるけど、カレーってよりも辛い料理を作る時に便利な物だ」
「辛い料理ならトッポをそのまま使えば良いんな?」
「勿論それでも構わないけど、トッポだけだと旨味が物足りないだろ? 豆板醤なら糊状になってるから調味液に混ざりやすいし……、言葉で説明するよりも簡単な物でも作ってみようか。キアラ、ここにある野菜とか肉を使っても良いか?」
「構わないんな! ミズキが料理する所を見るのも久しぶりなんな!」
キアラはワクワクした様子で快諾する。
「料理って言っても簡単なもんだけどな。じゃあ早速調理していこうか」
瑞希はそう言うや否や荷物から包丁を取り出すと、キャムの葉とモロンを切り分け、オーク肉は程良く厚みを持った薄切りに、鶏肉は一口大に切り分け、オーク肉にはペムイ酒と胡椒を、鶏肉にはジャルとペムイ酒、ケルの根を擦り下ろして揉み込んだ。
その間に小鍋にペムイ酒を少し入れると、シャオが小さな火球を瑞希の前に生み出し、瑞希はシャオを見て少し微笑むと、その小鍋に火を当てペムイ酒を沸騰させる。
「凄いです……よね?」
カウンターの端に座りながら瑞希の動きを見て惚けていたフニは、誰に確認するためか言葉を漏らしながらキアラ達が座る方を見やると、瑞希を知る全員が何故かドヤ顔を返した。
瑞希は煮切ってアルコールを飛ばしたペムイ酒に、豆板醤、砂糖、ジャル、を混ぜ合わせタレを作ると、小指にチョンと付け、味を確認する。
その顔はどこか物足りなそうではあるが、直ぐに頭を切り替えた。
「シャオ、赤味噌に砂糖とジャル、ペムイ酒を混ぜ合わせといてくれ」
「くふふふ。分量はどれぐらいじゃ?」
「赤味噌に対して、ジャルは同量、ペムイ酒と砂糖は二倍ぐらいで伸ばしてくれ」
「わかったのじゃ」
瑞希はシャオの事を信頼しているのか、シャオが調味液を作っている間に鉄鍋に油を入れると、シャオもまた瑞希の事を見ずに竃に火球を入れる。
瑞希は鶏肉に持参した片栗粉をまぶすと、熱した油で揚げていく。
じゅわじゅわと音を立てながら揚がる鶏肉を他所に、瑞希はシャオに触れながら鉄鍋に熱湯を注ぎ、少量の油を加え、オーク肉と切り分けた野菜を順に茹でる。
「出来たのじゃ」
「あいよ。シャオ、そっちのボウルに揚がった鶏肉を入れて小鍋のタレをかけて全体的に絡めといてくれ」
瑞希はシャオに指示を出しながら、別の鉄鍋に多目の油を入れ、刻んだオオグの実を熱していく。
辺りにはオオグの実から生まれる匂いが立ち昇り、瑞希はそこに茹でたオーク肉を鉄鍋に張り付ける様にして焼いていく。
「なんか兄ちゃんの料理でもあんま見た事ない料理だよな?」
「……何料理やろ?」
チサとクルルの疑問を他所に、瑞希の調理は続く。
瑞希はある程度焼き目の付いたオーク肉を、鉄鍋の中で少し寄せ、油溜まりに豆板醤を加えた所でシャオをチラリと見る。
シャオは瑞希の意図を汲んだのか火球の火力を上げ、瑞希は鉄鍋に軽く茹でた野菜を加えると、鉄鍋を大きく煽り始めた。
宙を舞う食材と、鉄鍋の油に反応して軽く炎が上がる所を見たフニが思わず拍手をしている中、瑞希はシャオが合わせた調味液を加え、最後に水溶き片栗粉で軽くとろみを付ける。
シャオがタレを絡めた鶏の唐揚げと、炒め終えたオーク肉料理を皿に盛り付け、皿の端に跳ねたタレを布で拭きとると、カウンターで待つキアラ達の前に料理を置いた。
「鶏唐揚げの辛みダレとオーク肉の回鍋肉だ。どっちも豆板醤を使ってるけど、少し印象が違うと思う」
「頂きますなんな!」
目の前に置かれた料理に真っ先に手を付けたのはキアラだ。
赤みがかった鶏肉を揚げた料理にフォークを突き刺し、軽く匂いを嗅いでから前歯で鶏肉を噛み切った。
辛味ダレを吸った事で少し柔らかくなった衣だが、香ばしさは生きている。
そしてまず口の中を襲うのは熱々に上げた鶏肉の熱さとタレの美味さだ。
キアラは熱そうにハフハフと口の中の鶏肉を転がしながらも、咀嚼するのを止めない。
そこから遅れて顔を出してきたのが豆板醤の辛みである。
「美味いんな~……。ミズキがトッポを使うとこんな味になるんな……」
キアラは、瑞希と初めて出会った時のトッポスープの事を思い出し、少し恥ずかしくなる。
その横ではサランが回鍋肉に手を付けていた。
茹でた筈のキャムは、シャキシャキとした食感と共に野菜の甘さが引き出されており、茹でたオーク肉は余計な油っぽさが抜けたのにも関わらず、肉の美味さと共に濃厚な味噌ダレの味が口内を飛び回る。
「うぅ……さっきとうばんじゃんを直接舐めた時からは、考えられない味です……」
「……なんかペムイを掻っ込みたくなる味!」
「本当なら回鍋肉は甜面醤っていう甘い味噌ダレを使うんだけど、今日は砂糖を多めに使って赤味噌の風味に甘さを足したんだ。こういう甘辛い味はペムイに合うからな。チサの感想も大いにわかる!」
「そういやさっきこの野菜って何で一回茹でたんだ? 炒めるならそのまま混ぜれば良いじゃん?」
「あ、それは私も思ったんな! それにお湯に油を入れる理由も知りたいんな!」
「まずこういう野菜炒めを作る時は一度野菜を油で揚げるか、茹でると甘味が増すんだよ。油通し、湯通しって言ってな。でも水が限界迄沸騰しても温度は大して上がらない。そこに油を混ぜる事によって沸点……つまり限界の温度が上がるんだ。湯がいた野菜を使うってよりも、野菜の外側を熱で固めるって感じだな」
キアラとクルルは瑞希の説明を聞きながら頷くが、サランは別の所が気になった様だ。
「揚げても良いのに何で揚げなかったんですか?」
「まぁこういう料理は結構油を使うから、食べ慣れない人達にいきなり食べさせるのはどうかと思ったんだよ。サランに質問だ。この二つの料理の豆板醤の違いはどうだった?」
「えっと……こっちの唐揚げは豆板醤自体には熱が入ってないから辛みが柔らかいというか……、こっちのほいこーろー? は、油でしっかりと熱したからか香ばしさと辛みを直ぐに感じました……ふふ」
瑞希達と旅をしていた時、こうやって料理の感想を具体的に言葉にするために似た様な質問をされていた事を思い出し、サランは少し笑ってしまう。
「うんうん。こうやって火の通し方で同じ調味料でも感じ方が変わるって事だな。勿論スープに入れても良いし、そのまま薬味として使っても良い。使い方は人それぞれで、どれでも正解とも言える」
いつの間にか瑞希の御料理講座になってしまっている場の空気を一変させたのは、可愛い最愛の妹である。
「ところでミズキ。わしが食べる分はどうしたのじゃ?」
「あ……忘れて……「さっさと作るのじゃっ!」」
瑞希がこの後急いで辛くない料理を作るのは言うまでもなかった――。
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