温かなクロワッサン
「――わっはっは! 才能ある者に我が子を見て貰いたいというのは親心としては当然だからな」
「とは言っても俺は人に教えられるのは料理ぐらいで、剣も人に習ってる状態だし、魔法だって教えれる訳じゃないですから、ドマルと相談して一先ずウォルカに来る事にしたんです」
「私達に会いに来たんじゃないんな……?」
キアラのがっかりした様子に、ドマルが慌てて否定する。
「いやいや、ミズキだってキアラちゃんの店の様子を見に来たがってたんだよ? キーリスの状況とミズキの件が合わさった上でウォルカに来る事になったんだよ」
「そうそう。それで顔を出してみたらモンドさんが同じ様な依頼をしてきたから……」
「そうとは知らず申し訳ない。だがキアラの護衛はミズキさん達以外には安心して任せられんのだ」
「私も折角ならミズキ達と旅をしてみたいんな!」
懇願するキアラと共に、モンド夫妻が一緒に頭を下げる。
「くふふふ。そんなに頭を下げずとも瑞希の答えは決まっておるのじゃ」
シャオの言葉にキアラがバッと顔を上げ、瑞希と視線を合わせる。
「キアラが今日の為に頑張って店の都合をつけたのは聞いたからな。でも行き先はもう決まってるぞ?」
瑞希の許可を得た事で喜びを隠し切れないキアラは、身を乗り出しながら行き先を質問する。
「外の世界が見れるならどこでも良いんな! ミズキ達はどこに行くつもりなんな!?」
「ボアグリカ地方のレンス。ドマルの故郷だよ」
「レンスなら丁度良い! あの街ならキアラにとって良い刺激になるだろう!」
「レンス? どういう街なんな?」
「商人が集まる街だよ。今回はカエラが……おっと、カエラ様が船を出してくれるからね」
「船があるなら何でわざわざミズキ達は陸路で王都に向かったんな?」
キアラは小首を傾げながら質問する。
「俺もそう思って聞いたんだけど、王都近くの海路は潮の流れが激しいらしくて船では行けないんだって。結局王都より南下した所に船を着けて北上するよりは陸路で南下した方が早いらしいんだ」
ドマルに事前に聞いていた話を瑞希が答える。
「それにレンスから仕入れている香辛料もあるからな。ポッカの実等はボアグリカ地方でしかまだ栽培できてないのだ」
「親父でも作れないんな!?」
「まだまだ試行錯誤中だからな。いずれ成功させてみる。じゃないとちょこれーとがいつでも食べれる様にはならんからな!」
「わははは! それは俺からも宜しくお願いしたいですね! ミミカが学校を作るって言ってましたからポッカの実の栽培に成功したらテオリス家が大量に買い取りますよ」
「はて? 学校とは?」
瑞希は数日前のテオリス家での話をモンドにし始めた――。
◇◇◇
「――そうすれば今のキーリスの子供が兵になった時に、より強い兵団になると思わない!?」
ミミカは興奮気味にバランに説明をする。
「落ち着けミミカ。剣は分かる。テオリス家やクルシュ家を始め、剣は我が領地の誇りだからな。魔法もこれからは必要となっていくだろう。だが何故そこに菓子作りが必要なんだ?」
バランの率直な質問に、ミミカは口ごもらせながら恐る恐る言葉にしていく。
「だって……それなら私が先生になれるし……」
ミミカは動かない口の代わりに、もじもじと手遊びを始めてしまう。
ミミカの言いたい事を悟ったバランは大きく溜め息を吐いてから言葉を紡ぐ。
「つまりお前が菓子作りをする理由になるからという訳か?」
「そ、それもあるけど! キーリスの特産はモームでしょ!? 乳製品の正しい使い方を知ってもらう必要があるわ! それにボング様やムージ様を見たでしょ!? モーム乳を使ったお菓子は他地方でも絶対に話題になって、他地方から人を呼ぶはずよ! それにお砂糖は高価な代物だけど、お菓子作りを学んだ子から乳製品を使ったお菓子で商売をする者が絶対に現れるわ!」
ミミカは焦りながらもきちんとした説明をしていく。
乳製品で商売をする者が現れれば、それだけ乳製品が売れる事となり、他地方からの収入も増えるだろう。
己の欲望の中にもキーリスの先を見据えている発言に、バランは少し納得した様子だ。
「……わかった。なら剣と魔法を教える理由も言ってみろ」
バランはミミカに対し問いかける様に質問をする。
コホンと咳払いを一つするミミカの表情は、先程迄の慌てていた様な顔つきではなく貴族として、そして領主としての顔つきを垣間見せていた。
「はい。まず魔法はテオリス家のせいでキーリスの街から排他される事になったでしょ? その便利さと危うさは私も理解しています。王都での騒動で感情を刺激され、魔法の才能が開花……いえ、暴走した子供いるはずです。それは私達が治めるモノクーン地方北部も同様です」
ミミカは王都と同様に、キーリスとコバタがミタスやその残党に襲撃された事を引き合いに出す。
「うむ……」
「私もミズキ様を訪ねて来られた御家族や、そのお子様を全員ではありませんが拝見しました。急な魔力の暴走で魔力の放出を止める事が出来ず、体の成熟していない子供達から順に魔力が枯渇しかけてぐったりとしている者もいました。話を聞いてみれば魔力の扱い方を教えてくれる者が街におらず、流行り病と勘違いしていたそうです」
その夫婦は、ぐったりとする子供を藁にもすがる思いでキーリスの英雄と呼ばれる瑞希の前に連れて来た。
瑞希の隣にいたシャオが一目見るや否やその原因に気付き、子供に触れ魔力の放出を押さえると同時に、子供の荒立っていた呼吸は静かな呼吸へと変化した。
その光景を目の当たりにした夫婦は涙ながらに瑞希とシャオに感謝を告げたのだが、その噂が広まるのに時間はかからなかった。
そして日を追う毎に瑞希を訪ねる人が増え始めると、瑞希と過ごす時間を邪魔されるシャオの苛立ちは、日に日に大きくなっていく。
当然瑞希もシャオの怒りに気付いており、日々の食事やブラッシング等で誤魔化していたが、根本的な解決にならず、どうしたものかとミミカに相談した所で今回の話に繋がったのだ。
「魔法を使える者を育てる事は今後の領地の発展においても必要不可欠な事ですし、かといって使い方を間違えれば危険な物です。正しく使って貰える様指導するのはこの地を束ねる貴族として必要な事です」
バランは啜っていた茶を机に置き、一呼吸置いてからミミカに尋ねた。
「……ならば剣を教える理由は?」
「剣は我が領地の誇りでしょ? お父様や、爺やに憧れた剣士が剣の腕を磨くために遠方からテオリス家の門を叩く事は知っています。ボング様だってグランに憧れ、今ではテオリス兵に交じり毎日訓練を行っております」
ミミカはそう言いながら満足気な顔をする。
わずかな従者と共にテオリス家に身を寄せているボングは王族であり、王家であるグラフリー家の子息である。
傍から見れば王都での出来事で、王家がテオリス家との和睦のために差し出した人質の様にも思えるが、実の所ボングがテオリス家に身を寄せているのはグラン・クルシュへの憧れによるものだ。
魔法至上主義に囲まれる生活の中で、周りの貴族や当時軽く洗脳されていたとはいえ、実の兄からも魔法が使えない事を馬鹿にされていた。
だからこそ魔法の才能がないグランが振るう剣はボングにとって眩い物だった。
ミミカの言う様に、ボングは現在テオリス兵に交じり訓練はしているのだが、その辛さに何度も逃げ出そうとしていたのが実情だ。
しかし、自分以上に訓練をするグランの姿や、自分と同い年ぐらいのテオリス兵見習いの姿、それに加えテオリス家で提供される毎日の食事の美味さに、折れ欠けた心を何度も修復していた。
そして何よりも時折訪れる密かに恋焦がれる少女との日常会話が、そう云った弱音を封じ込めているのだが、ミミカはそんなボングの胸中を知らない。
「――子供は領地において宝です。その宝を磨けばきっとテオリス家の未来は光り輝くと思います」
バランはそう説明するミミカの姿に、今は亡きアイカの面影を重ねる。
かつて妻と交わしていた様な未来の話を、娘であるミミカの口から聞かされたのだ。
瑞希と出会う迄、娘の成長する姿すら遠ざけていたバランだが、今ではこの様にテオリス家の未来を語る様になった姿を見て、目頭が熱くなってしまう。
バランが熱くなる目頭を誤魔化す様に目をしっかりと瞑り、少しの間を置いてから目を開くと、ミミカの肩に見慣れぬ鳥が現れていた。
「あー! ほら見てお母様っ! この子っ! この子が私のショウレイなのっ!」
ショウレイが現れたのはミタスとの一件の時だけだったため、テミルに説明する事は出来ても、証明を出来ていなかったミミカは、子供の様にはしゃぐ。
ミミカのショウレイである梟の様な鳥は、何か不満があったのか、ミミカの肩からふわりと飛び立つと儚く霧散するのであった――。
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