成長のカスタードタルト
――銀髪の少女は今日も美味しそうに甘味を頬張っている。
瑞希がいつもの様にハンカチで妹の口の周りに付いているクリームを拭うと、目の前に座る親子に視線を戻す。
プリンを愛する父親は、瑞希の作ったカスタードタルトに破顔しており、母親は澄ました顔で茶を啜るも、視線はやはりカスタードタルトに向いている。
当の娘であるキアラは真剣な面持ちで瑞希の返答を待っていた。
「ミズキ君が作る菓子は何故こんなにも美味いんだ……」
返答に詰まっていた瑞希は、モンドの言葉に反応した。
「あぁ、いえ、これはミミカが作ったんですよ。最近タルト生地の作り方を教えたら嵌った様で……。丁度ドマルが香辛料を仕入れに行きたいって事だったので、御土産にモンドさんの好きなカスタードクリームを使った単純なカスタードタルトにして貰ったんです」
「ミ、ミミカ様の手作りだって!?」
「え、えぇ。喜んで作ってましたよ? 是非キアラに食べて欲しいって」
「私になんな?」
話が反れているのだが、名指しされたキアラはミミカの話に乗ってしまう。
「まぁ対抗意識なんだろうな。ミミカはお菓子作りを、キアラはカレーを始め香辛料を使った料理を得意にしてるだろ? 俺達もキーリスに戻って来てからウォルカで面白い料理が生まれたって噂は聞いたしな。ミミカは普段からお菓子作りをしてるけど、キアラみたいに普段から人に振る舞える訳じゃないから、単純に食べてみて欲しかったってのもあるだろうけどさ」
瑞希は苦笑しながらカップのお茶を啜ると、チサから貰ったおやつを食べ終えたイナホが尻尾をブンブンと振りながら、チサが食べている菓子を強請る。
「わふっ!」
「……こら。自分の分を食べたんやったらちょっと大人しぃしとき」
「わふぅ……」
イナホは物欲しそうにじっと上目遣いでチサの瞳を見つめる。
ヴォグの血を引くイナホは甘い物が好きな様だが、しっかり育てると約束したチサは甘やかすだけでなく、時には我慢もさせていた。
イナホはまだ子供という事もあり、ムージから聞いたブルガーの食事に、瑞希の知識を加えながらチサが管理している。
ムージ曰くヴォグも幼い頃は砂糖や甘い果物を食べれるだけ食べようとしていたらしいのだが、瑞希から「ブルガーはわからないけど、犬に砂糖はあまりやらない方が良い」という事を聞き、チサは甘い果物や野菜を与えても砂糖はあまり与えない様にしている。
そして当のイナホは主人であるチサの性格を分かっているので、チサの目を見てこれ以上貰えないと分かると、しょんぼりとしながらチサのフードの中へと潜り込んでいく。
チサは毎回その可愛らしい姿を見た後に、自身の中でのイナホを甘やかしたい気持ちとの葛藤と戦っており、今回もおねだり攻撃に勝てたという事でほっと胸を撫でおろしていた。
「やっぱりミミカも料理上手なんな~! チサの料理の腕も上がったんな?」
チサの戦いはさておき、カスタードタルトを食べたキアラが率直な感想を述べた。
「……どう?」
瑞希の隣に座るチサは、恐る恐る瑞希の顔を見上げながら聞く。
その姿は先程のイナホの姿に少し似ており、瑞希はくすりと笑ってしまう。
「勿論上手くなってるぞ。チサは和食が好きだから出汁を取るのも上手いしな。味噌汁の味噌加減なんかも丁度良い塩梅に仕上げれるもんな」
「……にへへへ!」
褒められたチサは照れ臭さを誤魔化す様にタルトに口を付ける。
「チサが羨ましいんな! だからこそ私もミズキの旅に付いて行きたいんな!」
「ん~……」
煮え切らない瑞希の返答にドマルが助け舟を出した。
「ミズキ、チサちゃんはシャオちゃんの訓練は毎日こなしてるの?」
「ん? あぁ、それは勿論。シャオはチサと俺にはやたらと厳しいからな」
「当たり前じゃ。チサはわしの弟子じゃからな!」
「……にへへ」
「なら、チサちゃんももう一端の冒険者って事じゃない? そろそろ護衛の任務ってのも経験させても良いんじゃないかな?」
内心ではチサに経験させなくとも、瑞希とシャオがいるだけで安心だろうと考えているドマルだが、チサの経験という事を引き合いに出して、キアラの後押しをするのは、瑞希の性格を分かっているからだ。
瑞希とて冒険者としての依頼と言われれば断る理由が見当たらない。
キアラが自分達に懐いているのは分かっているし、旅に出るという事も決まっている。
キアラが変な冒険者を護衛に雇うぐらいなら自分達が依頼を受ければ済む話なのだ。
だが二つ返事が出来ない理由としては、最近の冒険者ギルド噂によるものにある。
「シャオとチサだけじゃなくキアラ迄連れてたら益々子供を押し付けられそうなんだよな……」
「あぁ……それはあるよね」
ドマルが苦笑しながら瑞希のぼやきに頷く。
「……失礼な話しやわ」
事情が分からないキアラは、三人の苦悩に首を傾げながら理由を聞く。
「なんなその話?」
「今ミズキはキーリスの英雄の他に、子連れの英雄って言われてるんだよ。そのせいもあってかシャオちゃんぐらいの子供を持つ人達が、ミズキに教えを乞う為にテオリス城に押しかけて来てるんだよ」
「キーリスじゃ冒険者ギルドでも待ち構えられてたしな」
瑞希はそう言いながら大きく溜め息を吐いた――。
◇◇◇
――サクサクとした音は今までのパンの常識から考えられない音だ。
これもまた瑞希がキーリスの厨房に伝えた料理の一つで、瑞希曰く根気がいるパンという話なのだが、バランが今食べている物もかなりの出来だ。
早く大量に料理を作らなければならない料理番達には少し難しい様だが、菓子作りを好むミミカは、この料理も上手く作る事が出来る様だ。
だが、今バランが口にしているパンは意外な人物が作った物だった。
「いかがでしょうか?」
「美味い。ミミカやミズキ君の作る物に引けを取らない出来だ」
バランがそう告げると、幼子を膝に乗せた美女がほっと胸を撫でおろした。
「ママの手は温かいから良いんだってお兄ちゃんも褒めてたよ~!」
「うふふ。美味しく出来て良かったわ」
シャルルはそう言いながらアリベルの頭を撫でる。
アリベルは母の手から温もりと共に優しさも感じていた。
シャルルが目覚めてから一月程の時間が経過しており、キーリス周辺はすっかりと冬景色が広がっている。
目覚め始めたシャルルは長い期間眠り続けた代償からか、疲れやすくなっており、時折顔を覗かせた瑞希が念の為に回復魔法をかけようとした時にシャルルの体温の高さに気付いた。
シャルルに体調の変化等を聞いてみると、以前はこの季節には手が凍えていたという話だったのだが、瑞希が確認の為に手を取ってみると男性である自身の手よりも温かく感じたのだ。
シャオ曰くベヒモスの魔力が混ざり込んだのが原因ではないかという話だが、アリベルだけはその温もりに今は側に居ない人物の懐かしさを感じていた。
それから少しずつ体を動かし始めたシャルルは、疲れやすい体でも娘の為に出来る事はないかと瑞希に尋ねた所、それならと休み休み作れるパン作りを勧められた。
そして本日の食事会で、バランへの御披露目となったのだ。
「でもシャルル様? このパンは冷えた手の方が作りやすいとミズキ様が仰っていたのに一体どうやって……?」
ミミカはそう言いながら三日月形のクロワッサンを手に持ち、少しばかり悔しそうにしながらシャルルに尋ねた。
「この子に頼んで外にある雪を持って来て貰ったんです。それでしっかり手を冷やしてから生地を作り始めたんです」
シャルルがアリベルの頭を撫でながら優しく微笑む姿をアリベルはどこか誇らしげに胸を張り、その調理方法を聞いたミミカはその言葉に驚いていた。
「雪って……そんな事をすれば手が悴みませんか?」
「この子の喜ぶ姿を想像すればそんな痛み等大した事ありませんよ。アリベル、美味しい?」
「うんっ! サクサクで香ばしくて美味しいっ! ママの作ったふかふかのパンもアリーは好きー!」
「じゃあ明日はふかふかのパンにしようね?」
「やったー!」
両手を上げて喜ぶアリベルとシャルルの姿を眺めた後に、ミミカは隣に座るテミルにチラリと視線を送る。
だがその行動を見てくすりと笑ったのはバランだ。
「思えばテミルもミミカが小さい頃は良く調理場に顔を出していたらしいな」
「え? そうなの?」
「どうでしたでしょうか? ミミカ様の小さい頃は好き嫌いが多かったので、どの件か覚えておりませんわ」
テミルははぐらかす様にそう返答する。
「え~……でも私も何を食べてたかあんまり覚えてないな~……それにどこかのお父様は一緒に御飯も食べてくれなかったしー!」
悪戯顔でそう答えたミミカの言葉を聞き、バランは啜っていた茶で軽く咽る。
「もうそれは言うな。それにしてもこの場にミズキ君が顔を出さないのは珍しいな? いつものあれのせいか?」
「そうでした! お父様! キーリスで学校という物を作りませんか!?」
「学校? ミズキ君が言ってた子供達のか? 何を教えるんだ?」
「ふっふっふ……それは勿論、剣と魔法、そしてお菓子の学校です!」
ミミカは瑞希から聞いていた瑞希の暮らしをバランに説明するのであった――。
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