閑話 不味い料理
――寒風が吹き荒れる雪山を二人の兄妹が歩いている。
妹は着込んだ服を貫通する吹雪による冷気に耐えられないのか、ガチガチと歯を鳴らしながら目の前に火魔法を灯す。
「魔力は温存しとけっていつも言ってんだろ?」
「温存してたら死ぬわっ! こんな冬の時期に雪山に登るのなんか自殺行為だよっ!」
「みぃ~!」
妹の懐に隠れていた小さな獣が顔を出し、二人で兄に対して文句を垂れる。
「ったく。一端の冒険者がこのぐらいの寒さでぴぃぴぃと」
「私の人生で一番寒いわっ! おにいが異常なのっ! 頑丈すぎるんだよ昔から!」
「お前も昔は雪の中を駆けまわってただろ? はしゃぎ過ぎてこけてずぶ濡れになっては、風邪をひいてたな確か」
「女の子はか弱いのっ! ねぇー?」
「みぃっ!」
妹が懐の獣に同意を求めると、獣はそうだそうだと言わんばかりに強く鳴く。
「毎回毎回、お前等のその結託は何なんだよ全く……」
呆れる兄は愚痴りながらも、妹達の意見を尊重するかの様に吹雪を防げるような箇所を探しながら歩き始めた。
妹もそれを理解しているのか、それからは文句を言わずに歯を震わせながらも兄の後をついて歩き、ふと兄が指差した所へと歩いて行く。
「――ほら、これに火を付けろ」
洞穴に入った兄はそう言いながら、着火剤の様な油を浸した燃料を荷物から取り出した。
妹は指先に極小さな火球を生み出すと、ぽいっとその燃料に放り投げ、静かに焚火が燃え上がり始めた。
「ぬあぁぁ……あったかぁい……」
「みぃ~……」
妹と獣は焚火の前で、火の温かさに感動していた。
一方兄はごそごそと荷物からムルの葉に包んでいた魔物の肉を取り出した。
「げぇぇっ! 本当にそれ食べるつもりだったの?」
「オークだって同じ様な魔物だろ? バロメッツだって似た様なもんだろ?」
「ないないないっ! その魔物は毛皮だけ! そうやって先人が挑戦したおかげで、お肉は不味いって分かってるんだから!」
バロメッツという渦巻いた角が特徴の魔物は、人里に現れては作物を荒し、非常に好戦的な魔物だ。
普段は寒冷地にも温暖地にも住み着いているが、人里の作物に目を付けると群れを成して荒らしに来る。
風魔法を操り移動するので、崖等も平気で上り下りする上に、戦いとなれば素早く移動するので厄介極まりないのだが、兄妹冒険者にとっては造作もなく討伐が出来た魔物だ。
「そうは言っても皮だけ剥いで、肉は捨てるってのも勿体ないだろ? それに村の人達は肉はいらないって言ってたからな」
「不味い肉なんだからいらないに決まってるじゃん!」
兄は妹の言葉を聞き流しながら、いそいそとバロメッツの肉を一口大に切り分け、小さなナイフに突き刺して焚火の火に当たる様に炙り始めた。
「もしかしたら村の人達の口には合わないってだけかもしれないだろ?」
兄はそう言うが、肉が焼け始め、匂いが立ち昇り始めると、辺りには獣臭い匂いが広がり始める。
「臭い臭い臭いっ! 食べる前からわかったじゃんっ! 絶対不味いって!」
「同じ肉には変わりないだろ……くっさ! 硬いし不味いなこれっ!」
兄はぐにぐにとやたら固い肉を噛みしめながら、口に広がる独特な獣臭さに思わず笑いだしていた。
「だから言ったじゃん! って、何でまだ食べようとしてんの!?」
妹は更に追加で肉を切ろうとしている兄を止めようとする。
「確かに臭いけど、どうにかならないかと思ってな。俺達は冒険者なんだしこれしか食い物が無いって事態になった時に、不味くて食えないじゃ困るだろ? その時に少しでも美味かったら得じゃねえか」
「おにいは不味い物を更に不味くしか出来ないじゃん!?」
「みぃ~!」
妹と獣は、兄の料理下手を知っているので、兄の考えを真っ向から否定する。
「俺だってオーク肉を焼くぐらいなら美味い物を作れるぞ?」
「オーク肉を焼くだけでもおにいのは美味しくないでしょっ!? おにいが肉を焼いたらいっつも硬いもん!」
「そういや何で俺が焼いたら硬くなるんだろうな?」
兄は疑問を浮かべながら水を入れた小鍋に、切り分けた肉と適当な香草を入れて、火の上で温め始めた。
沸騰する小鍋からは灰汁が浮き上がり、肉の獣臭い匂いと、香草の香りがあいまり、何とも云えない複雑な臭いと表現するにふさわしい匂いが生み出されて行く。
兄は顔を顰めながらも、スープの様な物に塩を足し、ぐるぐるとナイフで小鍋を掻き混ぜる。
「……先に食うか?」
「食うかぁっ!」
「みぃぃっ!」
食べる前から嫌な予感がしてしまった兄は、妹達に食べさせようとするが、妹達は鼻を押さえながら拒否する。
洞穴に広がる悪臭は、洞穴の奥を住まいにしていた何かにまで到達した様だ。
――ジャアァァァっ!
その雄叫びを聞き、目当ての獲物と確信した兄妹冒険者と可愛らしい獣は臨戦態勢へと切り替える。
「絶対おにいのせいで怒らせたんだよっ!」
「今回は認めるしかないな。スープにするのは失敗だった……」
「その前にバロメッツを不味いって伝えてくれた先人の方々に謝って来なよ!」
「それは無理だ。俺はまだまだ長生きするからなっ!」
「おにいは今後絶対変な物を食べて苦しむ事になるからねっ!」
妹は文句を言いながら光り輝く光球を洞穴の天井へと張り付けた。
辺りが明るくなり、構える兄の元に数十匹の蛇型の魔物が襲い掛かって来た。
「ちっ! ただのメデューサか、今回も外れだな……」
「みぃっ!」
兄は今回の魔物に見当がついたのか、飛び掛かって来る眷属を気にする様子もなく、パタパタと地に落ちていく魔物の首を斬り落として行く。
いつの間にか妹の懐から兄の頭に移動していた獣は、洞穴の奥に視線を向ける。
洞穴の奥から現れたのは、メデューサと呼ばれる大蛇であり、その姿は怒気を纏っているかの様に、目を真っ赤にしながら襟を立て、大口を開けて咆哮する。
「眷属の魔物にも毒があるから気を付けろよ?」
「おにいこそ魔法のまの字も使えないんだから、その子に守って貰いなよ!」
「あほ。逆だ逆。俺がお前達を守るんだよ」
兄はそう言いながらメデューサへと駆けて行く。
飛び掛かって来る眷属の魔物は兄に近付くと、パタパタと動けなくなり、妹がそうなると見越した上で、兄を避ける様に地を這う様な炎を生み出していく。
「おにい~! 氷柱がそっちに行くよ~!」
「あいよ~」
気の抜けた兄の返事とは裏腹に、兄の背後からは鋭く数も多い氷柱が、次々と飛来して来る。
メデューサはその氷柱を煩わしそうに、大きな体を捻り、尻尾を現して横薙ぎに振るった。
「みぃっ!」
獣の鳴き声と同時にガクンと体を落としたメデューサの頭に兄が降り立った。
「……やれやれ。最近は変に魔物が成長してやがんな全く」
兄はそう言いながら何かを避けつつ、メデューサの頭頂部にある三つ目の目に槍を突き刺した。
メデューサの魔力の核でもあり、そこから生み出される筈の土魔法は、普通の冒険者なら震え上がる程の威力なのだが、兄の空いている手にはメデューサが生み出したと思われる拳大の石の塊が握られているのであった――。
第六章始まります。
更新は遅くなると思いますが、のんびりお付き合いください。