閑話 キアラの未来
――ミズキが香辛料の使い方を教えてくれたおかげで、私の店はウォルカの中では一番繁盛している飲食店となっていた。
親父との約束で、十五歳まで外の街で店をやるのは我慢しているけど、色んな人にかれーや香辛料の凄さを知って欲しいという気持ちは日に日に大きくなってきていた。
「――キアラ、ちょっと良いか?」
就寝前に親父に声を掛けられ、部屋に呼ばれると、そこには当然ながらお母さんも居た。
「どうしたんな改まって?」
「なに、寝る前に二人でキアラの店の評判を話してたんだ」
「トッポを混ぜたスープを出してた時と違って、今ではうちと同じで行列が絶えないお店になったんですものね」
お母さんはそう言ってコロコロと笑いながら、以前の料理を思い出している様だ。
「ミズキが教えてくれたかれーと、親父の香辛料があるから当然なんな」
初めて食べたかれーは私の常識を覆してくれた。
それまで肉に付けて焼くのが普通だった香辛料は、香辛料を楽しむ料理となったからだ。
「キアラは今でも他の街で店をやりたいのか?」
「当たり前なんな! かれーも香辛料もまだまだ皆に知って貰いたいんな!」
「それは今でも、ゆっくりとかもしれないけど叶ってるじゃない? 貴方のお店の噂を聞きつけた人達が他の街からも食べに来てくれてるでしょ?」
「それは……」
そうかもしれない。
確かにウォルカの住民のお客も増えてるけど、他所からのお客も増えている。
「……でも私は直接他の街の食材でもかれーを作ってみたいんな。その土地の特産物でも親父の香辛料は使えるって所を見せたいんな!」
私は真剣な眼差しで二人の目を見る。
「意思は変わらんか……」
「キアラは昔から頑固ですもの。それに貴方の娘ですしね」
私は両親の含みのある会話に疑問を浮かべていた。
「話は変わるがキアラの店で雇っている二人は最近どうだ?」
「クルルとサランなんな? クルルは料理への挑戦を楽しみながら香辛料の配合も上手くなって来たんな! 包丁を使うのは私より上手いから、私もうかうかしてられないんな。サランはミズキに教えて貰った事を実践して、お店を回すのが私より上手いんな! お金やお客さんの事で私が気付かない部分を補ってくれて助かってるんな!」
「そうか。ならキアラは二人に今の店を任せる事は出来るか?」
「……気持ち的には大丈夫なんな」
私は少し考えてから答えた。
「どういう事かしら?」
「今のお店の状況でも、お昼だけでかれーが売り切れてしまうんな。二人だけになると作れる量も減ってしまうんな。そうなるとかれーを食べたくて、折角来てくれたお客さんをがっかりさせてしまうんな……」
私がそう言うと二人は嬉しそうに微笑んだ。
「何で笑うんな?」
「キアラが目先の金や欲求より、来てくれる人や、今いる従業員の事をしっかりと考えれているからな。人を雇う者として、そして商人として、人を想う気持ちがなければ商売は続かない。キアラはその歳でしっかりと理解してくれているのが嬉しいんだ」
「それは普段から二人を見てるからわかるんな」
モンド商会で働く者や、行商人は親父がしっかりと見定める。
けど、見定めた者にはしっかりと還元しているのを、幼い頃から両親を見ていた私は知っていた。
「ねぇ貴方。キアラはこんなにも真っ直ぐに育っているわ」
「そうだな……」
親父はそう言って大きく息を吐いた。
「キアラ、今うちの商会の中でもキアラの店を手伝いたいという者も出てきている」
「そうなんな? でも今でも時々手伝って貰ってるんな?」
「そうやって手伝ってる内にもっとかれーを教えて欲しくなったんだって。どうかしら? その娘はまだうちの厨房に入ったばかりの子だけど真面目な子よ?」
「そういう事なら大歓迎なんな!」
人手が増えるのはありがたい。
今の売上なら給料も問題なく支払えるし、親父との約束通り金銭面での迷惑はかけないというのも守れる。
私が笑顔で考え事をしていると、お母さんが親父の脇腹を肘で突いていた。
「ほら、早く言って御上げなさいな」
「……やっぱり嫌だ」
まだ話に続きがあったのか、促すお母さんを親父が拒否していた。
「好い加減にしなさい! キアラは賢い子です!」
「だがこんなにも可愛い子だぞ!? 外に出して誘拐されたりでもしたらどうする!? 男が言い寄って来たら!?」
「貴方がそんなだとキアラがいつまで経っても外に出れないでしょうが! キアラは貴方との約束を守ってる上に、ちゃんと店の事も、私達の事も考えてくれてるでしょ!? そんなキアラが最近溜め息を吐きながら物思いに耽っているのは貴方も知っているでしょう!?」
「な、何の話なんな?」
突如怒り出すお母さんに、私は恐る恐る確認する。
親父の両頬をつねり上げている手を離したお母さんが、再度親父に話を促した。
「キアラがもしも店を任せられる人材に恵まれたなら、今の内に外を見せてはどうかと母さんに言われたのだが……」
「外で店を出しても良いんな!?」
「違うっ! あくまでも下見だっ! 他の街で暮らすのは十五になるまで許さないぞっ!」
「どういう事なんな?」
「店の事はキアラの信頼する従業員に任せて、キアラもウォルカ以外の街を見て来なさいって事ね。この人だって時々他の街に行って香辛料に出来そうな物を探して来るでしょ? ウォルカしか知らない真っ新なキアラならきっとかれー作りにも、貴方の将来にも良い刺激になると私は思ったのよ」
お母さんはそう言いながら私に目配せをする。
私は湧き上がる心の躍動感が抑えられず、お母さんに抱き着いた。
「本当に良いんな!? 親父も許してくれたんな!?」
私が親父に視線を移すと、親父は何を見たのか、体をびくつかせてからしぶしぶと云った様子で頷いた。
「だ、だが必ず信用のおける冒険者を雇う事! それと今店に来てくれているお客に迷惑を掛けない事! それと金銭での協力はいつも通り関与しないぞ!? それでも本当に大丈夫か!?」
「あの方達も御仕事なら受けてくれるでしょう?」
見上げたお母さんの顔は、そう言いながら優しく微笑んでいる。
私はその言葉でどういう意味かを察して、ますます上機嫌になってしまう。
「ミズキ達が帰って来る迄に店の事をどうにかするんな! 明日から忙しくなるから私はもう寝るんな! お休みなんなー!」
私は慌てて両親の部屋を飛び出し、自室のベッドへと潜り込んだ。
だが頭の中で想像するこれからの出来事に興奮し、寝付けたのは朝方になってしまった。
翌日嬉しそうな表情をしているのに、大きな隈が出来ている私の顔を見て、二人を心配させてしまう。
そして二人に、昨晩の出来事を話し、私は旅へ出るための準備を始めた――。
閑話にお付き合い頂きありがとうございます。
少し書き貯めをしてから次章を掲載するつもりなので、
今暫く更新をお待ちください。