閑話 商品開発 上
「――ありがとうございましたぁ! また来てくださいね」
お客様を外で見送り、私は賑わう店内へと戻る。
外にも行列が出来ているのは最早見慣れた光景だ。
「サラン! 次のが上がったんな!」
「はぁい!」
私は心では急ぎながらも、以前の様に走り回ったりはしない。
これもミズキさんの教えだからだ。
「(給仕が焦ってる姿はお客様に気を使わせる……ですよね)」
私はキアラちゃんから皿を受け取ると、かれーを心待ちにしているお客様の元へと運ぶ。
「お待たせしました。本日のかれーはモーム肉のかれーです」
私がモーム肉と言った瞬間にそのテーブルのお客様は少し表情を曇らせる。
どうやらモーム肉を食べた事があっても、嫌な記憶しかないのだろう。
――兄ちゃん達この店は初めてか? 俺からすりゃぁモーム肉のかれーが一番美味ぇぞ!
――馬鹿っ! ホロホロ鶏の骨付き肉のが美味いだろ!?
――私は野菜の甘さが出たかれーが一番好きだけどな~。
毎日来る三人組の常連様がいつもの様に激しく言い争う。
仲良しの冒険者パーティーっていうのは知ってるけど、キアラちゃんが怒り出す前に止めないと。
「こらっ! 次喧嘩したらもう食べさせないって言ったでしょっ!」
――どれも美味しいです!
三人組が声を揃えてそう言うと、キアラちゃんが面白そうに笑う。
「三人共かれーを気に入ってくれたのは嬉しいんな! けど喧嘩は良くないんな。楽しく食べるのが一番なんな!」
――はぁい。
「そうそう。っと、ごめんなさい。うちのカレーはモーム肉でも柔らかいので安心してお召し上がりください」
私は一礼してお客様の元から離れると、モーム肉を口に放り込んだお客様が驚いている。
これももう見慣れた光景だ。
ミズキさんが言ってた様に、よーぐるとが出回る様になってから、ミズキさんから聞いていた工夫をキアラちゃんが試した時に、私達も同じ様な顔をしていた。
「サランちゃ~ん! 持ち帰り用のかれーなんも出来たよ!」
「はぁい!」
これも最近の売れ筋商品で、最近は売れ過ぎるのでお昼にしか販売していない。
クルルちゃんはかれーなんに詰める汁が少ないかれーを任され、日々少しずつ香辛料の調合を変えているらしい。
籠に積んだかれーなんを受け取り、外へと出る。
私がこれを手に持って外に出ると、行列の人達に緊張が走る。
私は並んでいるお客様に何杯食べるかを確認していく。
かれーの数には限りがあるからだ。
最初は何杯でもおかわりして貰っていたのだが、大食漢のお客様が十杯も食べた時に、他のお客様の分が無くなり、表で待たれていたお客様に怒られた事がある。
その教訓を生かし、三人で話し合った結果、一人のお客様が食べれるのは三杯までで、事前に注文を聞いておく。
勿論お残しは厳禁だ。
「十五……。はい! 今日のかれーはここ迄です!」
――よっしゃぁ!
――だぁぁっ! ちきしょうっ!
――今日こそ間に合ったと思ったのに……。
歓喜と落胆の声が同時に上がる。
クルルちゃんとキアラちゃんが、二人でかれーを作る様になってから作る量も増えたのだが、それでも追いついてないのが現状だ。
並んでいたのに食べれなかった人達の為に他の物が作れないかという事で、かれーなんを作る事にしたのだ。
かれーなんを買うためにわざとゆっくりと来られるお客様も居るので、これはこれで喜ばれる商品だ。
私はかれーなんの受け渡しをしながら、お金のやり取りを終えると、本日の営業終了の札を掛けてから、本日最後のお客様達を店内へと招き入れた。
◇◇◇
キアラちゃんのかれーは連日完売となっており、最後に残るお客様達はのんびりと食事をしながらかれーの感想をキアラちゃんやクルルちゃんに伝えるのも通例になっている。
以前はやっていた夜の営業も、今はお休み中だ。
というのも連日完売する事もあり、新たに仕込めば夜の営業も出来るのだが、そうするとかれーの研究をする時間が取れないという事で、夜は研究と翌日の仕込みの時間に当てていた。
それでも充分な売上があるからだ。
私達はカウンターに座るお客様達とそれぞれ談笑していた。
「――季節が変わればまた違う食材も使うんな! ミズキが言うには魚介も美味いらしいからそれも試してみたいんな!」
「――ん~……、いいや。今は香辛料の調合を研究する方が楽しいし、歌とかあんまり興味ないしな」
どうやらクルルちゃんに観劇か何かの誘いがあったのだろうか?
クルルちゃんと同年代の若い冒険者は愛想笑いをしながらも、クルルちゃんが視線を外すと落ち込みながらも、らっしーを飲んでいる。
――サランちゃんもこっちに来て結構経ったろ? 良い男でも出来たかい?
私はキアラちゃんの贔屓にしているお肉屋の叔母様と話していた。
「あはは。私にはそんな人いないですよ」
私は照れ隠しに笑いながら叔母様にお茶を差し出した。
――そうかい? サランちゃんなら引く手数多だろうにねぇ?
「いえいえ、私みたいな田舎生まれの子に男性が寄って来ないですよ~」
――な、なら俺がっ!
――馬鹿野郎! 協定を忘れたのか!
――そうだぞ! サランちゃんを……
私が叔母様と話していると、奥の席に座っていた人達がこそこそと何かを話しているが、内容までは聞き取れなかった。
――ならキアラちゃんみたいに好きな男はいるのかい?
叔母様はそう言いながらキアラちゃんに視線を向けると、私も釣られてキアラちゃんに視線を向ける。
当のキアラちゃんは楽しそうに別のお客様と談笑している。
「そういう人でしたら……一応……」
――なっ!?
揃った大声に驚いた私は、声がした方に視線を向ける。
――う、美味いな~今日のかれーも!(どういう事だ!?)
――キアラちゃんはまた腕を上げたな~!(知らん! 聞いた事ないぞ!?)
――嘘だ……。
どうやらかれーに驚いただけの様だ。
――あらぁっ! 何処の誰なのよ!? 分かった! 金具屋の子かい!?
「違いますよ~! それに一方的な憧れってだけですし……」
私は熱くなる顔を、パタパタと仰いで冷ます。
叔母様は私の表情を見て悟ったのか、にやにやと微笑んでいる。
「サランちゃんもキアラちゃんも本当に兄ちゃんが好きだよな~?」
話し相手が居なくなったのか、クルルちゃんが私達の会話に混ざる。
「すすすす好きとかじゃないよ!? 憧れっ! 憧れだからっ!」
「バレバレだっての。でも私も結婚するなら兄ちゃんみたいな人が良いなぁ~。そしたら毎日美味いもん食えるじゃん?」
「待つんな! その話には私も混ざるんな!」
――おやおや。キアラちゃんのお相手はあのお兄ちゃんだろ?
「そうそう。キアラちゃんもサランちゃんも、あの兄ちゃんの事が好きなんだよ」
くすくすと笑いながらクルルちゃんが面白そうに叔母様にそう告げる。
私は必死に声を絞り出した。
「「師匠だからっ!」」
すると私の声はキアラちゃんと被る事となった。
キアラちゃんも私と同様に恥ずかしくなった様だ。
「はいはい。兄ちゃん達は元気にしてんのかな?」
「偶には顔を見せて欲しいんな~……」
――ウォルカの可愛い子を二人も悲しませるとは悪い男だね~?
「仕方ないんな。ミズキは忙しいんな」
「ミズキさんの事だからまたどこかに食材探しに行ってるんだろうね」
――ミズキ? キーリスの英雄の?
するとキアラちゃんの話し相手をしていた叔父様が会話に加わって来た。
「そうなんな! おっちゃんはミズキが今何してるか知ってるんな!?」
――いや、最近テオリス家の令嬢がキーリスの英雄を連れて王都に向かったらしいけど、王都に連れてくってんなら、王家に婚約の挨拶にでも行ったんじゃないか?
「「婚約っ!?」」
私達の驚きの声は店内に響き渡った――。
久々の閑話更新です。