信頼の証
――瑞希が作業している姿を少女達が夢中で見つめている。
瑞希がキーリスに戻ってからというもの、瑞希達の事後報告においてバランが怒りを露わにするのは当然だった。
それは瑞希に向けられたものではなく、今は亡きアイカの事や、王家に向けての怒りだったのだが、バージとララスの連名で送られた書状を読んだ事と、ミミカ達の口添えで一先ずの怒りを治めた。
マリルの件もあったが、それはマリルの言っていた様に、瑞希達が旅立つ前に覚悟を決めていた様だ。
キーリスに戻ってから数日が経ち、平和な日常を過ごしていた瑞希は、昼前からずっと厨房で調理をしていた。
瑞希は何を作っているか敢えて言っていなかったが、瑞希を知るテオリス城の者達は、それが気になって仕様がないのか、代わる代わる厨房へと足を運んでいた。
当の瑞希は、晩餐までの辛抱だと、つまみ食いをしようとするシャオを宥めながら作業を続けている。
「……凄い……一面生クリームで真っ白や」
「何なのじゃ!? 何故こんな美味そうな物を前にわしが我慢せねばならんのじゃ!?」
「久々にモーム乳が使えるからふんだんに使おうと思ってな! それに今日はアリベルのお祝いだろ?」
「うぬぬぬ……代わりに昼は簡単な食事じゃったから辛抱たまらんのじゃ!」
「晩餐でいっぱい食べるんだろ? ハンバーグもたっぷり作るから、腹空かせとけって」
瑞希がそう言いながら作業を続けていると、厨房の扉がけたたましく開かれる。
「お兄ちゃんっ! もう出来たの!?」
ドレス姿のアリベルが現れ、厨房に居る瑞希へと走り寄っていく。
「まだだよ。今から表面の飾り付けをするんだけど、やっぱり今日は手伝って貰えそうにないな」
瑞希は愛らしい姿のアリベルを見て苦笑する。
「もうっ! 何でアリーと一緒に作ってくれないの!? 一緒に作るって約束でしょ!?」
「今日はアリベルのお祝いだからな。それにアリベルが美味しいって思うお菓子をシャルルさんに食べて貰うのも楽しいだろ?」
「お兄ちゃんのお菓子なら何でも美味しいのに~!」
「そうでもないさ。マリルが好きって言ってくれたお菓子なんかはアリベルなら吐き出しちゃうかもしれないぞ?」
「えぇ~!? アリーに内緒でマリルが食べたの!? どんなお菓子!?」
「アリベルが大きくなったら作ってやるから。とりあえずは後ろを向いて謝っとけ」
「謝る……?」
アリベルはきょとんとした顔で後ろを振り返ると、鬼の形相をしたミミカがそこに立っていた。
その姿はいつか着ていた真っ赤なドレス姿だ。
「アリー……?」
「お、お兄ちゃぁん……」
アリベルは泣きそうな顔で瑞希に助けを求めるが、瑞希は苦笑するしか出来なかった。
「ドレスのままで歩き回っちゃ駄目って言ったでしょっ! 私だって手伝いたいのを我慢してるのに!」
「で、でもお兄ちゃんがアリーと一緒に作るって言ってたから……」
「確かにアリベルと約束はしてたからな。でも今日はアリベル・テオリスの御披露目だろ? ミミカも折角綺麗な格好をしてるんだから、今日は優しいお姉さん姿でアリベルを出迎えてやらないか?」
「ミ、ミズキ様がそう仰るなら……!」
ミミカは赤面しながら瑞希の言葉を受け入れる。
「という訳で、主役のお嬢さん方は今日の夕食を楽しみにしといてくれ。そろそろ街の皆への御披露目だろ?」
瑞希が二人にそう促すと、アンナとジーニャがぺこりと頭を下げ二人を連れて行く。
しかしアンナとジーニャの視線もまた、作業中の瑞希の料理に惹かれているのだった――。
◇◇◇
――時は少し遡り。
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「――こっちが落ち着いたら次はテオリス家に顔を出しに行くからそん時はキーリスの街を案内してくれよな!」
カルトロム城の門前でバージが瑞希と握手をしながら言葉を交わす。
「任せとけ! モーム肉をしこたま振る舞ってやるよ」
瑞希は悪戯めいた笑みを浮かべるが、バージは嫌そうな顔を浮かべず反論する。
「どうせミズキの事だから驚く程美味いんだろ? 楽しみにしか思えねぇよ!」
「何だ、からかい甲斐のない奴め。ララスさんもこれからしばらく大変だとは思いますがどうかお元気で」
「はいっ! 次にお会いする時までにもっと綺麗になっておきます!」
ララスは胸の前に握り拳を作り、鼻息荒く返答する。
「わはは! でも何事もやり過ぎは駄目ですよ? 程良い食事制限と、程良い運動をして下さい。それと砂糖の――「取り過ぎは駄目、よね? 私達がしっかり目を光らせてるから安心して頂戴」」
瑞希の台詞にフィロが被せる。
「あ、そうそう。私達は――「ミズキ、俺とフィロは暫くララスに仕える事にする。お前に教えて貰った事や、これからララス達に教えて貰う事を生かすつもりだ」」
「ちょっとリルちゃん! 私がミーちゃんに言おうと思ってたのにぃっ!」
「誰が言っても同じだろ?」
「わはははっ! 二人が見てくれてるなら心強いけど、仕えるってんなら二人共まずは言葉遣いから意識しなきゃな。ララスさんの執事さんが凄い形相でこっち見てるぞ?」
ミズキが二人の視線を誘導する様に指を伸ばすと、綺麗な佇まいをしながら二人に対し怒りの表情を向けていた。
「俺、あの人苦手だ……」
「叱られるって事はリルドが成長出来る箇所があるって事だよ。そうやって学んだ人間は次の世代に伝える事が出来るんだ。貧民街の子供達の未来を繋げたいんだろ?」
「……気を付ける……ます」
瑞希は苦笑しながら踵を返そうとするが、フィロが指先で瑞希の肩をちょんちょんと触り、未だ動こうとしない少女を指差した。
瑞希は溜め息を吐きながら目的の少女へと近づいて行く。
「チサ、好い加減諦めろって」
「……ヴォグも一緒に行くもん。な?」
チサに同意を求められるヴォグだが、ヴォグは足元に抱き着くチサの服を咥え、持ち上げると、瑞希に手渡しさっさと門の中へと入って行ってしまう。
「……うち、しつこくしたからヴォグに嫌われた……?」
「いや~、ヴォグは賢いからそんな子じゃないと思うんだけど……」
瑞希もヴォグの行動に首を傾げながらチサを慰めていると、ヴォグはすぐにルフを連れてチサの元へと戻って来た。
そしてその口には真っ黒な子ブルガーが咥えられている。
ヴォグがチサにその子ブルガーを手渡すと、チサはその可愛らしさに破顔する。
チサに抱きしめられた子ブルガーは、尻尾をブンブンと振りながらチサの顔を見上げていた。
「ぼふっ!」
「ばふっ!」
子ブルガーを抱きしめるチサに、ヴォグとルフが一鳴きする。
子ブルガーはよじよじとチサの体を上ると、チサが着ているローブのフードへ転がり込んだ。
「チサ、バージに聞いたらそのブルガーはヴォグとルフの子供だって。チサとシャオにおやつを貰ってからずっと会いたがってたんだと」
「……健気な子や!」
「あふっ!」
フードの中から顔を出した子ブルガーは、チサの頭越しに両親に返事をする。
「ぼふっ!」
ヴォグはもう一鳴きすると、チサに鼻先を押し付けた。
「……うちを嫌いになったんやないの?」
「ぼふ」
その鳴き声は、違うと言わんばかりの優しい一鳴きだ。
ヴォグとルフがチサの両頬をぺろりと舐めると、子ブルガーは嬉しそうにチサの髪を舐めた。
「……急にどうしたん? 皆して」
ヴォグとルフはチサから離れると、バージに視線を送る。
バージはその行為に呆気を取られながらチサに説明をし始めた。
「チサ、ヴォグとルフがその子ブルガーを宜しく頼むってよ。今二匹から同時に匂いを付けられただろ? それは番のブルガーの信頼の証なんだよ。この二匹が幼い子をカルトロム家以外の奴に任せるなんて初めてなんだぞ」
チサはバージの説明を受け、満面の笑みを浮かべる。
「……この子うちと一緒に来るん!?」
「あふっ!」
チサの質問に子ブルガーがすぐさま返答する。
「またうるさいのが増えるのじゃ」
シャオは喜ぶチサを眺めながら言葉を漏らす。
「わははは! そう言いながらシャオはモモと仲良くなったじゃねぇか?」
「あ、あれはモモが話の分かる奴じゃからじゃ! そこらのウェリーとは違うのじゃっ!」
「じゃああの子だってきっとそうなるさ。あんなにチサから愛されてるんだからさ」
「うぬぅ……」
チサはハッとした表情で、子ブルガーを連れて瑞希の元へと走って来た。
「……ミズキ! この子の名前決めて!」
「俺がか? そもそもこの子は雄か雌かどっちだ?」
「……見たらわかるやん? 女の子!」
「だからわかんねぇって……。じゃあどんなのが良い?」
「……ん~……瑞希の故郷でペムイに関する呼び方って何があるん?」
「ん? 米って事か?」
瑞希の言葉に子ブルガーは反応を示さない。
「……コメはいまいちみたいやから他にある?」
「米に関連する事なら……糠、麹、稲穂……」
「あふっ!」
イナホという声を聞いた瞬間に子ブルガーが大きく鳴く。
「……決まり! 今日からこの子はイナホ!」
「あふっ! あふっ!」
チサがイナホを抱え上げると、イナホも嬉しそうに声を上げる。
「そんな単純に決めるのか……」
「くふふふ。モモの時もそうじゃったのじゃ」
瑞希はそう言われればそうかと納得する。
「おいっ! そろそろ行くぞっ!」
「わかった! ほらチサ、ムージ達も待ってるからそろそろ行くぞ」
「……ヴォグ、ルフ、イナホはうちに任せといて! また連れて来るから!」
「あふっ!」
チサとイナホがヴォグ達と別れを済ませる。
こうして瑞希達はムージ達を連れ、キーリスへの帰路へと着いたのであった――。
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