カルトロム家の社交界と交錯する想い
――バージと共にカルトロム家へと戻って来た瑞希達一行は、カルトロム家とサルーシ家の両家から盛大に持て成されていた。
だが、その場の中心は瑞希達ではなく、バージとララスである。
ガジスが王位をララスに継承し、ボングは勿論、バングも素直に受け入れた。
細かな取り決め等は追って決めていくのだが、ララスとバージの婚姻はグラフリー家、カルトロム家の両家から認められ、瑞希達がテオリス家に戻るまでに祝って欲しいとの事だった。
瑞希はそうと決まればと、厨房へ入ろうとしたのだが、全力で拒否されてしまい、社交界の場へと駆り出されていた。
この場は正式な御披露目の場ではなく、謂わばララス・グラフリーの御披露目である。
魔法至上主義派であったグラフリー家派閥の貴族からは、バージ・カルトロムという人物を良く見知られているのだが、逆の立場であるララス・グラフリーという人物は、反対派閥である貴族から、噂の人物でしかなかったためだ。
カルトロム家率いる反対派閥の貴族達も、グラフリー家派閥の貴族達同様、噂に聞くララスの姿を想定していたため、初めて見るララスの姿に感嘆の声を漏らしていた。
「あははは……どうも……いえ、私は連れが居ますので……」
「うちにはもう婚約者が居るさかいお近付きにならんでええて。なぁ~? って、ドマルはん! 鼻の下伸ばしてるやろ!?」
「の、伸ばしてないからっ!」
「やっぱりドマルはんも若い子の方がええんやろ……」
「そんな事ないから! カエラは今日も綺麗だから僕が横にいる方が違和感だよ」
「ちょっ! もう! 照れるやんかぁっ!」
カエラはそう言いながら照れを誤魔化すために、ドマルの背中をバシバシと叩く。
カエラの普段の秀麗さや、近寄りがたい雰囲気を知る貴族達から、カエラの恥じらう姿を引き出したドマルに一目を置いていた。
瑞希とミミカの周りにも人だかりが出来ている。
髪を上げ、礼服を着ている瑞希の周りには少しを間を空けた貴族令嬢達が、ミミカの周りには貴族令息達が群がっていた。
ミミカにはテオリス家というネームバリューがあり、瑞希にはキーリスの英雄というネームバリューがある。
それに加え王都や王宮での活躍は勿論、カルトロム家当主夫妻を救ったのも伝わっているのだ。
当然繋がりを重視する貴族達が二人を放っておく訳がないのだが、瑞希の両隣はドレス姿のシャオとチサが唸りながら、女性達を遠ざけている。
そんな二人の姿を見ながら少し落ち込んでいるのはアンナである。
「――ミミカ様の心配ですか?」
アンナにグラスを手渡しながら声を掛けたのはオリン・サルーシだ。
「い、いえ! ミミカ様の護衛には兄が付いておりますので……。只、こういう場に慣れていないだけです……」
「そうですか。所で……ミミカ様、そしてミズキさんに約束を果たして頂けましたので、私の縁談は彼等の望んだ通り、自然と消滅してしまいました」
オリンはふっと鼻で笑っているが、その顔は清々しい顔をしていた。
「い、以前も申しましたが、私では格が釣り合いません!」
「ですが、それはあちらにおられるグラン様も同じ事なのでは?」
オリンの視線に引っ張られたアンナは、ミミカの側でミミカに言い寄る貴族達へ向け、怒気を発しながら仁王立ちしているグランの姿を視界に入れる。
「失礼。勝手な推測でした。グラン様はミミカ様の事を慕っている感じでしたので。ですが、お兄様にも格が違うからと諦めさせますか?」
「そんな事は……!」
アンナがそう言いかけた所で、オリンが頷いた。
「そうです。格が釣り合わないと言うのは格が上の者が言うならば有効ですが、カエラ様やミミカ様が選んだ相手は格という物では計れない魅力があるはずです。それは私から見ての貴方と同じですよ」
オリンはアンナにそう告げ、優しく微笑む。
オリンの言葉に納得してしまい、言葉を返す事が出来ないでいるアンナは、ドレスの裾をつんつんと引っ張られた事で、我に返り視線を向ける。
「アンナお姉ちゃん! お兄ちゃんとお姉ちゃんが知らない人に囲まれて困ってるから助けて!」
「ア、アリベル様!?」
「オリンのお兄ちゃんもアンナお姉ちゃんは駄目っ! アンナお姉ちゃんは好きな人いるもんね~?」
アリベルの言葉にオリンが尋ねる。
「そうなのですか?」
「い、いいいいいえっ! そ、そそそ、そんな事は――「え~? お兄ちゃんの事好きじゃないの~? ミミカお姉ちゃんとジーニャお姉ちゃんといっつも楽しそうに話してるのに~」
「はわ、はわわわっ!」
アンナは慌ててしゃがみ込み、アリベルの口を両手で塞ぎながら、瑞希達に聞こえていないかを確かめ、ほっと一息を吐いた。
だがすぐ近くでアンナの姿を見ていたオリンが残念そうな表情を浮かべていた。
「そうでしたか……。ミズキさんが相手だと私では役者不足でしたね」
「そ、そんな事はありませんっ!」
アンナは慌てて立ち上がる。
「ですが私もはいそうですかと引き下がるのも癪ですので、貴方をお慕いしてる男がいるというのは心の片隅にでも覚えておいて下さい」
オリンはそう言いながらその場を後にした。
アリベルと二人残された事で、アンナはへなへなと腰を下ろし、アリベルの頬っぺたを抓む。
「アリベル様~? 人の事を勝手に言っては駄目ですよ~?」
「ごめんなひゃ~い!」
「……でもありがとうございます」
アンナはそう言いながらアリベルに優しく微笑むと、アリベルと手を繋いでミミカの元へと歩んでいくのであった――。
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「――だぁぁっ! 疲れたっ!」
瑞希は当たり障りのない会話で貴族令嬢の誘いを断り、踊りの時間になればミミカを始め、身内の少女達が瑞希を手離さぬ様に結託をしていたため、何度も何度も踊る羽目になった。
会場の部屋から出られるエントランスへと抜け出してきた瑞希は、度数の低い酒を飲みながら体力の回復を図ろうと試みていた。
「何だよ? お前も抜けて来たのか?」
「――ふん。今はアンナがミミカ様の側に付いているからな」
「わはは。じゃあ大丈夫か。グランも飲むか?」
瑞希はそう言うと、飲みかけの酒をぐいっと煽り、新たな酒を注いでグランに差し出した。
グランはそのグラスを受け取ると勢い良く飲み干した。
「……お前はミミカ様と結ばれるつもりはあるのか?」
グランは外を眺めながらポツリとそう呟く。
「それは……真剣に答えた方が良いよな?」
グランのミミカに対する気持ちを知っている瑞希は少し間を取り、偽りない言葉を選ぶ。
「そうだな……。これはミミカにも言ったんだけど、俺はいつ居なくなるかも分からない。明日消えるかもしれないし、普通に寿命で老いて死ぬかもしれない。皆と歳を取って死ぬならそれで良いけど、俺は一度死んでる筈の人間だからな。今は結婚とかは考えられないってのが正直な心境だ」
グランは瑞希の言葉を黙って聞いている。
「それとは別に俺の故郷じゃミミカの歳はまだまだ子供だしな。今は歳が少し離れた妹とか、従妹みたいにしか思えないかな」
「そんなものは数年すれば解決するだろう? それに人がいつ死ぬのか、そんな事は誰にもわからんだろうが」
「その数年の間に何がどうなるかも分からないだろ? ミミカだって好きな人が出来るかもしれないし、それを考える時間が欲しいってのが今回の俺の役目だろ? カエラさんは下心があったみたいだけどさ」
瑞希は苦笑しながらグランからグラスを奪い、酒を喉に流し込む。
「それとは別に、俺には貴族暮らしは無理かな。今回の社交界でも疲れたし、長生きできるなら店でも構えて色んな人と喋ったり、時折旅に出るのも楽しそうだしさ。今は色恋よりかはもう少しこの世界に馴染まなきゃな」
「ならば……」
グランは勢いを付けるため、瑞希からグラスを奪い取る。
瑞希は何も言わずグラスに酒を注ぎ、グランはその酒をごくごくと飲み干した。
「ならば、お前を想っている者共はどうする!? ミミカ様だってお前の事が――「あほ。例えそうだとしても、それはお前が言っちゃいけないだろ?」」
「ぐぬ……、ならば俺はミミカ様を慕っていても良いのだな!?」
「わははは! 当然だろ? 友達の恋路を邪魔する必要があるか? 誰が誰を想っても良いに決まってるだろ。あ、でも無理強いだけはするなよ? ちゃんとミミカの方からグランを選ばなきゃ、バランさんに殺されるぞ?」
瑞希はグランの肩を組み、そう言って笑いかける。
「……鍛錬あるのみだな」
グランは頬の火傷痕を触りながらポツリとそう呟いた。
「そうそう。バランさんは少なくとも兵士の中で一番になったんだからな。グランなら絶対一番になれるさ」
グランは瑞希に向けられた笑顔を見てふっと微笑み、空を見上げた。
「月が……綺麗だな」
グランにかかっていた靄は少し晴れたのか、こちらの世界にもある月を眺めながらグランがそう呟くと、瑞希は嫌そうな顔をしながらグランからゆっくりと離れる。
疑問に思ったグランが瑞希から故郷の逸話を聞き、怒り出すグランを瑞希は笑い飛ばすのであった――。
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