今後のグラフリー家とアリベル
――ガジスの姿は年相応に白髪も出始めており、バランとさほど変わりない年齢の筈なのだが、バランよりも少し老けて見える。
瑞希の料理を食べた翌日、ガジスは瑞希の治療をララス監視の下受けていた。
瑞希の側にはシャオが居り、ミミカに連れられて来たアリベルも瑞希に隠れる様にその光景を眺めている。
「――っと。いかがでしょうか?」
「うむ……」
治療を終えた瑞希はガジスに尋ねるが、ガジスには違和感が残る様だ。
体を動かすガジスを眺めていたシャオが口を開く。
「恐らくシャルルと同様に、ミタスに魔力を込められた事で器に損傷を負っているのであろう。暫くは魔法を使わん事を勧めるのじゃ」
「やはりか」
ガジスも自身でも薄々感じていたのか、シャオの言葉を素直に受け止めた。
「まぁ魔法が使えなくて不安もあるじゃろうが、私生活に影響はなかろう? 丁度良い機会じゃ。さっさと隠居でもして美味い物を食っておればその内治るやもしれんのじゃ」
「ばっ……! 申し訳ありません! 俺の妹がっ……」
瑞希が慌ててシャオの口を塞ぐが、ガジスはシャオの言葉を黙って頷いていた。
「いや、その娘の言う通りだ。元より今回の事もあり私は王位を譲るつもりだったのだ」
「えっと……」
瑞希はその話を聞いて良い物かと考え言葉を詰まらせる。
瑞希に口を塞がれているシャオがもごもごと口を動かし、瑞希の手から逃れた。
「苦しいのじゃ! ミズキの手はわしの口を塞ぐためではなく、頭を撫でる為に使うのじゃ!」
「お前が失礼な事を言うからだろ!」
「ひひふなのひゃから、ひははないのひゃ!」
瑞希はシャオの両頬を引っ張るが、シャオの事実だから仕方ないという言葉はガジスの耳元にも届く。
「ミズキ君、私は命が助かっただけでも良かったと思っているからシャオ君を許してやってくれ。それよりも三人共、我が領地……いや、私の子供達を救ってくれて感謝する」
目を瞑りながらそう告げるガジスに、瑞希は慌てて否定するが、その返答に答えたのはミミカだ。
「偶々ですよ……ね? ミズキ様?」
悪戯めいたその表情は瑞希が言わんとしていた事を代弁した。
ララスはそのやり取りを聞きクスクスと笑いだす。
「ミミカ様ったら……」
「だってミズキ様の事だからこう言うに決まってますもの!」
二人の中で通じ合う事なのだろうが、当の瑞希本人は台詞を取られた事に困り顔をしていた。
「まぁミミカが言った通りです。それにミタスに関してはシャルルさんにも関わってましたから放っておく事も出来ませんでしたしね」
「私が病床に就いていたとは云え、シャルルやアリベルには悪い事をした。本当に済まなかったなアリベル」
瑞希は後ろに隠れながらもじもじしていたアリベルを抱きかかえる。
表に出されたアリベルはチラチラとガジスを確認している。
「恥ずかしいのかアリベル?」
「そうじゃなくてね! そうじゃなくて……アリーのパパって言われても……わかんないの」
申し訳なさそうにするアリベルは、救いを求める様に瑞希に視線を向ける。
「生まれてから一度も顔を合わせた事のない私を父だと思う必要もない。だが、叶うのであれば一度抱きしめさせては貰えないだろうか?」
「ん~っと……」
アリベルはガジスが差し伸べる手を掴む前に瑞希をチラリと覗き込む。
「お兄ちゃん怒らない?」
「何で俺が怒るんだよ?」
「だってシャオお姉ちゃんが他の人に抱っこされたら怒るでしょ?」
「そりゃシャオが嫌がるからな。でもチサが親父さんに抱きしめられたり、ミミカがバランさんに抱きしめられてもそれは普通の事だよ」
「い、今更抱きしめられませんよっ!」
瑞希の言葉をミミカが恥ずかしそうに否定する。
「それにお父さんに甘えられるのも子供の特権だぞ? なぁミミカ?」
「それは……そうですね」
ふと自身の幼い頃の事をミミカは思い出す。
幼い頃の記憶を掘り返しても、思い出されるのはバランの後ろ姿だ。
「じゃあ……ちょっとだけなら……」
アリベルの言葉を聞いた瑞希は、伸ばされるガジスの手にアリベルを手渡した。
アリベルは無骨な男の胸板を感じつつ、聞こえて来る心音に意識を委ねた。
「マリル殿との約束だったのだ……」
アリベルを抱きしめたままガジスは続ける。
「私がミタスの魔力で操られている時に、この両手はアリベルを抱きしめる為に使えと。私にはその資格がないのかもしれないが、アリベルにも父が居る事を知って欲しかったのだ」
「……?」
アリベルはゆっくりと目を開き、その言葉を聞き入れる。
「アリベル、お前は間違いなく望まれて生まれて来た子だ。シャルルがお前にどれだけ救われ、どれだけ愛情を注いでいたのか、私は知る事もなかった。だがシャルルが求めたのは自分の事ではなくお前の幸せだけだった。今さら私が父親面をするつもりもない。お前が望む幸せがある場所を選べば良い」
「アリーね……お姉ちゃんのお家をママに見せたい……」
「そうか……」
ガジスは優しくアリベルの頭を撫でる。
「私もアリベルが幸せを感じてくれるならばそれで良い。何か困った事があれば父を頼れ。不甲斐ない父親だが、その時は必ずお前の力になってみせる」
ガジスはそう言うとアリベルの腋に手を差し込み、ミミカへと手渡した。
「その子が日々を幸せに感じる様に育ててやってくれ」
「お約束します」
ミミカはアリベルを下ろすと、力強くそう答えた。
「ララス、バングとボングをここへ呼んでくれ。私は王位を次の世代へ渡す」
「……畏まりました。今すぐ二人を呼んできます」
「じゃあ俺達はそろそろお暇しようか」
「そうですね。ガジス様、ララス様、また会える日を――」
ミミカはそう告げ、一礼をして瑞希達を連れ部屋を後にする――。
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「アリベル、本当に良かったのか?」
「なにが~?」
アリベルは瑞希とミミカ、両方の手を繋ぎながら広い廊下を歩いている。
シャオは言わずもがな、瑞希の背中にへばりついていた。
「今ならシャルルさんとこっちで暮らす事も出来たんだぞ?」
「それだと皆とお別れしちゃうもん! それにアリーはお姉ちゃんの妹になっても良いんでしょ……?」
アリベルは少し不安そうにミミカの顔を伺う。
「妹になるんじゃなくて、貴方はもう私の妹よ。これからはテオリス家の姓を名乗る事になるわ」
ミミカの言葉を聞いて、アリベルは嬉しそうな表情で瑞希に視線を向ける。
「だって!」
「そうだな。二人は姉妹にしか見えないし、それで良いのかもな」
「あれ~? じゃあママはミミカお姉ちゃんのパパと結婚するの~?」
アリベルは首を傾げながら、子供の知識で考えた事を率直に口にする。
ミミカは苦笑しながら答える。
「そういう訳じゃないんだけど……。それに私には素敵なお母様が二人もいるんだから、シャルル様までお父様と結婚したら大変でしょ?」
ミミカの問いにアリベルはしばし考えてから答えた。
「ん~……。でもお兄ちゃんもいっぱいお嫁さん欲しいでしょ?」
予想していなかった質問に瑞希は焦る。
その姿を見たシャオが憤慨した。
「許さんのじゃ! それにミミカの婚約者役もこの旅が終わればおしまいなのじゃ!」
「あほっ! こんな所で大声上げてそんな事言うなっ!」
「あ、じゃあお兄ちゃんはアリーと結婚出来るよねっ!」
「ア~リ~ベ~ル~……?」
ミミカの笑顔とは裏腹に、醸し出す雰囲気には修羅が宿っている。
それを感じたアリベルは慌てて二人から手を離し、ミミカから遠ざかっていく。
「こらっ! 待ちなさ~い!」
アリベルを追いかけるミミカを見ながら瑞希は苦笑するのであった――。
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