トーチャ尽くしと騙し討ち
ガジスが食事を終える頃、厨房での調理は佳境へと差し掛かっていた。
味付けを施され、トロトロに煮込まれたボング用の角煮。
冷やして固めた豆腐を、マクを入れた鍋で煮込んだ湯豆腐。
ガジスも舌鼓を打った呉汁。
チサがマクを入れて炊き上げたペムイを、瑞希の指示で大きなバットに移すと、瑞希は合わせ酢を掛けながら混ぜ合わせる。
勿論シャオが瑞希の指示でそれを眺めながらも風魔法を使っていた。
「……ペムイを炊いてから酢を混ぜるん?」
「砂糖と塩を混ぜた寿司酢だ。ペムイの粗熱を取りながら寿司酢の味を染み込ませていくんだ」
「……寿司って前聞いた生魚を乗せる奴やんな? 魚ないで? 今焼いてるのはオーク肉のはんばーぐやし、こっちの豆腐を揚げたのは……」
「油揚げだよ。味を付ける前に見せたけど、中が袋状になってただろ? そこにこの酢飯を詰めるんだ。いなり寿司って言うんだけど、魚を使わない寿司もあるんだ」
「揚げた豆腐を茹で始めた時は何をしておるのかと思ったのじゃ」
「油抜きをしないとくどくなるからな。それに俺達の食事なら砂糖を怖がる必要もないだろ?」
「……にへへ。豆腐料理にはジャルを良く使うんやな?」
「和食中の和食だからな。じゃあ二人はこうやって油揚げに酢飯を詰め込んでくれるか?」
瑞希がお手本を一つ見せると、二人は要領が分かったのか、油揚げが破けない様にたどたどしくはあるが丁寧に酢飯を詰めていく。
瑞希は酢飯を少し拝借し、二人に隠れながら別の料理を作ろうとしていた。
ハンバーグも焼き上がり、シャオとチサがいなり寿司を完成させた時に、空腹に耐えかねたミミカがアンナ達を引きつれながら厨房に現れた。
「ミズキ様……お腹が空きました~……」
「あれ? アリベルはどうした?」
「アリーならグランを護衛に付けてシャルル様の所にいます」
「そっか。シャルルさんを一人にするのもあれだし……シャルルさんの部屋って広いのか?」
「元とは云えガジス様の妾ですので、相応の部屋が与えられております」
「ならそっちに運んで皆で食べようか? 結構な量を作ったし、ララスさん達も呼んだらフィロやリルドも食べるだろ?」
「じゃあうち等も食べて良いんすか!?」
「フィロ達が食べるなら付き人のジーニャ達も食べていいよな?」
瑞希は念の為にミミカに確認する。
「問題ありません。ララス様もずっと気を張っていますので、ミズキ様の御料理に癒された方が良いと思います」
ミミカはにこりと微笑んだ。
「じゃあ皆でここに作った料理を運んでくれるか? ほらほらシャオとチサも手伝って!」
「うぬぬぬ。何故急に急かすのじゃ!」
「……なんか怪しい」
二人の疑心暗鬼な視線に瑞希は愛想笑いをしながら誤魔化す。
「怪しくなんかないって! それより二人共お腹が空いてるだろ? 俺は料理を盛り付けて行くから二人はアリベルに顔を見せてやってくれよ」
二人の視線は瑞希の表情を読み取ろうとするが、瑞希はニコニコと微笑んでいた。
「酒じゃったら取り上げるのじゃ……」
「……手元にあるペムイ酒はさっき使い切ったで?」
瑞希はアンナとジーニャに視線を送る。
二人も瑞希の行動に疑問を浮かべながらも、シャオとチサに話しかける。
「チサちゃん、こっちの料理はなんすか?」
「……それは湯豆腐!」
「シャオ殿、こちらは普通のはんばーぐとは違うのですか?」
「くふふふ! それはモーム肉の代わりに豆腐を使っておるのじゃ! わしもどんな味なのか楽しみなのじゃ!」
二人の興味は今日作った料理を質問された事で瑞希から移った様だ。
瑞希は二人に見えない様にアンナとジーニャに親指を立てる。
瑞希は出来上がった料理を手早く器に移していくと、皆に手分けして運ぶようにお願いし、シャオが厨房を出たのを見計らってから、こそこそと酢飯を使い料理を続けるのであった――。
◇◇◇
「――ママ、マリル……頑張って」
アリベルは静かな寝息を立てるシャルルの手を握りながら未だ目覚めぬシャルルを心配そうに見ていた。
グランはその姿を見ながら自身の頬に残る火傷痕を触りながら物思いにふけっていた。
「兄さん、扉を開けてくれないか?」
扉越しでくぐもってはいるが、聞き慣れたアンナの声に反応したグランが扉を開けると、そこには両手に料理を抱えたアンナとジーニャの姿が視界に入った。
「ミズキ殿がアリベル様とも一緒に食事をしようという事になってな。済まないがテーブルの上を空けてくれないか?」
丁度腹が減っていたグランはアンナが手に持つ呉汁の香りを嗅ぎ取りごくりと喉を鳴らした。
「お兄ちゃんの御料理!?」
アンナの言葉に反応したのはアリベルだ。
「ほ~ら、目を覚ましたミズキさんが皆で食べようっていっぱい作ってくれたんすよ!」
部屋に入ったジーニャは、手に持った豆腐ハンバーグが乗った皿をアリベルが見えやすい様に掲げる。
「はんばーぐだぁ!」
「くふふふ。それはわしがミズキに聞きながら作ったのじゃ!」
「……うちはこっちの呉汁を手伝ったで」
次々と運ばれる料理にアリベルは思わずシャルルに報告に行く。
「ママっ! お兄ちゃん達が作った御飯だよ! 起きないの!?」
シャルルからの返事はなく、規則正しく寝息を立てる。
部屋に入って来たミミカがアリベルを抱える。
「こぉら。マリル叔母様もシャルル様も一生懸命頑張ってるはずだから急かさないの! 皆待ってるんだから席に着きましょう?」
「……はぁい」
アリベルが視線をシャルルからテーブルへと戻すと、ララス達やカエラ達迄揃っていた。
カエラはどこから持ってきたのか、バージのグラスにペムイ酒を注いでいる。
「賑やかな方がシャルルはんも起きるかもしれんやろ?」
「カエラが飲みたいだけでしょ?」
ドマルが苦笑しながら突っ込むと、カエラは誤魔化しながらドマルにもペムイ酒を注ぐ。
「俺達迄良かったのか?」
バージの質問にミミカが答えた。
「はい。ミズキ様も一緒に食べたいと仰ってましたので……ですよね?」
丁度皿を手に持ち入って来た瑞希に、ミミカは判断を委ねた。
「こうやって皆で食事を出来るのもあとわずかだろうしな! シャルルさんやマリルには悪いけど、俺達は元気を出して前を向かなきゃいけないだろ?」
「……その通りだっ! じゃあ今日ぐらいはややこしい事は考えずにミズキの料理を堪能するかっ! シャルルもミズキの料理を食べたくて起きて来るだろ!」
「そうそう。アリベルもシャルルさんが起きて来た時にやつれてたりしたら怒られるぞ?」
「うんっ! じゃあ今日はアリーもいっぱい食べるっ!」
「その意気だ!」
瑞希はアリベルの答えを嬉しそうに笑顔で返す。
「ほな、皆大変やったけどうち等は今生きてる! これからどうなるか分からんけど、うちら若者の時代に移る時はもうすぐや! お互い困った事があったら助け合っていこやっ! 乾杯っ!」
カエラの掛け声で粛々としていた数日を振り払う様に賑やかな食事が始まる。
呉汁を啜り涙を流すグランを始め、トロトロに煮込まれたオーク肉の角煮に言葉を失うボング。
豆腐が美容に良いと聞き、前のめりになりながら瑞希に豆製品の説明を聞くララス。
いなり寿司を食し、ペムイの偉大さを語るチサ。
ハンバーグなのに和食になっている事に驚くシャオ等、皆思い思いに食事を楽しんでいる。
リルドが瑞希の持ってきた皿に手を付けた時に、思わず瑞希に視線を送り、その視線を感じ取った瑞希は口の前に指を立てた。
そして瑞希の狙いであったシャオが、一口サイズのその料理を大きく開いた口に放り込んで咀嚼し、思わず飲み込んだ時にシャオが怒り出した。
「――っ!? これは納豆なのじゃ!?」
「わはははは! やっと食べたか~」
「いくらミズキと言えど、わしを騙すとはどういう事なのじゃ!?」
「だって納豆を使ったって言ったらシャオは見向きもしないだろ? 一度食べたら慣れると思ったんだよ。騙し討ちになったけど、一度食べて無理なら俺も諦める。どうだ? 不味かったか?」
シャオは怒りながらも飲み込んでしまった納豆巻きの味を思い返すが、匂いから感じていた嫌悪感は出てこなかった。
「不味くないと思ったならもう一つ食べてみてくれ。お詫びに食後の甘い物も作るからさ」
「うぬぬぬ! 約束じゃぞ!?」
シャオは目を瞑り、納豆が入っていると分かっている納豆巻きを口に入れる。
パリパリとした周りの紙状の食材の香りと、酢の香りが納豆の嫌な匂いを軽減している事に気付く。
「……悔しいが美味いのじゃ」
「ほらな? 一度食べてみたらそんなもんだよ。まぁ海苔みたいな食材が手に入ってたから、シャオのためにいつか作ろうとは思ってたんだよ」
「のり? これは一体何なのじゃ?」
「ムージに分けて貰ったブルガーのおやつだよ。ほらシャオとチサも子ブルガーに食べさせてただろ? アレを薄く広げて天日で乾かしといたんだ。期待通り海苔みたいになって良かったよ」
それを聞いて納豆巻きを口にしていたバージが思わず噴き出した。
「こ、これ、ブルガーが食べるシハロか!?」
「そういう名前か? 匂いを嗅いだ時にこうなるかなって思ったんだよ」
「食事を無駄にすんな!」
リルドはバージを小突いてから、納豆巻きを再び口にする。
「別にブルガーが食べてようが美味けりゃ良いだろ? そんな事言ったら動物が食べてる食材が世の中にどれだけあると思ってんだ?」
「さすがリルド! 良い事言うなぁ!」
瑞希はリルドの言葉を称賛する。
「いや、だってよぉ……」
「バージ様、ミズキ様はこうやって私達の常識を覆す方なんです! だからこそテオリス家では乳製品が生まれ、これからもっと豊かになっていくんです」
「それはそうかもしれないですが……えぇ~……」
ブルガーを育て続けて来た家柄だからこそ、バージはシハロを食材として見るという事の違和感が拭えない。
「あははは。そんな事言ったら僕はミズキにオオグの実を食べさせられましたよ?」
「虫除けじゃねぇか!?」
酒も入り上機嫌のドマルがバージに話しかける。
「ウテナの実も美味しかったっすよね?」
「あのくそ渋いのがか!?」
そこにジーニャも加わる。
「……生の肝臓を食べたりした」
「はぁっ!?」
代わる代わる発言される内容にバージは驚きを隠せない。
いつの間にか場の流れは瑞希に食べさせられた常識外の物を挙げる流れになっていた。
「ペムイにモーム乳を使った料理もあるしなぁ?」
「そう考えたら納豆だって……」
カエラもその流れに乗って在り得ない組合せに思える料理を言葉にすると、両親を救った納豆も常識外の物かと、バージは皆の発言を飲み込んでいく。
「けどお兄ちゃんの作る料理って……「「「「「美味しいんだよねー!」」」」」」
アリベルの言葉が合図になった事で発言していた者達が声を合わせてしまい、思わず笑いだした。
「くふふふふ……」
シャオはここに居る者達が瑞希を認めている事を我が事の様に喜んでいる。
「……にへへへ」
それはチサも同様だ。
賑やかな食卓の場がお開きになる頃に、瑞希はミミカ達が良く知る金属製の筒を取り出した。
瑞希はシャオと手を繋ぎ、魔法を使い素早く金属筒を混ぜると、中からはミミカ達の大好物が取り出された。
「モーム乳があったんですか!?」
「モーム乳じゃなくて、豆乳で作ったんだよ。甘味やコクは少し物足りなく感じるだろうからこれをかけてっと……」
瑞希は器に盛り付けた豆乳アイスに蟻蜜を掛ける。
「シャオとの約束の甘い物、豆乳アイス蟻蜜がけの完成だ。シャオ、ちゃんと納豆を食べれるようになって偉いぞ」
瑞希はシャオの頭をいつもの様に撫でる。
シャオが瑞希に褒められた事に満面の笑みを返す中、ミミカ達は豆乳アイスに歓喜し、初めてアイスクリームを食べる者達は黙々と豆乳アイスを口にする。
「やっぱりお兄ちゃんのお菓子って美味しぃー!」
アリベルの賑やかな声が聞こえているのか、シャルルの顔は薄らと微笑んでいる様に見えるのであった――。
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