呉汁と豆腐
――時間は少し遡る。
瑞希は寸胴の中で、水に漬けていたトーチャに対し、ハンドブレンダー魔法を繰り広げ、そのまま火にかけていた。
シャオとチサは瑞希が初めて作る料理に興味深々の様子だ。
「こうやって火にかけたら泡が浮いて来るから、これは捨てる。鍋の中が焦げ付かない様に混ぜながら火を通していくと……ほら、香りが変わって来ただろ?」
「……ほんまや!」
「青臭い様な匂いが無くなったのじゃ!」
「これで呉が出来たから、呉汁用に少し取り分けといて……。残りはそっちの布で濾すから、二人も火傷しない様に少し離れとけ」
瑞希の言う通りに二人は少し離れ、瑞希は寸胴に入った呉を大きな布を噛ませた別の寸胴へと移す。
「後はこうやって布を気を付けながらしっかり絞って……。これで豆の液、豆乳の出来上がりだ!」
「こっちの布に残った搾りカスは捨てるのじゃ?」
「良い所に気付いたな! こっちはおからって言う食材で、これを出汁で炊いて食べても美味いんだけど、今日はララスさんの要望もあるから別の料理に使うんだ」
「……ジャルを使った料理!?」
「と言っても以前作った事のある料理だけどな。その料理の下茹でにこのおからを使うんだよ」
「何の料理じゃ?」
「まぁ後から分かるからまずは豆腐を完成させよう! 豆乳の入った寸胴を弱火で温めて、湯気が大量に出たら苦汁を加えて混ぜる。豆乳を高温で温め過ぎたら表面に膜が張るんだけど、今日はそれは使わないから温め過ぎない様に気を付けような」
瑞希が二人にレクチャーしている所に、バージが厨房に顔を出した。
瑞希はバージに気付かぬまま説明を続ける。
「……その膜にも別の呼び名があるん?」
「あるぞ~? 豆乳に張った膜は湯葉って言って、乾燥させて使う事も出来るし、そのままジャルに付けて食べても美味い。和食の汁物なんかに良く使うな」
「トーチャから、呉が出来て、おからが出来て、豆乳が出来て……」
「……湯葉が出来て、やっと豆腐が出来るん?」
「凄いだろ? トーチャってのは俺の故郷の歴史そのものだよ。トーチャがあるから今作ってるのとか、ジャルもそうだし、味噌も作れる。先人の作り方や想いなんかもずっと伝わって来てて、俺達やそのまた子供にも、この先にもずっと伝わっていく様な食材なんだよ」
「未来にもじゃ?」
「当然だ。昔々、それこそ俺が生まれる前に話題になった、俺も見た事ある豆腐料理のレシピ本って何年前に出た物だと思う?」
「……ミズキも見た事あるんやろ? 三十年前ぐらい?」
「もっとじゃろ? 五十年前ぐらいなのじゃ!」
「ぶっぶー! 二人共不正解! 正解は二百年以上前だ」
「「そんなにっ!?」」
二人が驚く顔を見て、瑞希は笑いながら豆乳に苦汁を加え、固まり具合を確認する。
「凄いだろ? 豆腐が生まれたのはそのさらにずーっと前なんだけど、そのレシピ本は現代の料理人も目にしてるぐらいだ。そうやって昔の料理でも現代に伝わって、ましてやこうやってお前達にも作り方が伝わっていくんだ」
「……果てしないなぁ?」
「マリルが言ってた様に、人が亡くなっても想いや思想なんかは続いて行く。大事な事は誰かに伝える事だ。俺達がマリルに託された様に、この豆腐ってのも昔の人達から俺に、そしてお前等に伝わって来ただろ? 大事な事や大事にしたい想いってのはそうやって続いて行くもんなのさ」
「……じゃあうちもこれ作れる様になる!」
「わしはミズキの作る物は全部覚えておくのじゃ!」
「わははは! じゃあ俺も忘れない内に色んな物を作らなきゃな! 良し、苦汁を加えて固まって来たら布を噛ました平らなザルにこの塊を乗せていくんだ。余計な水分は布から抜けて、このふわふわのが固まるまで少し時間がかかるから、オークの下茹でを先にやっていこうか!」
瑞希は二人にそう告げると、塊のオーク肉のバラ肉を切り分け、表面を軽く焼き上げると、鍋の中にシャマンを入れる。
「これは角煮なのじゃ?」
「正解! ボング用の肉料理なんだけど、前回と違うのはここにおからを入れるんだ!」
瑞希はそう言いながらオーク肉の煮込む鍋の中におからを加える。
「……何の意味があるん?」
「おからを加えるとオーク肉の臭みを取ってくれるし、水の濃度が上がるだろ? そうすると、熱も伝わりやすくなるから前作った物より柔らかくなるんだよ」
「絞りカスですら料理に使うのじゃな」
「誰が使いだしたんだろうな? これも料理人に昔から伝わる美味しく作る技法なんだ。じゃあ下茹でも時間がかかるから先にガジス様が食べる呉汁を作って行こう。チサ、出汁で炊いてる根菜は柔らかくなってるか?」
「……ばっちりや!」
「じゃあそこに白味噌を溶いて、さっき残しておいた呉を混ぜたら呉汁の完成だ! トーチャの栄養分がぎゅっと詰まってるし、白味噌とトーチャ、根菜の甘味もガジス様の好みに合うと思う」
「こっちの豆腐はどうするのじゃ?」
「それは器に掬って、濃い目に出汁を取ってジャルとペムイ酒で味を付けた汁を添えたら完成だ。呉汁の温かさで胃を起こして貰ってから、口当たり柔らかで食べでのある豆腐でお腹を満たして貰おう」
「……トーチャ尽くしやな」
「トーチャは凄い食材だからな。栄養面でも素晴らしい食材だ。それに温かい物を食べるってのも体には優しい行為なんだ」
「くふふ。じゃあこの料理は至れり尽くせりなのじゃな!」
瑞希は出来上がった料理を器に装い、使用人に声を掛けようとした所でバージの存在に気付く。
「お前等は本当に楽しそうに料理をするな?」
「居たのか? バージは顔が少し疲れてるぞ?」
「色々あってあんまり寝れてないからな……」
「じゃあバージもこれを飲んどけ。疲れた体には良いぞ~?」
瑞希はそう言うと呉汁をバージに手渡す。
受け取ったバージは息を吹きかけながら呉汁を啜る。
「――これ本当にトーチャか!?」
「これが本当にトーチャなんだよ。美味いだろ?」
瑞希はバージの驚く顔を見て笑いながらバージに味の確認をすると、バージは頷きながらも呉汁を流し込んでいく。
食べ終わったバージの顔は、体の芯から温まり、その顔は少し上気している様だ。
「美味かった……!」
「どうだ? これならガジス様も食べれそうだろ?」
バージは瑞希に器を返しながら大きく頷いた。
「でも何で今日はトーチャに拘ったんだ?」
「ん~……何でだろうな? 最初は消化の良い食べ物を考えたんだけど、この子達に説明した様にトーチャって俺の故郷じゃ凄く歴史がある食材なんだよ。ましてやそれから作る食材や調味料、料理に至るまで、色んな歴史があるんだ」
バージは瑞希の話を聞きながら頷く。
「でも、トーチャや豆腐が古臭い料理って訳じゃなくて、老人から子供まで未だに愛されてるんだよ。王都のディタルやグラフリー家だって昔から続いてるんだろ? 今回の事でグラフリー家が揺らぐかもしれないけど、ディタルやグラフリー家を好きな人もいるだろ? それは老人や子供も変わらないし、これからバージとララスが引き継ぐならこの先も皆から愛されて欲しいなって思ってたら何でか豆腐が作りたくなったんだよ」
瑞希は頭を搔きながら苦笑しているが、バージはその言葉から何かを受け取ったのか、大きく胸を叩いた。
「任せろっ! 俺達もその豆腐やトーチャみたいに歴史に名を残してやるっ!」
「わははは! それは良いけど豆腐みたいに脆い家にはするなよ?」
瑞希はそう言いながら出来立ての汲み上げ豆腐をバージに手渡すと、バージは瑞希の言っている事が理解できたのか、瑞希の冗談を怒りながらも心に戒めるのであった――。
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