無自覚の罪と慈悲
アリベルとの再会を心から喜ぶシャルルと共にアリベルの世話を焼くマリル、瑞希の生み出したと思われる米を口にしながら唸るチサ、幸せそうに食事を続けるシャオ、その中で食事中に現状の説明を聞いたミミカが疑問を口にした。
「あの、一つ気になった事があるのですが、この食事はシャルル様からベヒモスの魔力を分けるのに加え、ミズキ様の魔力を治めるためなんですよね?」
「見ての通りじゃ」
咀嚼していたシャオは、肉を飲み込んでからミミカに返答する。
シャオの隣では瑞希もすき焼きを突きながら酒を飲んでいた。
「なら私達は食べちゃいけなかったんじゃ……」
「問題あるまい。以前から瑞希の魔力を疑問視していたが今回の事で謎が解けた」
「……どういう事?」
口の周りに米粒を付けたチサが箸を止める。
「ミズキの魔力量が馬鹿げているのは確かじゃが、回復も異常に早かった。ミズキはどうやら元々他者から微量な魔力を呼吸の様に吸収しておるようじゃ。今回は瀕死になった事で暴走したがな」
「それって周りの人からしたら最悪じゃねぇか?」
「そうとも限らんのじゃ。この場に来てミズキは人の魔力を調味料に変えたじゃろ? マリルも言ってた様に、食材が元々この地に在ったという事はチサが今食っておるペムイや、野菜等は瑞希の魔力が生み出した物じゃろう? 人の魔力と自分の魔力を混ぜ合わせた料理が今食べておるすき焼きという訳じゃ」
シャオはそう言いながら再び肉を口にして咀嚼する。
シャオの話を聞いても疑問が解決されない三人は首を傾げていると、マリルが代弁する。
「つまり、ミズキは魔力を奪ってはいるが、それと同時に分け与えているという事だ。それも与えられた者が幸福を感じる形でな。ミズキも調理に魔法や魔力を使う事はあろう?」
「……滅茶苦茶あるな」
「その時にいつもより美味いと感じた事はないか? 魔法で生み出した水を飲んだりした時はどうだ?」
マリルにそう言われて普段からシャオやチサの生み出した水を美味い美味いと飲んでいる事に、瑞希は顔を掌で覆いながら肯定した。
「仰る通りです……」
「ミズキは魔力を感じるのが味覚と直結しておるのじゃろうな。じゃが瑞希にとって味覚というのは当たり前の感覚じゃから中々気付けんかったのじゃ。無論微々たる量の吸収では感じなかったとも言えるがの」
「じゃあミタスを殴った後に苦みを感じてたのも、マリルが近付いて来てその味が薄らいだのも……」
「魔力が枯渇しかけたミズキの体が、相当量の魔力を吸収した事で味覚がより濃く反応して気付けたんじゃろうな。わしもチサもここぞとばかりに魔力を吸われたしの」
「……魔力薬を飲んでも治らんかったんはそれでか」
チサは瑞希がミタスの元へと向かってから枯渇した魔力が回復し始めたのに納得したのか、再び米を食べ始めた。
「私はミズキ様と再会した時には既に魔力が枯渇してたからわからなかったわ」
「くふふふ。ミタスの魔力は不味くとも良い餌にはなったじゃろ? それにしても久々の魔力の枯渇はしんどかったのじゃ」
「……うちも一生分の魔力薬飲んだかも」
二人のお子様がここぞとばかりに意地悪そうな笑みを浮かべ、瑞希を追い詰める。
無自覚とはいえ罪の意識が芽生えている瑞希には効果的だが、そこにマリルが助け舟を出した。
「そんなに凹む必要はないぞ?」
その言葉に瑞希がマリルに視線を向ける。
「先程も言った様に、其方は普段から料理を介して自らの魔力を分け与えておるはずだ。其方から一番魔力を奪われておるはずのシャオがこんなにも元気なのだぞ? 吸収されては瑞希の料理に舌鼓を打ちながら魔力を回復する。そんな事を日常から繰り返しておるのだろうな」
瑞希がシャオに視線を向けると、シャオはふいっと視線を逸らす。
「し、しんどかったのは本当なのひゃ!」
「だからって人の罪悪感に付け込む必要はなかっただろっ!」
シャオは瑞希に頬っぺたを引っ張られながら反論していると、考え込んでいたミミカが言葉を発した。
「ならミズキ様のやっている事は……「ミタスのやった事と形は違えど同じ事だ」」
ミミカの推測はマリルの言葉に重ねられ、瑞希はシャオから手を離し、真剣に耳を傾ける。
「とはいえ心配する必要はない。自身や他者の魔力を無理やり繋ぎ合わせる様な方法ではなく、瑞希は魔力を優しく返しているに過ぎない。それを拒否する事も許可する事も出来る様に選択権を委ねておるしの。嫌なら食べねば良いだけだ」
「そう言われてもなぁ……もしかしたら害があるかもしれないだろ?」
「害か……。では人間が毒や腐った物を食べないのは何故だ?」
「んん? そりゃ体を壊したくないからだろ?」
「それと同じ事だ。他者の魔力は毒にも薬にもなるが、ミタスの魔力は毒そのものを食わせていた様な物。ミズキの身体はそれでもミタスの魔力を奪ったが、普段から他者の魔力を吸収してるミズキには問題なかった。ミズキの魔力自体も毒かもしれぬが、人は毒を口にして喜ぶだろうか?」
「いや、苦しむだけだな」
「左様。ならばミズキの魔力は毒性を丁寧に取り除き料理した薬とも言える。それにその効果はチサとミミカの魔力量に現れておるではないか?」
「「私の魔力量?」」
急に名前を呼ばれたチサとミミカが声を合わせて聞き返した。
「其方等の魔力量の成長は早い。成長は毎日の鍛錬と器の差によるものだが、二人の年齢にしては魔力量が多いのだ」
「……そう言えば魔法を使い始めた時はすぐ枯渇してた」
「私もミズキ様と出会ってから魔力量が増えたわ!」
「それがミズキの料理という訳だ」
「俺はただ料理を作ってるだけなんだけどな……」
瑞希はそう言いながらも安心したのか、グラスに入った酒に口を付ける。
「でもミズキ様は何故そのような事をしているのでしょう?」
「何故……という理由は分からんな。しかしミズキは他者から魔力を奪う。そのおかげで生きる事が出来るのであれば感謝をするのが当たり前であろう? 料理で人を喜ばす事が好きなミズキの、言わば無自覚な罪と慈悲という訳だ」
「くふふふ。確かにそうじゃな」
話がまとまった事で瑞希に害は無いと言われ、ほっと胸を撫でおろした。
「なんにせよ人に支えられてるって事か。いつも一緒に居て魔力を貰ってるであろうシャオやチサには特にそうか……」
「そういう事なのじゃ! 感謝するのじゃったらわしに甘い物を作るのじゃ!」
「……うちもペムイを使った和菓子食べたい!」
「私の魔力も使ってるかもしれないんですよね!? 私は洋菓子が良いです!」
「アリーも! アリーはねぇ、アリーはねぇ……!」
マリルの話を聞き安心した事で、いつもの様に瑞希の料理に群がる皆の姿に瑞希は思わず笑いだした。
「わははは! 皆が喜んでくれるなら何でも作るさ! 一先ずは元の世界に戻ってからだけどな?」
「何を作るのじゃ!? どーなつか! どーなつじゃな!?」
「……和菓子! お団子食べたい!」
「私は自宅に戻ってからで良いので洋菓子が良いです!」
「何を作ろうかな~? どうせならアリベルの要望を聞こうか? お母さんと再会できたお祝いにさ」
詰め寄る三人の意見をさらりと躱し、瑞希はアリベルとシャルルに笑顔を向ける。
「やったぁ~!」
「「「むぅぅぅ……」」」
アリベルはその言葉を聞き両手を上げて喜び、三人は瑞希の言う理由に納得するしかないため唸る。
「じゃあね~、アリーはねぇ、果物を使ったのが良い! ママと一緒に食べれる大っきぃなの!」
「大きなお菓子か~、ならテオリス城に戻ったら一緒に作ろうか?」
「うんっ! えへへ~! アリーも頑張ってお手伝いするからママも食べてねっ!」
瑞希が自身の要望を叶えてくれる事に嬉しくてたまらないアリベルは弾けんばかりの笑顔でシャルルに声を掛けた。
シャルルがにこりと微笑み返すが、どこか陰を帯びたシャルルの笑顔を見たマリルは、話す決意をするのであった――。
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