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仮初の再会とすき焼き

 居間に場所を移した瑞希達は、ガスコンロの土台にシャオの魔法を使いながら鉄鍋を熱していく。

 瑞希は菜箸を使い、ベヒモスの脂身を鉄鍋に塗り広げていく。


「……この台から火が出るん?」


「ガスボンベがあればな。今はシャオの魔法でいつも通り火を熾してるけど」


「がすぼんべ……?」


「魔力を詰めた筒みたいなもんかな? それがこのスイッチを捻れば火の魔法に変わる……って言えば良いのかな?」


「……誰でも使えるんやったらめっちゃ便利やん!」


「ミズキ様の故郷にも魔法はあるじゃないですか!?」


「魔法……まぁ魔法みたいなもんか? 夜でも明るく照らすガラスとか、鉄で出来た馬車みたいな物もある世界だからな」


「良いから早く調理を続けるのじゃ!」


 瑞希はシャオに促されるまま熱した鉄鍋に薄く切ったベヒモスの肉を広げていく。

 じゅわじゅわと音を立てながら肉の焼ける香りが居間に広がる。


「こうやってある程度肉が焼けたら、砂糖をばさばさっとかける。やり方は家庭や地域によって様々だけどな。うちのやり方は何故か関西風だったな」


 瑞希が肉に砂糖をどっさりとかけ、砂糖が溶け肉に纏わりつく時にジャルを回しかける。

 じゅわわわっと音を立てながらジャルの香ばしい香りが居間にいる者達の腹へと直接語り掛ける。

 アリベルもシャルルに声を掛けながらもその香りが気になる様だ。


「……こんなん絶対美味しいやん!」


「まずは肉だけで食べてみるか。シャオ、器に入れた生卵を溶いて待ってろ」


「わかったのじゃ!」


 シャオはちゃかちゃかと慣れた手付きで卵を溶き、瑞希はシャオの器に焼き上がったベヒモスの肉を入れる。


「卵をたっぷりと絡めて食べるんだ」


「頂きますなのじゃっ!」


 ベヒモスの肉に抵抗感がないシャオは、溶き卵をたっぷりと絡めてから肉を大きく口を開けて頬張る。

 大量の砂糖で甘いと想像していた肉の味は、ジャルの塩味と香りに包まれて豊かな味へと変貌していた。

 幸せそうな笑顔を浮かべながら咀嚼する顔を見たチサとミミカは素早く瑞希に視線を送った。


「大丈夫だって。肉は山ほどあるからな!」


 瑞希はそう言いながら二人の器に肉をよそう。

 二人が食べる姿を見ながら自身も一枚肉を食べてみた。


「わははは! 美ん味い!」


 瑞希のリアクションにチサとミミカも力強く頷いている。

 アリベルも早く食べたいのかシャルルに声を掛ける中、マリルはアリベルと一緒に食べるべく待っていた。


「結局酒は使わんのか?」


「勿論使うぞ! じゃあ次は肉を焼いて、味付けをしたら野菜も入れて酒も入れようか。野菜からジャルの塩分で水分が出て来る上に、そこに酒を加えると水分も増えるし、砂糖醤油の単調な味に深みも足してくれるんだ」


 瑞希が説明しながらすき焼きの調理をしている姿を、先程肉を食べた三人がそわそわと心待ちにしている。


「ママッ! 早く起きないとお姉ちゃん達に全部食べられるよっ!」


 早くすき焼きを食べてみたいアリベルは、中々目を覚まさないシャルルを叱りながら揺する。

 するとシャルルの目がパッと開いた。


「やっと起きたっ! お兄ちゃん! ママが起きたぁ!」


 アリベルは安堵の表情で瑞希に報告をする。

 瑞希はぐつぐつと煮えるすき焼きを菜箸で突きながらシャルルに話しかけた。


「こんな状況で御挨拶する事になってすみません……」


 瑞希が申し訳なさそうに謝る中、アリベルがシャルルを急かす。


「もうママっ! 早く起きて! 一緒に食べよ!」


「え? え?」


 困惑するシャルルを他所に、アリベルはシャルルの手を引きながらテーブルの前に座る。


「えへへ~! お兄ちゃんの御料理は全部美味しいからママもきっと驚くんだよ! シャオお姉ちゃんお肉ばっかりずるぅい!」


「狩りをした者の特権なのじゃ!」


 シャオがごっそりとベヒモスの肉を取ると、まだ肉を食べていないアリベルが野次を入れる。


「……大人気ない」


「そう言いながらチサも取っておるのじゃ!」


「……うちはまだ子供やもん」


 いつもの様に瑞希を挟んで言い合う少女達を瑞希が宥める。


「こらこら喧嘩すんな二人共。まずはまだ食べてない人達からだ。シャルルさんも気持ちが落ち着いてからで良いので一緒にたべませんか?」


「え? 私、名前……、え?」


 アリベルに良く似た顔のシャルルだが、戸惑う姿も華やかに見える。

 それほどまでにシャルルの姿は可愛らしくもあり、年相応の秀麗さを兼ね備えていた。


「アリーに似て美人なお母様ね?」


「そうかな~? マリル、アリーとママの顔って似てる?」


「あぁ。ちゃんと似ておる。アリベルの可愛い顔に似て美人な母君だ」


 マリルはそう言いながら優しく微笑んだ。


「お兄ちゃんもそう思う?」


「あぁ、凄く美人なお母さんで羨ましいよ」


 瑞希の言葉を聞いて隣に座るシャルルの顔をちらちらと照れ臭そうに確認するアリベルを、シャルルはじっと眺めている。


「じゃあじゃあお兄ちゃんもママみたいな人が好きなの?」


 子供の無邪気な質問に瑞希は鍋の様子を見ながら何気なく答えようとするが、すぐ側では二人が聞き耳を立てている。


「どう答えてもシャルルさんに失礼だから適当な答えは致しません。ほら、アリベルも喋ってないでいっぱい食べな。マリルも飲みたいなら少し飲むか? すき焼きと言ったら酒だろ?」


「すき焼きというのを食した事がないから何とも言えんが、其方がそう言うのであれば間違いないのであろうな」


 瑞希によって盛り付けられたすき焼きが入った小鉢を受け取る二人はフォークを使いながらすき焼きを口に運ぶ。

 アリベルはその味にはしゃぎ、マリルが微笑んだ所で瑞希がグラスをマリルに差し出した。

 マリルがグラスを受け取ると、瑞希はすき焼きに使っていた酒の入った一升瓶を傾け、トクトクと注ぐ。

 マリルも瑞希から一升瓶を奪い取ると、瑞希のグラスに酒を注ぎ、二人の大人はグラスに入った酒を口に含み味わった。


「わははは! やっぱりすき焼きと言ったら酒だよな!」


「くくく。確かに美味だ」


 酒好きの二人の顔が緩む。


「酒なぞ何が美味いかわからんのじゃ」


「……うちも」


「私も……」


「わははは! 俺も爺ちゃんがここでこうやって飲んでる時に同じ事を言ってたな! 皆も大人になったらその内わかるって。シャルルさんも食べれそうなら試してみて下さい。お口に合えば良いのですが」


「は、はい……」


「美味しいから早く食べてみて! アリーも美味しいって思うからママも絶対美味しいって思うよ!」


「ほら寝起きのシャルルを急かすでない。淑女たる者綺麗に食せ」


「はぁい……」


 マリルはそう言いながら嬉しそうにアリベルの世話を焼く。

 マリルに口元を拭われるアリベルを尻目に、シャルルは小鉢に入った肉を口に運ぶ。


「んんっ!」


 瑞希の料理を初めて食べた時の事を各々が思い出し、くすりと笑ってしまう。

 だが当のシャルルが夢中になって小鉢に入った分を平らげていると、目に見えて顔色が良くなって来た。


「美味しい~」


 口の端に付いたタレをぺろりと舐め取るシャルルは恍惚の表情を浮かべる。

 その表情を見たミミカとチサは先程迄のシャルルには感じなかった魅惑にドギマギとしてしまう。


「でしょ~! お兄ちゃんの料理は凄いの!」


 自分の事の様に喜ぶアリベルの笑顔を見たシャルルは、顔色と共に意識を取り戻したかの様にアリベルを力強く抱きしめた。

 苦しそうにするアリベルだが、その感触に薄れていた母の記憶が鮮明に浮かび上がって来た。


「……ママ?」


「そう! そうなの! 私が貴方のママなの! ごめんね、ごめんね……!」


 記憶や妄想では伝わって来なかったアリベルの柔らかさや、匂い、髪の毛の感触、頬に伝わる息吹、それら全てが愛おしいという感情にシャルルの涙腺は決壊した。

 それはアリベルも同様だ。


「ママだ……!」


 アリベルもまた力強く母であるシャルルを抱きしめ返す。

 瑞希に救われてから色々な女性に抱きしめられた筈のアリベルに、その感触と共に母という存在があるという事を気付かされる。

 マリルは二人の母子が落ち着くまでゆっくりとグラスを傾けていた――。

いつもブクマ、評価をして頂きありがとうございます。

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