郷愁の味
――ベヒモスを切り分け、食材の姿に変わった肉の前で瑞希はごくりと唾を飲み込んでいた。
「モーム肉よりも脂が多い肉なのじゃな?」
「脂が多いって表現も合ってるけど、これは霜降り肉だ……こんな肉滅多に食った事ねぇよ!」
シャオは珍しく食材を前に興奮する瑞希の顔を見て、ニンマリと笑顔を作る。
「くふふふふ! ならこれは美味いのじゃな? ならばこれではん……「すき焼きにしよう!」」
自身の好物であるハンバーグを所望するシャオの声を遮る様に瑞希は違う料理を提案する。
「何故じゃ!? わしははんばーぐが食べたいのじゃっ!」
「ハンバーグはいつでも食べれるだろ? トーラスじゃこんな霜降り肉にまだ出会ってないしどうせならすき焼きにしようぜ! 爺ちゃん家が再現されてるなら他の野菜だってあるかもしれないし!」
「それならパルマンもあるかもしれないのじゃ!」
「残念だけど、爺ちゃん家で玉ねぎは作ってなかったな。白菜とか葱は作ってたし、鶏も居たから卵だってあるかもしれないしな。それに元々柔らかい肉の方がすき焼きは美味いんだ!」
「うぬぬぬ……すき焼きという料理はどんな料理なのじゃ?」
興奮する瑞希の言葉に、ハンバーグ欲求を抑え込まれるシャオが問いかける。
「一応鍋料理に入るんだけど、出汁を使うんじゃなくて、砂糖と醤油で焼くんだよ。関東風なら割り下を作って関西風なら焼きながらだな……」
瑞希の説明を興味津々で聞き始めるシャオの腹から可愛らしく鳴き声が聞こえた。
「早く作るのじゃ! 急ぐのじゃ!」
「はいはい。じゃあ畑に行って野菜を取りに行こうか」
「早く行くのじゃ!」
シャオに背中を押されながら瑞希は畑へと歩を進めて行く――。
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――台所で鉄鍋と仕込んだ食材を前にして瑞希は項垂れていた。
「何で野菜も卵も鉄鍋もあるのに、調味料がねぇんだよ……」
「うぬぬぬ! これでははんばーぐも作れんのじゃ!」
「肉と野菜だけを炒めても味付けが出来なかったら宝の持ち腐れだよな」
「其方が料理の事で悩むとはどうしたのだ?」
台所に繋がる入口の暖簾を掻き分けながらマリルが顔を出した。
「準備は出来たんだけど、肝心の調味料が見当たらないんだ。勝手知ったる家なのにどうしても見つからない」
「ふむ……。この肉はベヒモスの肉で、食材は地に植えられていたのか?」
「そうだけど?」
「ならば、これらは魔力で出来ているのではないか?」
「魔力で?」
「この場は其方の魔力で出来ていると仮定して、肉はベヒモスの、その他の食材は其方の魔力を具現化したのやもしれん」
「それなら調味料があってもおかしくないだろ?」
「先程の戦闘でシャオが普通に魔法を使っておったが、童は今火すら熾せる気配がない」
「くふふふ。わしはいつもミズキの魔力を扱っておるからな!」
シャオは得意気に胸を張るが、腹の虫も早く食べさせろと同時に主張する。
「試しに童の魔力を其方に通してみよう。何か生まれるやもしれん。必要な調味料をイメージしてみてくれ」
マリルは瑞希の手を取り、瑞希は調理に必要な調味料を想像する。
すると空いている掌にはずっしりとした一升瓶が現れた。
「おぉっ!」
「上手くいった様じゃな」
瑞希は一升瓶の注ぎ口から匂いを嗅ぐ。
「上手くいったけど……よりにもよって最初に手に入ったのがこれか……」
「なんなのじゃ? ジャルなのじゃ?」
「酒だ。醤油かジャルだったらまだ味は付けれたけど、酒だと風味しかつかねぇな」
「うぬぬぬ! マリル! 何故砂糖かジャルを生み出さんのじゃ!」
ぷんすかと怒る腹減りシャオはマリルにあたる。
「童に言われてもミズキの想像した物がそれなのだから仕方ないであろう?」
「マリルの魔力だと酒……人物のイメージが直結すんのか……? なら醤油と砂糖なら――「ご、ごめん下さ~い……」
「……もっと大きな声で言うもんやで? 誰かおる~!?」
聞き覚えのある二人の声に三人が玄関へと出向く。
そこには、ミミカとチサが立っていた。
「ミズキ様っ!」
「……シャオも居る!」
驚き戸惑うミミカと、二人に駆け寄り抱き着くチサを受け止める瑞希は大きく溜め息を吐いた。
「何でお前等迄ここに来てるんだよ?」
「……ミズキ達が中々起きひんからやろ!」
「そうですよっ! アリーも起きないし……あのそちらの方は?」
ミミカは初めて見るマリルの姿を掌で差した。
マリルはミミカに近付き優しく抱きしめた。
「こうやって其方を抱きしめる事が出来て童は心底嬉しいぞ?」
「マ、マリル叔母様ですか!?」
「あ~! お姉ちゃん!」
「え? え? アリーも居るのに……?」
困惑するミミカと、抱き着いて離れないチサの姿を見て瑞希が何かを思いつく。
「マリル、二人の魔力を俺に渡せないか?」
「それは可能だが、試してみるのか?」
「何が出るかは分からないけど、もしかしたら俺が想像する物が出るんじゃないかと思ってな」
瑞希はそう言いながらにやりと笑う。
当のミミカとチサは首を傾げながら目を見合わせる。
瑞希は二人を台所へと案内すると、仕込まれた食材を目にしてくすくすと笑いだした。
「……ほんまに料理してたんや」
「ドマル様の言った通りだったね?」
「この通り食材は在ったんだけど、調味料がなくてな。そこで二人の魔力を分けて欲しい」
「……魔力から調味料が出来んの?」
「どういう事ですか?」
「詳しい説明は後々。マリル頼む」
マリルは両手で二人の手を握り、瑞希の手を握る様に二人を促す。
瑞希達の事を疑いもしないチサが瑞希の手を握る。
先程のマリルと同様に一升瓶が現れ、瑞希は急いで匂いを嗅いで思わずガッツポーズをした。
「よっしゃ! やっぱりジャルだ! ミミカも早く!」
「えっと……、でも手が……その……」
意中の人に火傷痕の残る手を見せたくないという気持ちと、緊急事態とは云え婚約者役を頼んだ相手とは別の者と接吻をした後ろめたさが、ミミカに二の足を踏ませる。
「早くするのじゃ! わしは腹が減ったのじゃ!」
焦れたシャオがミミカの手を取り無理やりに瑞希と手を繋がせる。
嫌がられるのではないかと恐怖するミミカとは裏腹に、瑞希は嫌がる素振りなど微塵も見せず優しくミミカの手を取ると、瑞希の手には真っ白な砂糖が現れた。
「わははは! ミミカはやっぱり砂糖だったか!」
「……うちの時も言ってたけど、知ってたん?」
「マリルは酒、チサはジャル、ミミカは砂糖だろ? これって俺が思う三人の好みの調味料なんだよ」
瑞希の言葉にマリルが納得する。
「成る程な。しかし、たった三つの調味料で大丈夫なのか?」
「充分だよ! 丁度米も炊き上がったし、食材と鍋を運んでアリベルとシャルルさんのいる居間で始めようか!」
「食卓で作るのじゃ?」
「それが家族団欒ってもんだ! おふくろに連れられて爺ちゃん家に集まった時とか、爺ちゃんが俺を褒める時とかはいつもすき焼きを作ってたしな」
瑞希はそう言いながら嬉しそうに笑う。
「……家族の味?」
「俺に取ってはそうだな。シャルルさんとアリベル、マリルとミミカは家族だし、爺ちゃんに教えられた様に人が集まった時や、頑張った人の御褒美に御披露目するのも丁度良いだろ? 勿論この肉もすき焼き向きってのもあるけどな」
瑞希が照れ臭そうに説明する中、シャオとチサが憤慨する。
「わしもミズキの家族なのじゃ!」
「……うちも!」
瑞希の足元にいつもの様に二人が纏わりつく。
瑞希は食材を落とさぬ様に手に持った皿と、鉄鍋を二人から遠ざける。
「危ないって。お前達と毎日過ごせて俺も楽しいよ。ミミカも火傷するまで頑張ってくれてありがとな?」
「ミズキ様……」
笑顔でそう告げる瑞希の言葉にミミカは頬を赤らめる。
叔母であるマリルはニヤニヤと笑みを浮かべながら居間へと移動するのであった――。
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