瑞希のやりたい事
朝食の場でテミルはお願い事をすると、出勤の時間なのか説明する間もなく慌ただしく冒険者ギルドに走って行った。
残された面々は食事が終わると、いつ頃に出発するかを決め、各々準備をしに部屋に戻って行く。
瑞希とミミカ、それにドマルが後片付けに厨房で皿洗いをしていた。
「シャオちゃんと一緒にいないのって初めてじゃない?」
「吊ってたウテナを揉むのと乾かすのをやりたいって言って部屋に持って行ったよ」
「ウテナ? あれって食べられるんですか?」
「故郷に似た様な実があったから、試しに同じ食べ方ができるか実験してるんだよ」
「食べれるとしたら皆こぞってウテナを取りに行くかもしれませんね」
「どうなんだろうな? 調理自体は簡単だけど、それなりに時間がかかるからな。シャオの魔法が無ければ食べれるのはまだまだ先だよ」
「シャオちゃんのウテナはいつ頃食べられそうなの?」
「馬車の中でも乾かすなら明日にでも食べれるんじゃないか?」
「それは楽しみだね!」
「私も食べてみたいです!」
「人数分以上の数はあるから大丈夫だよ」
瑞希は洗い終えた食器を置くと、先程のテミルの話をミミカに尋ねる。
「それよりテミルさんの話ってどう思う? ミミカもお父さんの仕事に役立つと思うか?」
「モーム乳の話ですよね……どうなんでしょう?」
食器を拭き終えたドマルは、頭をひねる二人に声をかける。
「二人ともあの食材がもたらす価値を分かってなかったんだね」
「価値? 誰でも作れるんだぞ?」
「でも作り方を知ってるのはミズキしかいないだろ? 今まで食べた事もない珍しい物が、捨て値で取引されてるモーム乳から作れるんだよ? 昨日言った様に、ミズキが独占すれば物凄く稼げるんだよ?」
「でも俺が稼いだ所でたかが知れてるだろ?」
「そんな事ないよ? 瑞希が領主様に教えればこの地方全体の事業に発展するぐらいの事だよ! モーム自体を育ててるのはモノクーン地方だけだし、こんな美味しい物が買える様になれば僕達行商人はこぞって買いに来るんだ。後はモームを育ててる牧場に知識を売ったり、行商人が来るなら関税があるから外部からの収入が増える」
「だったらなおさら領主様に任せた方が良いな」
「どうしてさ?」
「金ってのは使うからこそ全体が潤う物だろ? 俺一人が独占してもこの地方が儲かる訳じゃない。それにな……」
「それに?」
「モームを育ててるのは牧場の人達だろ? 昨日ココナ村に入る時にも牧夫の人達が一生懸命モームに接してる所を見てると、あの人達の頑張りを横からかっさらう様な事を俺はやりたくないよ」
「……それは……そうなるかもしれないね」
ドマルは言葉に詰まるとミミカが二人の会話に入って来る。
「ではミズキ様は何かやりたい事はあるんですか?」
「やりたい事……」
女神にも休みの日は何をしていたのかと聞かれた時に、趣味である料理と答えた事を思い出す。
「やっぱり料理かな? 仕事でも仕事じゃなくても俺は料理が好きなんだよな。後はシャオとのんびり色んな所を旅してみたいな」
「旅に……料理ですか……」
ミミカは考え込む……そして一つ瑞希に助言をする。
「ミズキ様と出会ってから私は驚かされっぱなしなのですが、食事に関してはすでに三つ程驚かされました」
「美味しかったって事か?」
「それもありますが食材の事でです」
「食材……」
ミミカの話を聞いてはっとドマルが気付く。
「そうか! 何もモーム乳に限った事じゃないよ! ポムの実の使い方とか!」
「その通りです。私達はポムの実はそのまま食べる物だと思っていました。それにオオグの実。これも料理に使うなんて発想は無かったのです」
「そんな事か」
「いやいや! ウテナの実だってモノクーン地方にはどこでも生えてるけど、不味くて食べようって人はいないんだよ!?」
「勿体無い話だよな」
「でもミズキ様が美味しく……私達が食べた事の無い味で示してくれたのです」
瑞希はミミカの話を聞いて考え込むと自分がこの世界でやりたい事を朧気に考える。
「……なら俺は自分の知識を生かして不遇な扱いを受けてる食材を生かしてやりたいな」
「それはミズキ様にしか出来ない事ですね」
「そうだね! ごめん勝手にミズキにモーム乳の事を押し付ける様な事を言って……」
「いや……ドマルは俺の事を心配してくれたんだから嬉しいよ。それに俺もやりたい事が決まった気がするよ!」
「モーム乳の事が上手く行った時には父に提案をしてみます」
「提案? 何を?」
「ミズキ様の支援についてです」
「支援!? 俺を!?」
「はい! ミズキ様が食材の可能性を広げればモノクーン地方は豊かになります。それを領主である私達貴族が放っておく事は今後痛手になってしまうかもしれません」
「その通りだよ! 僕達行商人も今まで見向きもされなかった食材が売れるなら、それを仕入れて他の地方に売ればさらに儲ける事も出来る!」
「モームを育てている牧夫も捨てられる物がお金になるならば新しい事業として成り立ちます!」
「そして俺の様な料理人達は色々な食材が出回る様になって新しい料理が生まれる様になると……」
「はい!」
「なら尚更俺は色んな所を旅したくなって来たな! どんな食材があるのか楽しみだ!」
三人の各々の意見が結び付くと大喜びしながら厨房で騒いでいた。
そこに魔法でウテナをくるくると回しながら二階から降りて来たシャオが瑞希に話しかける。
「ミズキよ。そろそろ買い物に行かんくて良いのか?」
「あっ! そうだ調理器具とか、調味料が欲しかったんだ! それに籠を返しに行かなくちゃ!」
シャオはウテナを元あった場所に戻す。
「なら早く行くのじゃ」
「その前にサンドイッチを詰めなきゃな!」
瑞希は朝食の時に用意していたサンドイッチを切り分け、雑貨屋で買って来た竹細工の箱に詰めていく。
「じゃあドマル! これは俺達の分だから、後で馬車に乗せといてくれ! ミミカもテミルさんに渡しに行くだろ?」
「はい! 調味料も見てみたいです!」
「ならさっき言った通り俺達と一緒に買い物に行こうか!」
「早く行くのじゃ! わしは早くさんどいっちが食べてみたいのじゃ!」
「さっき朝食を食ったばっかじゃねえか……」
瑞希達はドマルを残して再び村へ買い物に出かけていく。
やりたい事が決まった瑞希の顔はどこか晴れやかで、すっきりしたような顔をしていた。
「くふふ。何か良い事があったみたいじゃの?」
「あぁ! これからも一緒に楽しく色んな物を食べに行こうな!」
「当たり前なのじゃ! ミズキはわしの大事な相棒じゃからな!」
「わ、私もいるんですが!?」
瑞希達三人は返す籠とサンドイッチを手に晴れやかな空をした村を歩いて行くのであった――。