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瑞希の空腹

 ――瑞希は焦っていた。

 普段は喜怒哀楽の豊かで愛くるしいシャオが、瑞希と出会ってから見せた事もない程疲弊しているからだ。

 何度もシャオを背負った経験もあるはずなのに、シャオの体が脱力している事もあり、いつもよりも重さを感じていた。


「シャオっ!? 本当に大丈夫かっ!?」


「……大丈夫じゃ。原因は分かっておる」


「魔力切れだよな!? だれかっ! 魔力薬を分けて……「魔力薬など気休めにしかならん。それよりもミタスの魔力が臭って来たのじゃ」


 シャオはだるそうに腕を持ち上げ、瑞希の頭越しに指を差した。


「以前の魔力とは違い、魔物の匂いに近いのじゃ。恐らくはシャルルと同じ様な事をして魔力を混ぜ合わせておるのじゃろう。おかげであやつが魔法を使うまで気付かんかったのじゃ」


「良いからシャオは寝てろって! 王宮にはグランだっているし、兵士の人達だって――」


 瑞希がそう言いかけた矢先に、シャオが指差した方向から建物が崩れる様な音が響き渡って来た。

 当然瑞希にも焦りが出始める。

 だがシャオは突拍子もないことを言い始めた。


「ところでミズキは今、腹は減っておるのじゃ?」


「こんな時になんだよ!? 腹減りなんか気にしてる場合じゃないだろ!?」


 瑞希はそう反論するが、腹の虫は瑞希とは裏腹に盛大に騒ぎ出す。


「くふふふ……。わしもじゃ。事が済んだらミズキのはんばーぐが食べたいのじゃ。どーなつもじゃぞ?」


 シャオの言葉を聞いた瑞希は慌てて茶化した。


「あほかっ! 死亡フラグみたいなのを急に立てるな! それに次に作るのはもっと軽い物だ。シャオも少し重くなってきたからな」


「なっておらんのじゃ。わしが成長する事などないのじゃ」


「いいや! 絶対に重くなった! だからハンバーグももっと低カロリーな物にするからなっ!」


「うぬぬぬっ。お主の料理が美味すぎるのが悪いのじゃ」


 走りながら言い争う二人を、ヴォグに乗るチサが羨ましそうに聞いてはいるが、チサも魔力が切れているため参加する事なくヴォグの首元に項垂れかかっている。


「……うちもお腹空いた~」


 二人の言い合いに終わりが見えると、シャオは瑞希の背中から地面に降り立った。

 

「さっさとこんな面倒臭い事は終わらして来るのじゃ」


「そうは言っても今は魔法が使えないだろ?」


「丁度良い所にエサがあるのじゃ。ミズキの事じゃしどんな物でも美味しく食べれる筈なのじゃ」


 一人納得しているシャオはクスクスと笑いながらぼふんと猫の姿に切り替える。


「にゃー!」


 最後の魔力を振り絞り、瑞希の体を風魔法で浮かせる。


「はっ? へっ? 俺だけで行くのか!?」


「にゃー!」


「どうやってミタスを倒すんだよ!? 剣だけで――」


 シャオの風魔法で飛ばされる瑞希を尻目に、シャオは魔法を使い終わるとヴォグに横たわるチサの背中へと場所を移す。


「……ほんまに一人で大丈夫なんやんな?」


「にゃー」


「……シャオがそう言うなら信じれるわ。兄ちゃん達、ごめんやけどシャルルさんの事は任せてもええかな? うち等はちょっと魔力を回復したい」


 チサはそう言いながら眠たそうに眼を擦る。


「ミズキが居なくても無事に運んでやるから安心しろ。それより本当に人間に戻せるんだよな?」


 バージはチサの上で香箱座りをしているシャオに問いかけた。


「……にゃー」


 シャオの返答は何と答えたかバージ達には分からない。

 だが、ヴォグの背中で横たわる一人の少女と、動物姿のシャオはそのまますぅすぅと寝息を立て始めた。


「お前等! 王宮で異変が起きてる事は間違いないから急ぐぞ! ルフ達ももう少しだけ頑張ってくれ! ヴォグは二人を起こさない様に静かに、けどなるべく急ぎながら歩いてやってくれ」


「ぼふっ!」


 バージの号令にムージとオリンを始め、兵士達が所作だけで返事をする。

 それが寝息を立てる二人に対しての敬意なのであろう。


◇◇◇


 ――城下町ディタルの上空を飛ばされている瑞希はどうするべきかを考えていた。


「これってシャオが居ないのにどうやって降りるんだよ。それにしても本当に腹減って来たな……」


 瑞希は独り言ちながらも、シャオの魔法は王宮の建物が崩壊している場所へと近づいて行く。

 徐々に移動速度が落ちていく事で、瑞希はほっとしながらも上空から崩壊した王宮の建物を眺めていた。

 そして天井すらなく、歪な石柱が所々に聳え立っている中で、ミタスは石柱の上で大袈裟に、そして興奮気味声を上げていた。

 それは地上に降り立とうとしていた瑞希の耳にも聞こえ始めていた。


「シャルル・ステファンという器に――。貴方の亡きがらを――」


 ミタスの声で先程迄一緒に居た魔物がシャルルと確信を得た事に加え、アリベルを殺そうとしている事、周りを見渡せば血を流し傷ついている仲間達の姿も視界に入った。

 瑞希が怒りを抑える事が出来ないのは空腹のためなのか、はたまた文字通り腹の虫が治まらないのか、怒りと共に腹の虫が騒ぎ立てている。

 瑞希の怒りに呼応するかの様に、シャオの風魔法は再び勢いを上げ、ぐんぐんとミタスへと近づいていき、瑞希は怒りを拳に乗せたままミタスの顔面を殴り飛ばした。


「好い加減黙れ糞野郎っ!」


 勢いを殺せず、石柱から転がり落ちる瑞希の姿を見たグランから声が掛けられる。


「遅いぞミズキっ!」


「いてててて」


 瑞希はグランの声に応え様と立ち上がるが、ふと空腹が少し治まっている事に首を傾げる。


「ふふふ。また貴方ですか」


 頬から血を流しつつも立ち上がるミタスは、見覚えのある瑞希の顔を見るや否や、にやついた笑みでそう問いかけた。


「俺は会いたくもなかったけどなっ! そのにやついた笑顔は人の中に隠れてなくても変わらねぇんだな? 今度はお前の顔をちゃんと殴れて嬉しいよ。それよりシャルルさんをあんな事にしたのはやっぱりお前かミタス。俺の身内に手を出すなって言っといたよな?」


「ふふふふ。貴方一人来た所でこの状況が変わると言うのですか? お連れの才能ある少女達はどうしたのです?」


「あいつらはお休み中だ。お前の相手なんか俺一人でどうにかなるってよ」


 瑞希はそう言いながら拳と掌を勢いよく突き合わせて音を鳴らす。


「ふふふふ。私も舐められたものですね。貴方の魔力も相当量ありそうで骨は折れますが、貴方も魔法使いの覚醒の為に協力してもらいましょうか?」


 ミタスが醜悪な両腕を瑞希に向け突き出し、詠唱を始めようとするが、ミタスの腕は指先からゆっくりと、徐々に崩れていく。

 ミタスが違和感を感じ、指先に視線を向けたその瞬間をグランは逃さなかった。

 グランが振るった剣はミタスの腕に振り下ろされる。

 先程迄の固い金属の様な感触とは一変し、グランの剣はするりとミタスの両腕を切り落とす事に成功した。


「ど、どういう事です!? 私の魔力がっ!」


「何言ってんだお前?」


 グランは剣を振るった後、一度ミタスから距離を取ったのだが、最初に相対した時の様な魔力酔いの感覚が襲ってこない事に気付く。

 そんな事を知らない瑞希は構わずミタスに近付き、ミタスの顔面を再び殴り飛ばす。

 ミタスは片膝を付きながらも、詠唱もなく土魔法を繰り出そうと魔力を込めるが、魔法が発動する気配がない。


「ミズキに魔力が移動……いや、食われておるのか……?」


 ミタスの魔力を感じ取るために、魔力察知を行っていたマリルがぽつりとそう呟いた。

 マリルは瑞希がミタスを殴る度にミタスの魔力がごっそりと移動している現象をそう表現する。

 瑞希は先程よりも体の調子が良い事を確かめつつ、口に広がる苦みに顔を顰めていた。


「私の魔力を奪っているのか!?」


 それはミタス本人も感じていた。


「はぁ? 俺にそんな事が出来る訳ないだろ? 俺はグランと同じで魔法なんか使えないからな。出来る事は料理とお前を殴るぐらいだ」


 瑞希はそう言いながらミタスとの距離を詰めていく。

 だがミタスはそれを好機と思ったのか、残された両腕の魔力を片側に集中させ、手の形を取り戻した片腕で瑞希の腕を掴んだ。


「直接掴みさえすれば貴方のまりょ……く……など」


 勝ち誇ったはずのミタスの顔は瑞希の腕を掴んだ直後に青ざめる。


「あな……た……ほん……とうに…………にんげ……ん……」


 ミタスはそう言い残しその場へとあっけなく崩れ落ちた。

 その表情は何かに怯える様な、それでいてどこか憧れを浮かべているのであった――。

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