才能のなさ
目の前に立ちふさがる男の背中に生えた腕からはポタポタと鮮血が流れていた。
辺りに響き渡るララスの悲鳴が遠くに聞こえる様に感じたアリベルはそのまま意識を手離すのだが、ガジスの体を突き抜けた手のひらからは単純な火球が放たれた。
「やれやれ。もう呼ばれる事も無いと思っておったが……。父君の背中はしかと拝ませて頂いた」
マリルがミタスの魔法を手で受け止めると、難なくその魔法を消し去った。
ミタスがガジスから腕を引き抜こうとするが、ガジスは遠のこうとする意識を留め抵抗する。
「親父の体を傷つけた代償は頂くぞ」
そこに裁断を目的としたギロチンの様なバングの土魔法がミタスの腕に落とされた。
ミタスが舌打ちをしながら距離を取ると、マリルは倒れるガジスから魔法を使いミタスの腕を抜き、止血をするために簡易の回復魔法をかける。
「まだ死ぬな。貴殿には言いたい事もあるでな」
「……すまなかったなアリベル」
虚ろなその瞳には贖罪の念に駆られていた一人の父としての想いが込められていた。
「その言葉は童にでなく、きちんとアリベルに言うが良い。それまでは――「ふふふふ。手遅れですよ。その男には私の魔力を直接御裾分けしましたからね。時期に正気ではいられなくなります」」
両腕を失った筈のミタスの顔には焦りはない。
それどころかどこか余裕の表情すら浮かべていた。
「ララスっ! 親父の治療を! 俺はこいつを殺す」
「これはこれはバング様。魔法至上主義者である貴方は思想を共にすると思っていたのですがねぇ?」
「俺は何の才能もない男にただ憧れていただけだ。魔法が使えれば称賛される、そんな世界の中でなら俺の劣等感は消えると思っていた」
二人は会話をしながら攻防を繰り返す。
バングが土魔法で大量の石礫を放てば、ミタスは石柱を生み出しながら躱す。
「魔法が使えない人間とは言わば人間の中の劣等種。そんな人間に憧れを抱く必要がありますか?」
「魔法の才能がなかろうと、あいつの周りにはいつも仲間が居た。お前を見ていると自分の滑稽さが良く分かる」
「私の周りにも居ますよ? 都合の良い手駒達がね」
ミタスはそう言いながら不敵に笑うと、治療されていたガジスの体が震えだしマリルの首に手を掛けた。
「お父様!? 何をなさっているのですかっ!」
驚愕の表情でガジスを見るララスが慌てて止めに入るが、マリルは表情を崩さずにララスを制止する。
「貴殿……の娘に対する愛情は……そこまでか……? これが……アリベルに見せる……父親の姿で……良いの……だな?」
「ぐがっ、が」
締まる喉から絞り出すマリルの言葉を聞いたガジスの力が弱まる。
マリルは大きく息を吸うと矢継ぎ早に話しかけた。
「親の愛を忘れたアリベルに思い出させてやれるのは、貴殿達しかおらん。童には真似事は出来ても代わりにはなれぬ。貴殿の両の手はどうかアリベルを抱きしめるために使ってくれぬか?」
問いかけるマリルの言葉に反応しているガジスは、両手を地面へと押し付けた。
「良くやった。正気に戻った時にはアリベルを頼む」
マリルは地面に置かれたガジスの手を両手で握る。
ガジスの魔力を取り込もうとしていたミタスの魔力は、ガジスの意地とマリルの魔力によって取り除かれる。
「貴方は……本当にアリベルなのですか?」
ガジスの体を支えるララスの問いにマリルは視線を外し何も答えない。
マリルはミタスを視線に捕らえながら思考する。
「(ミタスの目的は魔法使いの獲得よりもこの場にいる魔法使いの成長を助長している様に見えるな……。ならば何故アリベルを殺そうとする? )」
マリルが思考を加速させる中、バングがミタスを追い詰めた。
バングは土魔法で作り上げた槍を手に持っており、その矛先をミタスの喉元へと突きつけている。
両腕を失い、防ぐ術がないはずのミタスの顔は依然変わらぬまま余裕を浮かべていた。
「腐った貴族を代表する王族にも関わらず大した練度ですね?」
「魔法だけが俺の才能だからな」
「ふふふふ。常人の中でしたらあなたの魔力量は多い方ですが、私やあの子達には到底及ばない。魔法においての才能とはとどのつまり魔力量に尽きます。魔力多ければこんな事も――」
ミタスの両肩から新たな腕が生えた。
その腕はベゴリード家の男の腕と酷似しており、バングの槍を掴むや否や、ビシビシと罅割れ、バラバラと崩れていく。
「――可能なんですよ?」
距離を取り、土魔法で石礫を放とうとした瞬間に、自身が掲げた腕の矛先に驚愕する。
「お兄様……?」
「馬鹿なっ!? 何故俺の腕が動かん!?」
「私の魔力に触れた者は魔力の少ない者から侵食されていきますが、貴方はそこそこの使い手でしたからね。この距離でも相対していても時間がかかりました。それに私も色々な魔力を取り込んでおりますが、この腕を見せたのは貴方が初めてなんですから誇って下さって結構です」
「ふざっ……!?」
バングが反論しようとした矢先にバングの魔法がララスに向け放出される。
「ララスーっ!」
バージに守ってくれと頼まれたララスを、自分自身の魔法で殺めてしまう事への抵抗に、バングは声を振り絞りララスの名を叫んだ。
ララスが魔法で防ごうと詠唱を開始するが間に合わない。
だが、そんなララスの前に立ちふさがるのは回復したグランとマリルだ。
グランが剣で石礫を次々に弾き飛ばし、マリルは風魔法を極短い詠唱で発動させる。
「治療して頂き感謝しますララス様。おかげでまだ戦えます。危険なこの状況も今暫く御辛抱下さい」
「アリベルの姉君である主が死ねば、この子も悲しむからの。父君を連れて下がっておれ」
剣を鞘に納めたグランだが、その姿にミタスが怪訝な表情を浮かべた。
「バング様にしろ、グラン様にしろ、御二方には私の魔力の効き方が変ですねぇ? 普通ならば卒倒してもおかしくない魔力濃度なのですが……ガジス様の様に直接入れてみましょうか」
ミタスは疑問を解消するべく動く事の出来ないバングに触れようとするが、その腕はマリルの風魔法によって弾かれる。
「童達は特別な魔法を口にしておるからの。貴様が作り上げた砂糖も同じ様な物であろう?」
「という事は貴方達は既に誰かに操られている。という訳ですか……」
「俺達は誰も操られてなどいない。あいつの言葉を信頼して受け入れただけだ」
マリルの風魔法で射出する様に距離を詰めたグランが、ミタスの腕を切り上げる。
表皮を覆う鱗がグランの剣を弾くが、ミタスの体勢が崩れた瞬間にバングを抱え上げ、それを待っていたマリルが暴風を生み出し、グランにミタスから距離を取らせた。
「好い加減鬱陶しいですねぇ。私の目的の為にも早く殺させては頂けませんか?」
「童をか? 何の為に?」
「竜を生み出す為にですよ。もう少しで貴方のお母様は生まれ変わる。災害と謳われていた御伽噺の竜をこの手で生み出し、そして私がその魔力を手に入れる。竜は魔物ではなく人でもない曖昧な存在。そして竜とは魔力の塊、即ち魂の塊とも言える存在なのではないかと言うのが私の持論です」
「何を馬鹿な事を……。人が竜になれる訳がないであろう」
「普通はこの様に同じ器に注ぎ込んだ別々の魔力は相容れず体から放出してしまい、私でもわずかに魔力が増す程度でした。ですがあの女性は素晴らしい!」
ミタスは自分に酔っているのか大袈裟に両手を広げた。
「シャルル・ステファンという器に、強力な魔物の魔力を注ぎ込んだ時に光明が見えました! 貴族への憎しみか、娘を失った悲しみか、彼女は力を手に入れる為にその魔力を体内に留めた! ですがその姿は魔物そのものになってしまい意思の疎通も取れない有様です……」
ミタスはふるふると首を振りながら息を吐く。
「貴方の亡きがらをシャルルの前に差し出せば、負の感情が暴発し人間の魔力が魔物の魔力を凌駕するはず! 色々な魔法使いや人間、自尊心や復讐心の強かった貴族の人間でも試してみたのですが、成功とは言えない出来栄えでしてね。その点シャルルは素晴らしい。今は魔物の形をしていても時折人の意識を見せ――「好い加減黙れ糞野郎っ!」」
興奮し、我を忘れていたミタスの頬を青く光る拳が吹き飛ばすのであった――。
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