最悪の登場
――空に雷鳴が鳴り響いた時、王宮では悲鳴が上がっていた。
それは、貴族や住民の悲鳴に間違いではないのだが、恐怖の対象は雷にではなく一人の男に対してだ。
「アブルル……オゲッ……」
太ったその男の両腕は血に染まり、目は白目を向きながらも明確な殺意をララス達に向けていた。
裸同然で涎を垂れ流している醜悪な姿に目を背ける貴族も居たが、しっかりとその姿を見ていたララスが言葉を漏らした。
「何故アスタルフ家の者がここに……」
ララスが言う様にその男の風貌は間違いなくこの騒ぎを起こした張本人であり、魔力を枯渇させ牢へと閉じ込められていたアスタルフ家の当主であった。
貴族達は近くに居た兵士達に自分達を守る様に命令を下す。
だがララスとミミカ、カエラは三様に自分の兵へと命令する。
「気色悪ぅなってもうたなぁ。あんたらもう楽にしたり」
「グラン、行きなさい。でも怪我したら怒るからね」
「住民達の避難を優先に! 早急に彼奴を取り押さえなさい!」
グランは跪きミミカに頭を垂れる。
「御意。直ぐに戻ります。アンナ、ジーニャ、ミミカ様とアリベル様を頼む。直ぐに戻る」
「気を付けるっすよ」
「ミミカ様は任せろ」
グランと何名かのウィミル兵はアスタルフ家当主の元へ駆け出した。
その後ろを走るのはナイフを手に持つリルドと、戦闘が苦手な筈のフィロだ。
「リルちゃんが無茶しない様に監視するわ」
「ララスは座っておけ。血生臭い仕事は慣れてるからな」
「二人共……!」
ララスの言い終える前に二人は駆け出していく。
アスタルフ家当主は近付くグラン達に興味はないのか、気持ちの悪い鳴き声と共に自身の周りに石飛礫を生み出すと、所構わず四方八方に撃ち付けた。
当主の周囲を囲んでいた王宮の兵士達に命中する飛礫もあれば、壁や天井にめり込む飛礫もあり、逃げ遅れた貴族や住民からはさらなる悲鳴が上がる。
「あの兄妹の魔法に比べればこんな物、児戯に等しいわっ!」
初撃を与えたのはグランが振るう剣である。
グランは石飛礫を弾きながら当主に素早く近付き、肩から横腹にかけて袈裟切りに剣を振るう。
次いで到着したのは、そのどさくさに紛れて後ろを取ったリルドのナイフだ。
リルドが当主の首筋にナイフを這わせると、そのまま力ない所作でナイフを滑らした。
「(リルちゃん! グラちゃんっ! そこから離れてっ!)」
風魔法に乗せたフィロの言葉が耳に入ったリルドは慌ててその場から離れた。
「オゲアァアッ!」
当主が断末魔を上げたのは二人の攻撃に対してではなく、二人が当主から離れた瞬間に現れた火柱によるものだ。
「――ふふふふ。見知った顔もありますねぇ? バラン様はお元気ですか?」
どこからか現れた男が指を鳴らすと燃え上がる火柱が消える。
見覚えのない姿なのだが、グランはその喋り口調に気付いた。
「やはりお前が絡んでいたのかミタス・コーポ!」
「この姿ではお初にお目にかかります。グラン・クルシュ様」
ミタスは否定する事なく笑顔を見せる。
ミタスがグランに対し深々と礼をすると、グランはその場に片膝を着いた。
「な……!? なに……が……」
「竜の息吹ですよ。まぁ私の見解ですがね。人はあまりに強い魔力に当てられると魔力に酔ってしまう。それは魔法の才能のない者程顕著だ。もうあまり頭も働かないのではありませんか?」
「竜……だと……?」
「御伽噺ですが、貴方達も御存じでしょう? 竜の息吹に当てられた者は頭がおかしくなる。それは竜に近付いた者が魔力に当てられてしまった結果だと私は思うのです。だって私の魔力に触れた者は人形の様になっていますからねぇ?」
ミタスはグランに近付きながら、口角を吊り上げていく。
「貴方は魔法の才能はなさそうですが、肉体は素晴らしい練度ですね。私の為に働いて下さいね?」
「だ……れが……お前のためになど……」
グランは思考もままならない頭を振り、立ち上がりながら剣を構えた。
だがミタスはその姿が滑稽に映るのか、くすくすと笑いだす。
「ふふふふ。魔法の才能がない者は大変ですねぇ? この程度の魔力にも抗えない。何故私達が迫害を受けた過去があり、あまつさえ現在でも覇権を握れていないのかが不思議だと思いませんか?」
「「それは魔法至上主義者が己の事しか考えられないからですっ!」」
合わさった声と共に火魔法と風魔法が組み合わさり、炎の竜巻の様な魔法がミタスに襲い掛かる。
ミタスは煩わしそうにその魔法を受け止め、自身の魔法で相殺した。
「さすがミミカ様、ララス様の魔法との複合魔法と言えどしっかりと魔力が練られております。いやはや、魔法使いの成長は嬉しいですねぇ」
ウィミル兵がその隙にグランを抱え、ミタスから距離を取るため、魔法を放つために近付いて来ていたミミカの側迄下がる。
「ミミ……カ様……お下がり……下さい……!」
「しゃんとしなさい! テオリス家の者として領地を襲った犯人を許せる訳ないでしょう!?」
ミミカはミタスに向けた怒りのまま、グランに気合を入れるためにグランの背中を強く叩く。
それが功をなしたのかグランの頭からは靄が消え去る。
グランは動くようになった手足に力を込め、ミタスとの距離を一気に縮めた。
「我が主君には近づかせんぞミタス・コーポ!」
グランが振るう剣線は確かにミタスを捕らえた。
周りの人間にもそう見えたのだが、グランの剣が振るわれた場所のミタスは炎の塊へと変化し、グランを包み込む。
「ぐあぁぁぁぁっ!」
「兄さんっ!?」
「魔法使いに近付けば勝てる等と思うのはもう古いですよ? 貴方方の技術が進化する様に私達も日夜研究していますからね。まぁそれでも世の魔法使いの殆どはその才能にかまけて近接技術を磨こうともしないのですが……「――撫でる風よ薙ぎ払え! フウ―リーシャ!」」
ミミカが放った魔法は暴風を生み出す風魔法だ。
風魔法が得意なテミルに師事しているミミカが自衛の為に教えられていたのだが、その魔法をグランに向け放った。
グランに纏わりついていた炎は暴風によって吹き飛ばされ、薄く煙を上げているグランは片膝を着いた。
「素晴らしい! 頭の柔軟な方は好きですよ。是非ミミカ様も私と共に魔法使いの世を作りませんか?」
「絶対に嫌っ! 私は魔法が使えない人も尊敬しているわっ!」
ミタスは大袈裟に肩をすくめ、大きく息を吐いた。
「こちらのグラン・クルシュ様の様に魔法が使えない方には劣等感を持つ方も多く。貴族の中にすら魔法至上主義の方は多い。遅かれ早かれ魔法使いの世になるのですよ?」
「なら貴方達が魔法使いを生むためにやった事はなに!? こんなに酷い事が必要なら魔法なんてこの世から無くなったら良いわ! 少なくとも私達の尊厳を守るために魔法なんか関係ないわっ!」
「やれやれ……アイカ様に似て強情なお方だ……」
ミタスの返す言葉にミミカは動きを止め、震える声で問うた。
「何故貴方がお母様の名を……?」
ミミカはそこで母が何故死んだのかという話を思い返した。
アイカ・テオリスは出先の途中で野盗に襲われたという話だ。
母も魔法使いだったらしいが、自身が魔法を使える様になると疑問も浮かんでいた。
相応に魔法が使える者が野盗なんかにやられるだろうかと。
そしてミミカが目の前で口角を吊り上げる男を結び付けた所で、視界が赤く染まる様に感じるのであった――。
いつもブクマ、評価をして頂きありがとうございます。
本当に作者が更新する励みになっています。
宜しければ感想、レビューもお待ちしております!