暗闇の意識
――靄がかかる。
あの子が側に居るだけで私は報われた。
あの子の笑顔だけが救いだった。
あの子に悍ましい世界に触れさせたくなかった。
あの子は私の宝物。
私の可愛い――。
◇◇◇
――瑞希は焦っていた。
大怪我をする前よりも快調な体だが、その体とイメージがずれていたからだ。
牽制の為の火球が、地面に触れるとその場から火柱が上がる。
そんな瑞希の焦りとは裏腹に、先程民家かの壁にめり込ませたベゴリード家の男は痛みを感じないのか執拗にバージに襲い掛かる。
「お前のせいで~! ベゴリード家が取り潰された~!」
「知るかっ! 俺達はお前等が望む金を渡しただけだ! アリベルは俺達の希望でもあったからな!」
「お前が~! 親父を唆さなければ~!」
「金に目が眩んで先も読めない奴等が何言ってやがる! 大体税収を上げるばかりで自分達だけが贅沢をする様な生活なんざ金があろうがなかろうがどの道先はなかっただろうがっ!」
バージとベゴリードの家の男が織り成す剣戟は、バージに分が悪いのは一目瞭然だ。
瑞希はずれた魔法の使用を一旦取りやめ、剣を抜き、シャオと共にバージの攻防に加わる。
チサは瑞希の動きを把握し、残り少ない魔力で氷の飛礫を打ち放つと、瑞希は死角から剣を振るう。
だが死角からの攻撃だったにも関わらず、ベゴリード家の男は眼球だけをぎょろぎょろと動かし、視界に瑞希を捕らえると、バージを蹴り飛ばし瑞希の剣をその肉体で受け止めた。
「なっ!?」
瑞希がその硬さに驚いた瞬間に、相手の魔法が炸裂しそうになるが、側に居たシャオがそれを許さない。
「お主……人を捨てたのじゃ?」
「あは~は~! よぉく分かったな~! 人が人である必要など微塵も感じない~! 俺は俺で~俺のままなら~俺であれるから~!」
「馬鹿な事を。お主はもうその魔力に飲まれかけておるのじゃ……」
「おま~え~も、似た様な化け物だろう~?」
下卑た顔でにやつきながら男が問う。
その答えをシャオが答える必要ないと言わんばかりのタイミングで、男の体に剣筋が通る。
青く光る刀身で切りつけたのは瑞希だ。
「人の妹を化け物呼ばわりしてんじゃねぇよ!」
「あは~は~! 痛みなどとうに忘れた~!」
男はそう言いながら腕を振り回し、三人を弾き飛ばした。
その膂力は最早人間の物とは到底言い難く、弾き飛ばされた三人は、シャオの風魔法に受け止められ着地する。
「人を辞めたってのはどういう事なんだよ!?」
バージはシャオに問い質す。
「あやつの持つ魔力は元から持っていた人間の魔力と魔物の魔力が混ざっておるのじゃ」
「魔力を混ぜるってそんな事出来るのか?」
瑞希は視線を男から外さぬままに会話に加わる。
「逆の事をしておったのがおったじゃろ?」
「……ミタスか」
「そうじゃ。あ奴なら魔物から魔力を抜き出し人間に入れるのもたやすいじゃろうな。じゃがそんな事をすれば一時の力を手に入れられても理性を失うのが目に見えておるのじゃ」
「何とかその魔力は抜き出せないのか?」
「あやつの姿を見ればわかるじゃろ? 最早人間とは言い難いのじゃ」
眼球をぎょろぎょろと動かし、前傾姿勢になった男の皮膚の下からは緑がかった爬虫類の様な鱗が見え隠れしている。
男は魔力切れのチサを見つけるや否や、瑞希達には目もくれず飛び掛かった。
「わしがチサを放っておくわけないのじゃ」
チサはシャオに引き寄せられる様に凄い早さで瑞希達に飛び込んでいくが、瑞希がチサを優しく受け止めた。
「……もうちょっと優しく運んでや」
「くふふ。空を飛ぶのにも慣れて来たじゃろ?」
くらくらと目を回すチサは瑞希から降りると、シャオに文句を言う。
しかし、チサはその言葉を発したまま地面へと座り込んだ。
「……あれ? なんで?」
「大分無理をさせたからな。魔力が枯渇したんだろ? 魔力薬は持ってるか?」
「……バージが持って来てくれたからあるけど……」
「なら今回ばかりは我慢して飲め。じゃないと動けないだろうしな」
「……う~……わかった」
チサは苦手な魔力薬を手に取ると、蓋を取り鼻を抓みながら一気に飲み干した。
しかし、舌に残る苦みの不快感は誤魔化せず、べ~っと舌を出しながらしかめっ面をしていた。
「バージ、チサの護衛を兵士達に任せても良いよな?」
「勿論だ。それにそろそろ避難も済む頃だが、本当にいけるのか?」
「大丈夫……だと思う」
瑞希は己のずれを認識しながら、男を中心に視界の先に集まる魔物や魔法使い達に視線を向ける。
男は剣を掲げ、切っ先を瑞希達に向けると、一斉に襲い掛かって来た。
男はにやにやとしながらその場に立ち尽くしている。
「シャオ! 落とすぞ!」
「くふふ、りょうか……」
――ボアァァァ!
瑞希達の会話を遮る様な雄叫びに思わず瑞希達は耳を塞ぐが、迫って来る魔法使いや魔物達は微動だにせぬまま攻撃を開始した。
「バージ! お前も一旦下がれ! 何かやばい奴が出て来た!」
「お、おぅ!」
バージは瑞希に返事をすると、チサを抱えその場から下がり、兵士と合流する。
シャオは面倒くさそうに目の前の襲撃を魔法を使い退けて行くが、視線の先にいる大きな建物から現れた大型の魔物に舌打ちをする。
「あは~は~! ようやく起きたか~!」
「ベヒモスまで連れて来ておったのか……じゃが魔力が変なのじゃ……この匂いは殆ど人間の魔力なのじゃ」
「そりゃミタスの魔力だろうよっ!」
瑞希は魔物の攻勢を受け流しながらシャオを引き寄せ、返す刃で魔物の首を落とす。
「違うのじゃ! この魔力は……アリベルに似ておるのじゃ!」
「それって……やばい! 皆俺の後ろに!」
瑞希はそう言いながら地面に手を付き、幾重もの巨大な土の壁と氷の壁を同時に作り出した。
魔法を使用する事を不安視していた瑞希だが、その不安が功をなした結果となる。
ベヒモスと呼ばれた魔物の口からは味方である魔法使いや魔物達をも飲み込むような黒い炎を吐き出し、瑞希のイメージ以上に現れた魔法で作り出した壁が塞き止める。
黒炎は瑞希の作り出した壁に阻まれ、二股に分かれながら、近くに居た魔物や建物、そして魔法使い達を飲み込んでいく。
「魔力が暴走気味で助かったけど……くそ……」
舌打ちするのは瑞希だ。
しかし、黒炎に飲み込まれた建物からは再び火の手が上がる。
バージは兵士達に、避難させた住民と共に城までの退避を命じ、わずかに残された兵士達はチサとバージを囲む。
瑞希はバージに段取りを説明すると、後ずさる様にその場をじりじりと離れていく。
「シャオ……ベヒモスを傷つけずに抑える事は出来るか?」
「……無理じゃ」
「そっか……」
二人は短い会話で打ち合わせを済ませると、瑞希の胸中は暴走気味の魔力を押さえようとする冷静であろうとする気持ちと、ベヒモスの正体を想像してしまい、湧き上がる怒りがごちゃ混ぜに混ざり合っていた。
ベゴリード家の男はいつの間にかベヒモスの背に乗り、そのまま持っていた剣をベヒモスの背に突き立てた。
「あいつだ~! あいつが全て悪い~! 貴様の~娘を金で買ったのは~あの男だ~! 恨めしいだろ~? 妬ましいだろ~? 憎き王家を~、貴族を~、皆殺しにすれば良い~! そうすれば~俺が~俺、おれ、おれれ~! お、お、お、おお~あはは~は~!」
男はそう言いながら高らかに笑いながら、両手を広げ天を仰いだ。
「お前には加減出来るかわかんねぇや――」
天からは豪雨が降り始め、一人の男と二本の尻尾を揺らめかせるシャオの姿が視界に入った。
その瞬間、黒雲から一筋の光が轟音と共に落ちるのであった――。
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