それぞれの戦場
――上空から見下ろすディタルの街並みは、あちこちから火の手が上がり、逃げ惑う人達や、泣き叫ぶ声、そしてそれを善しとした火事場泥棒を行う者さえいた。
シャオは手始めに上空を飛ぶ鳥型の魔物を次々と落として行き、瑞希に頼まれたチサは魔力を込め杖の先に住まう金魚に詠唱という名のお願いを行っている。
「……なるべく広くお願いな?」
チサが杖から呼び出した金魚に話しかけると、金魚はくるくると上空を舞い、水で出来た尾びれを広げ始めた。
すると、広い範囲で土砂降りの雨が降り始める。
「チサ、ある程度鎮火したら移動するぞ。シャオ、火の手が強い方に飛んでくれ」
「にゃ~ん!」
シャオは瑞希の問いかけに返事をするとすぐさま瑞希の体が風に運ばれる。
「……くしゅん!」
濡れた髪の毛がチサの鼻先をくすぐる。
「チサ、これ着とけ。この寒空で濡れてるから後で風邪ひくぞ」
「……でもミズキがさむなるやん」
「大人は良いの。子供より免疫力もあるし、風邪の対処も知ってるからな」
瑞希はそう言うと礼服の上着を脱ぎ、チサにかけた。
「……にへへ。あったかい」
「剣はあるけど、革鎧がないのは心許ないな。まぁシャオがいるから大丈夫だよな?」
「にゃふふ!」
瑞希達が上空を移動をしながら火の手に向け雨を降らしていると、突如火球が迫って来る。
しかしシャオは知ってたかのよう一鳴きすると、突風が火球を四散させた。
「危ねっ! 目立ちすぎたか……。シャオ、一旦降りるぞ」
「にゃ~ん」
瑞希達がディタルの街へ降り立つと、焦げ臭い匂いが鼻に付く。
瑞希は気にしないかの様に匂いを振り払い、少女達と共に先程火球が飛んで来た方向へと走り始めた――。
◇◇◇
――王宮内。
運び込まれる怪我人達はララスを筆頭に王宮内に居た回復魔法の使い手達が癒していく。
ドレス姿のままなミミカ達だが、血や泥で汚れるのも気にせず濡れた布で民衆達の汚れを拭く。
ディタルの民からすれば貴族に対する忠誠などとうに薄れており、城に運ばれた際もその心は変わっておらず、煌びやかな貴族の姿がまた憎く見えてしまった。
それでもララスを始めとする魔法使いや、ミミカ達の献身的な姿に心を打たれる者も現れた。
――誰だよ貴族様達は街の事なんて放っとくって言ってた奴……。
――けっ! どうせ後で税金をたんまり取っていくんだろ。
――俺、怪我が治ったら兵士になろうかな……。
ミミカに見惚れる民が出て来た所で、アンナとジーニャが次の怪我人を担いで来た。
その男はぐったりと顔を伏せているが、二人の美女に運ばれている事でニヤニヤと鼻の下を伸ばしていた。
「なんかやらしい顔してる~」
男をじーっと下から見上げていたアリベルには男の表情が見えたのか、何の気なしにそう声を上げると、グランが男の肩を掴み放り投げた。
――痛ぇな畜生っ!
「それだけ元気なら出て行け。それともお望み通り今以上に怪我をさせてやろうか?」
グランが剣の切っ先を男に向けながら殺気を放つと、男は慌てて部屋を出て行く。
「ここには重症の奴だけ連れて来いって言ってるだろうが! やすやすと男に肌を触れさせるな!」
「こんな時に演技だと思わないだろっ!?」
「そうっすよ! あの人もさっきまではぐったりしてたんすよ!」
グランは二人の言葉にガシガシと頭を搔き、自分の部下に指示を飛ばした。
「部下に怪我人を運ばせるからお前達は少し休め。ミミカ様もいざという時の為に少しは休憩して下さい」
「ララス様も必死に治療に当たっているのに私達だけ休むなんて出来る訳ないでしょ!?」
「そう思うのであれば尚更ララス様と共に休憩して下さい。ミズキにもそう言われてるでしょう?」
グランの言葉に、ミミカは反論出来なかった。
「……わかったわ。アンナ、ジーニャ、ジラの実を厨房からいっぱい持って来てくれる?」
「お待ち下さい! ミミカ様もしかして魔法を使うおつもりですか?」
ミミカの言葉に反応したのはグランだ。
「私は回復魔法は使えないけど、他の魔法は使えるわ。それに私の魔法の先生は回復魔法を使わなくても人を癒す事が出来る人でしょ? さぁ、グランも二人を手伝いなさい! 出来ればお皿やスプーン、大きなボウルもね! 私達を休憩させてくれるんでしょ! なら早くっ!」
「「「は、はいっ!」」」
三人は普段のミミカからは考えられない様な口ぶりに、仕えるべき主君を彷彿とさせられたのか、慌てて部屋を飛び出していく。
その姿を見ていたカエラは驚きつつも、幼い頃に見た今は亡きミミカの母親を思い返し、少し微笑んでいた――。
◇◇◇
王宮に集められた兵士達の前に立っているのはバージだ。
「あ~……。お前等に一つだけ言っておきたい事がある。俺は人前に立って長々と演説する気はねぇし、そんな器でもねぇ。それに魔法も使えなけりゃ、剣の腕もいまいちだ。だから今の街の状況を一変させる様な力もねぇんだ。この街はグラフリー家が治める街で、俺からすりゃ領地でも何でもねぇんだけどさ、この街は昔っから遊んでるから好きなんだよ。だから今は貴族同士、兵士同士で反発しあってないで俺に力を貸して欲しい! お前等が協力してくれりゃ、助かる人も絶対増える! 一人でも多く怪我人を見つけて、一匹でも多く魔物を狩ってくれ! 会話が出来ねぇ様な人が居たらこの納豆を口に突っ込め! 俺がお前等に頼みたいのはそんだけだ」
バージを知る貴族や兵士からは茶化すような声も上がるが、その表情は笑いながらも真剣な面持ちだ。
バージは照れ臭さから飛んで来る言葉に対し、手を大きく払う様なジェスチャーをしながらその場を少し離れ、代わりにバングが声を上げる。
「頭にかかっていた靄はバージ達のおかげですっかりと晴れた! 俺の暴走に呆れていた者もいるだろう! その事に関しては後でいくらでも責められよう! だが、今はバージの指示の下動けっ! それがこの街の……。いや……この領地の為になる事だっ! 奴等は人を操るっ! 昨日までの友が敵になっているかもしれん! 皆覚悟と準備は良いなっ!? 全員、進めぇー!」
バングの言葉に兵士達からは雄叫びが上がり、街へと歩を進める。
バージは鼓舞を終えたバングの脇腹に肘鉄砲を食らわすと、兵士達と共に街の中へと進んで行くのであった――。
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