グラフリー家の救出
――時は遡り。
ドレス姿のシャオとチサ、礼服を来たバージ、そして何故か王宮の使用人服を来たフィロがこそこそと王宮の廊下を歩いていた。
傍から見れば顔が知られているバージが使用人に案内されてる様に見えるため、すれ違う執事や侍女等はバージの顔を見ると一礼をしていく。
「――こっちじゃな」
「……全然わからん」
シャオは鼻をひくつかせ、指差す方向へフィロが先陣を切って歩いて行く。
チサは魔力探知の訓練と称されシャオがついて来させられたのだが、チサにはシャオの言う事が未だ理解は出来ない様だ。
「自分の魔力はわかるじゃろ? その感覚を広げるのじゃ」
「……広げるって言うても、うちの魔力はこしょばく感じるんやけど」
「ならその感覚をより鮮明に意識するのじゃ」
「……ん~」
チサは魔石に住む金魚を見ながらチサの言葉を反芻する。
「バージ、お目当ての奴が曲がり角の先に居るのじゃ」
「護衛はいるか?」
「魔法使いが囲む様に四人と、前後に剣を持った兵士が二人居るのじゃ」
「さすがに完全防備してるか……」
「くふふふ。まぁ見ておくのじゃ。チサ、あ奴等の目を引くために曲がり角の先でシャボン玉の様な水球を何個か浮かべて、少し間を置いてから割るのじゃ」
「……了解。魚さん……」
チサは金魚を魔石から呼び出し、数個のシャボン玉をふわふわと浮かべる。
その顔に余裕はなく、真剣な面持ちで事を行っていた。
「な、なぁ? 嬢ちゃんがしんどそうだけど大丈夫か?」
「ただ水を呼び出す水球よりも高度な方法じゃからな。微細な調整が必要じゃし、チサの腕ではあの数が限界じゃろうな。じゃが慣れれば魔力の消費も抑えられるし、これもチサの訓練じゃ」
チサはシャボン玉をふわりふわりと移動させると曲がり角に浮かべていく。
それを見た護衛達は、視線を上げたまま声を上げ、目的の男の守りを固める様に配置を動かす。
護衛の魔法使いが、魔法を放とうと詠唱を始めようとした時、チサの限界が来たのかシャオの思ったタイミングでシャボン玉が割れる。
護衛達は何かの攻撃だと身構える中、その隙を見計らったシャオが風魔法を使いながら集団を素早く駆け抜けると、シャオのドレスがふわりと舞い、護衛達はバタバタと倒れて行った。
「もういいのじゃ!」
声を出すシャオの姿を見たバングが反応する。
「貴様はあの時の……。こんな日に服を汚したくはなかったんだがな」
バングは右手でスラリと剣を抜き、詠唱をしながら左手に魔力を高めていく。
「ほほう。中々魔法を使える様じゃな? 魔力の循環も短縮詠唱も中々の早さなのじゃ」
「上から言うぐらいには驚かせてくれるんだろうな?」
バングは殺気と共に炎を放つ。
シャオは黙ったまま水を膜の様に広げ、バングの放った魔法を包み込んでしまう。
水球の内部では炎が水を蒸発させようとするが、シャオの魔力コントロールでするすると水球が小さくなっていく。
やがてその水球も消えるが、シャオの目の前にバングは居なかった。
「――油断だな?」
シャオの首に目掛けて横薙ぎに剣が振るわれる。
「別に油断しておらんが?」
シャオの言葉と同時に、バングの体が暴風に煽られ壁に貼り付けられた。
バングは引き剥がそうともがくが、シャオは魔力を緩めない。
「動きが見え見えなのじゃ。ロベルやバランじゃったらもっと先まで考え動くのじゃ」
シャオが比較に出すのは剣聖と名高いロベルや、その弟子であるバランであった。
バングは身動きが取れないとわかると、再び詠唱を始める。
「我が望むは堅牢なる大地の檻――」
「ふむ。身動きが取れないとなるとより魔力を練るか。判断としては正常じゃな。操られてると言えるのは助けを求めた相手に対し敵対心を持ってるという所じゃな。そんな大口を開けて詠唱しておると臭い薬が飛び込んでくるのじゃぞ?」
シャオがくすくすと笑っていると、バングの足元から土が生まれそうに揺れるが、その前にバージがバングの口に納豆をねじ込み、チサが小さな水球で納豆を押し込んで無理やり飲み込ませた。
「……むぅ。折角の美味しい納豆なんやから味わって欲しい」
「無茶言うなよ嬢ちゃん……。敵に面と向かってこれを食えって言われて食う訳ないだろ?」
「そうよチーちゃん。それに納豆は好き嫌い分かれるしね」
咳き込むバングを他所に、チサ達が談笑している。
納豆の効果か、咳き込んだせいで詠唱が途切れたせいか、先程迄のバングの魔力は消え去り、バングは虚ろな目でシャオ達を眺めていた。
「おうバング! 久しぶりだな?」
「……ふん。遅かったな。おかげであいつ等の言いなりになったではないか」
「あぁ、この憎まれ口はバングだな。お前が貧民街に行けって伝えてくれたおかげで親父達の治療方法が分かったよ」
「そうみたいだな……。ところでそろそろ下ろしてくれないか?」
「……暴れたりしないよな?」
「する訳ないだろうが……」
バングが呆れた様にそう告げると、シャオが風魔法を解いた。
バングは力が入りづらいのか、ぷるぷると震えながら立とうとした時、バージが肩を貸し立ち上がらせた。
「立てそうか?」
「今立たなくてどうする。披露の場にもこの薬はあるんだろう?」
「そっちはララスに任せてる。俺はこの後ガジス様を助けに行く」
「ララスに……? あいつがそんな事できるのか?」
「出来るに決まってんだろ? 俺の自慢の嫁だぞ?」
バージの言葉で奇妙な間が生まれた。
「……は? あの話はもう破断してたではないか?」
「あ~……まぁお前が囚われてる内に色々あってな。だからこれからも宜しく頼むぜあ・に・き!」
バージはバングをからかう様にそう呼んだ。
バングはその顔を見て、力が抜けたのかふっと微笑んだ。
「なら親父は任せた。厳重な警備だが貴様には有望な魔法使いが付いているみたいだからな」
「くふふふ。その通りなのじゃ」
先程の戦闘を振り返っていたチサがふと声を上げる。
「……思ったんやけど、この人がシャオに向けて攻撃したんをミズキが知ったら怒るんちゃう?」
「そうじゃな……くふふ。まぁこやつが再び悪い事をするようなら懲らしめて貰うのじゃ」
バングは以前見た瑞希の顔を思い出す。
「あの男は貴様以上に強いのか?」
「……強いって言うより、怖い?」
「くふふふ。ミズキは怒ったら怖いのじゃ」
二人の少女はそう言い合いながらくすくすと笑う。
「温厚そうなミズキがねぇ?」
「ミズキはわしの為なら怒るのじゃ!」
「……うちの為にも怒ってくれるもん!」
「私の為にだって……「それはない(のじゃ)っ!」」
恥じらいつつ言葉にしたフィロを、二人の少女が一蹴する。
「な、なによー! 私だってミーちゃんとは仲良しだもんっ!」
「男が気色悪い言葉遣いをするでないのじゃ」
「緊張感の欠片も感じないのはミズキと一緒だなお前等……」
バージは呆れつつも頼りになるシャオに頼もしさを覚える。
バングはガジスの居場所をバージに伝えると、ふらふらとした足取りのまま護衛を起こそうと動く。
「俺はこいつらを連れてララスに協力しにいく。どんな形でもさっきの薬を食べさせれば良いんだな?」
「あぁ、そんな状態のお前に任せても大丈夫なんだな?」
「口は動く。後はやり方次第だ」
「ならガジス様は任せとけ! 事が済んだらちゃんと皆に謝れよっ!」
バージはそんな台詞を残しながらシャオ達と歩を進める。
その後ガジスの寝室に向かったシャオ達は、難なくガジスを助ける事が出来たのだが、倒れる兵士と魔法使いを眺めながら、あまりにも簡単に助けられた事に違和感を覚えるのであった――。
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