ララスの宣言
――貴族達が歓談をしている中、ララスは納豆を手に取り口に運ぶ。
ララスは事前に瑞希から砂糖を納豆の味付けに使用する事を聞いており、バングに関与している人間を安心させるために、王宮の使用人を使い砂糖を手元に届けさせた。
その砂糖を少量納豆に加え、いつもの様に食しているララスの姿を瑞希は視界に入れていた。
王宮にある砂糖の効果が勝つか、瑞希達の納豆が勝つかは賭けである。
その事を重々承知しながらもララスは納豆を口にしていた。
「ん~! お砂糖を入れて食べてもやっぱり美味しいですねっ!」
糸を引きながら周囲の人間にそう伝えるララスの瞳が瑞希を捉えると、慣れない仕草でウィンクを送る。
ララスが周囲の人間に何故見た目がそんなに変わったのかを問い詰められると、カエラ、ミミカ、アンナを呼び寄せ壇上に上がり説明を始めた――。
「――という素晴らしい逸品なのです! 私が変化したと思う方が居られたのであれば、是非一度名家であるテオリス家とウィミル家の領地で生み出された素晴らしい食材、納豆をお試し下さい」
この場に居る貴族達は大半が太っている。
自身の姿と美しくなったララスを比べると、自分も変わってみたいという衝動に駆られる。
おまけに横に並ぶカエラ達もとても美しかった。
その女性達の故郷で生み出された食材と言われれば尚の事信頼感が生まれていた。
瑞希はララスの説明が終わると真っ先に拍手をし始め、次いでドマルも拍手をする。
釣られた貴族達、特に男性はララス達を舐める様に見ていく中、貴族の女性人達は我先にと納豆を取り合っていた。
「お止めなさい! 淑女として恥じらいはないのですか!?」
そう一喝したのはタミユだ。
「食べ物が変わるだけでそんな変化がある訳ないでしょ? ララス様も御戯れは程々にして頂けませんこと?」
「戯れですか……。信じるも信じないも皆様次第ですが、私やこの方達を見て判断して貰えれば宜しいのでは?」
「そもそもこんな臭い物は、どこぞの田舎の貴族と違って私の口には合いませんわ」
タミユは既に王妃になると分かっているからか、カエラ達を下に見るかのように田舎者と侮辱する。
「そうですか。王都から遠く離れたこの方達の高貴さが伝わらないのはとても残念ですね」
「どういう意味よ!?」
「そのままの意味ですが? 人には品というものがあります。カエラ様やミミカ様、アンナ様の持つ品は貴方と比べると、とても洗練されています。普段から貴族間で揉め、民を貶し、見せかけだけの裕福差に溺れている貴族とでは当然比べようもないですが……」
ララスは微笑みながら溜め息を吐く。
今まで内心では散々馬鹿にして来た不細工で引きこもりのララスに貶された事で、タミユの頭に血が上る。
「言わせておけばずけずけと……王妃になる私に何たる口の利き方を!?」
「王妃? 私はそんな話を兄から聞いておりませんし、王になるのは兄ではなく私……、いえ私達です。父に対し謀反を起こした兄には隠居でもしてもらおうと思います」
ララスがそう宣言をすると、貴族達が固唾を飲んで立ち止まっていた。
隣にいるミミカとアンナは昨日までの柔らかな雰囲気をしていたララスと違う事に驚いているが、カエラは一人感心していた。
「ふざけるなっ! 聞いておれば我が娘を乏し、世迷い事を言いおって!」
近くにあった机を叩きつけたのだろう。
室内に鳴り響く打撃音と共に、肥え太った一人の貴族がララスに対し激昂する。
「お父様! もっと言ってやって下さいまし!」
「大体今まで引きこもっておった女風情が王だと!? そんな事誰が認めるかっ!」
「私の継承権位をお忘れですか? 私の継承権は第二位。兄に次いでその資格を持っております」
タミユが父と呼ぶ男の周りに、数名の貴族とその護衛であろう兵士達が集まり群れをなす。
そこへ一人の男が現れた。
「何の騒ぎだ貴様等っ!」
登場早々に大声を上げたバングは、ララスを睨みつけた。
「お久し振りですお兄様。御機嫌はいかがですか?」
「お前に心配されずとも俺は昔から病気になった事もない。それよりもこの騒ぎはなんだ?」
「北方の地で話題となっている食材をお持ちしたので、皆様に召し上がって頂こうかと思ったのですが、アスタルフ家の方々がお怒りになられまして」
ララスの言葉にタミユが返答する。
「嘘です! この女は私に向かって品がないと言いました! それにバング様を差し置き王になると宣言をしたので私の父がお叱りをなさっていた所なのです」
「ララスが王だと? 引きこもっていたお前に人々の上に立つその覚悟があるのか?」
「覚悟は付けました。私一人では無理かもしれませんが私にも友人が出来ました。その友人達と手を取り合い、民も貴族も苦しむ者が少しでも少なくなる様な治世をしてみます。そのきっかけになる物こそが、この納豆なのです」
「そこまで言うのならこの場に居る者はララスの覚悟を食ってみろ。それでも意味のない物だとわかった者は俺に付けばいい。そうすればララスも自分の置かれた立場が目に見えてわかるというものだろう?」
バングはにやつきながら納豆の器を手に取り、近くに居たタミユに手渡した。
タミユの父である男もバングの言い分に納得したのか、下卑た表情を浮かべ納豆を口にする。
バングの言葉によって促された他の貴族も同様に次々と納豆を口にする中、バングはにやりと笑った。
納豆を食べ終えたタミユはバングの腕に絡みつきしな垂れかかると、視線をララスに向け言い放つ。
「これでわかったでしょう? 貴方の手に入れたこの臭い食べ物は見た目を変える事は出来ないし、バング様が王になる事も、私が王妃になる事も決定事項なのよ!」
「ええ私は嘘を吐きました。見た目を変えるには規則正しい生活と、食事、運動が不可欠です。ミズキ様達が作り上げた納豆の効果は別にあります」
「それがなんだってのよ!? 私には何の変化もないし、他の方達だって……!?」
タミユはバング派の貴族達に同調を求めようと、振り返って辺りを見やると、バング派の貴族の一部が力無く床に這いつくばっていた。
「ど、毒よっ! この女は毒を盛っていたのよっ! お父様は大丈夫なのっ!?」
「私は何ともない。どういう事だ小娘っ!?」
「――俺達が作り出した納豆ってのは砂糖の魔力を打消す効果があるんだよ。逆に言えば倒れてない奴等が今回の首謀者って訳だ。それにしても病み上がりに無茶するのは家系かね? 無理して大丈夫かよガジス様?」
フラフラとした病人の様に痩せ細った男に肩を貸しながら登場したのはバージだ。
「元を辿ればワシの責任だ。若き頃魔法使いには気を付けろとバランに言われていたが、まさか人を操る様な魔法があるとはな……」
「どういう事!? どういう事なのですかお父様っ!? バング様っ!?」
「いい加減離せ。俺はお前と婚約するつもりはない」
「そんなっ!」
バングは絡みつくタミユの手を振り払うと、その反動で足下をふらつかせた。
倒れそうになるバングに駆け寄ったムージが支える。
「ふん。妹に感謝するんだな」
ムージの言葉が聞こえたのかわからないが、バングはそのまま眠りに着いた。
ムージはゆっくりとバングを床に下ろすと、護衛の兵士から剣を受け取り鞘から抜く。
「うちの両親が世話になったな。言い残す言葉はあるか?」
切先を向けられたアスタルフ家頭首は唐突に笑い出した。
「――くっははは! そのまま操られておれば、死ぬ事もなく、夢見のままいられたのに。グラフリー家とはとことん生き意地の悪い血族だ! こうなれば構わん! お前等魔法を放てっ!」
辺りに男の声が響き渡るが、護衛の男達は身動きもせず立ち尽くしていた。
「ど、どうした! 放てっ! 放つんだっ!」
「魔力が枯渇しておるのにどうやって魔法を放つというのだ痴れ者が」
男達の影から現れたのはアリベルだ。
アリベル改め、マリルは一仕事終えたのか手を叩きながらそう告げた。
「――っ!? な、ならば王宮の魔法使い達がっ!?」
「此奴らの事じゃったらさっき眠らせたのじゃ」
「……眠らせたって言うより気絶やん」
風魔法で運んで来た魔法使い達を荒っぽくアスタルフ家当主の前に投げ捨てるシャオと、それに突っ込むチサと、フィロが登場する。
フィロは瑞希と視線が合うと、やんわりと首を振る。
「一先ずお疲れさん」
「くふふふ。御礼は甘い物が良いのじゃ!」
「……うちは何にしよかな」
瑞希達に囲まれる貴族達はなす術がなくなったのか、力なく項垂れる中、アスタルフ家頭首は詠唱もなく外に向けて火球を放つと、魔力が枯渇したのか、脂汗を垂れ流し、それと同時に王宮が揺れるのであった――。
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